【王族転生】
「……困ったな」
レイも、たかがデパートのゲームコーナーの戦いで彼女と戦える
それでも2人を同時に相手取って勝ってしまった以上、次は1対3のハンデを与えても良いと思っていたのだが。
「もう誰もいない? こんな天才美少女中学生
この年に表舞台に現れた
圧倒的なまでの強さの理由が、彼女の過去にあったとすれば……
「レイさァん」
声があった。筐体の影の暗がりである。
「こんなところで遊んでいて構わないんですか?」
「――
ゲームコーナーの客からも隠れるように、学生服の少年が直立不動で佇んでいる。
レイがかつて所属していた組織――アンチクトンの
「そんなに暇なら、きみがぼくと戦ってみるかい?」
「ご冗談を。シミュレーター上ならばともかく、もう我々は実戦過程です。
「ぼくはもう組織を抜けたし、【
「……そのことについて、あらためて意思確認のために来たとお考えください」
死んだ魚の如き虚ろな目が、ゲームコーナーの照明を反射した。
「アンチクトンには、莫大な資金があります。莫大な。ドライブリンカーの特許権の一部は、ドクターの所有ですからね。身寄りのないあなた一人に、今後も援助を行い続けられるだけの資金的余裕は十分にあります――よって問題は額の大小ではなく、純粋に用途であるとお考えください」
気怠い様子で、ルキはレイを指差す。
「理念に参画できない無関係者に援助を続ける理由がどこにあるのか? と、まァ。脅迫のような物言いになってしまいましたが、当然の組織的判断でしょう」
「……そっか。仕方ないよ。そうなるのは当たり前だ。ドクターには……今まで育ててくれてありがとうって伝えておいて」
「これからどうされるおつもりですか?」
「そうだなあ……ぼくは天才だし、
「……レイさん」
「ふふふ……多分野垂れ死ぬさ」
世界を滅ぼしたくない。【
アンチクトンにおける訓練の日々。
彼女は、自分自身を失敗作であったと判断している。どの道切り捨てられる他の道がないのならば、せめて少女としての自由を謳歌した後がいいだろう。
「外の
「組織を抜けたというのに、何故まだ
「好きだからさ」
レイは、目を細めて笑った。生まれてからそれしか与えられていなかったのだとしても、それだけは確信を持って言えた。
自由を得た後でも、彼女は
「好きだから、滅ぼしたくないんだ」
その会話から僅か三日後、そんな彼女の世界は崩れ去ってしまう。
二度と取り返しのつかないほどに。
――――――――――――――――――――――――――――――
「ウワアアアアアーッ!」
「勝ったぞ! チャレンジャーが勝ったッ!」
「嘘だろ……相手はあの
転生レーンより姿を現した少年は、手の甲で額の汗を拭う。
常のような氷めいた表情のままだが、それでも今しがたの一戦の興奮は、現実世界の肉体にもなお残っているようであった。
喧騒鳴り止まぬ中、続いて姿を現した対戦相手を振り返った。
首の辺りで二つ結びにした、細く長い黒髪。中学生離れして端麗な容姿。この年の中学生異世界選手権大会優勝者、
レイは押し黙ったまま前方の床に視線を落としていたが……やがて彼の視線に気付くと、何事もなかったかのように笑みを作った。
「――すごいね。見事な
「運が味方しただけのことだ。【
「そう。ふふふ、楽しんでもらえたみたいで、何よりだな……」
「……お、おい」
レイを打ち負かした少年は、そこで狼狽えた。初めて見る物に困惑していた。
「……どうしたの?」
「貴様……泣いているのか? 気の障る事を口にしていたなら、謝罪する……」
「……え?」
レイは、自らの頬に触れた。温かな雫が指を濡らすのが分かった。
「あ、あれ?」
気付いていなかった。こんな、アンチクトンとしての責務も負わない、遊びの
「お、おかしいな……ふ、ふふふ。ごめん、ぜ、全然、なんでもないんだ。困ったな……なんでだろ……おかしいよね……」
「だ、大丈夫か……急病などではないか?」
「ぜ、全然……う、あ……平気、平気だから……」
泣いているわけではないのに、いつものように余裕の微笑みを作ることができているのに、涙を止める術が分からなかった。
顔を覆う掌でも止めることができなくて、レイの上着の袖までが濡れた。
外の世界に出てから、一度も負けたことがない。
強い喜びも悲しみもなく、天才が当然そうあるように、
それが退屈な楽しみだったとしても、手を伸ばせばいつでもそこに置かれている勝利だけが、その他の何も持っていないレイを保証する、確かなものだった。
「な、なんで……?」
「……」
「なんで、ぼくは、負けたの、かな……?」
レイは笑いのような顔で呟いた。感情を処理することができていなかった。
「……序盤だ。貴様は蛮族の国家に和平交渉を行った。結果として貴様の勢力は拡大し、多くのIPを獲得したが、効率で言えば和平でなく殲滅を選ぶ方がタイムロスは少なかったはずだ。この試合……紙一重で俺と貴様の明暗を分けたものがあるとしたら、あるいは、その時間だろう」
「そ……」
東方から人里を脅かしていたオークの小国家。取るに足らぬ存在だった。配下に加えた
天才であるレイは、いつも気分の赴くままに選択して、そして勝ってきた。
「……そんなことで?」
「貴様の
愕然と打ち据えられるような心持ちだった。
――優しさ。
そうだったのかもしれない。彼女は
内政型のデッキで対戦相手の動きを縛り、無血でIPを稼ぎ、現地の人間の力で世界救世を果たす。天才であるレイは、気分の赴くままに戦っても、勝つことができた。
優しさ。そんな取るに足らないことに足を取られて、初めて負けた。
「ち、違う……ああ……こうじゃない……本当は、こんなじゃないのに……か、かっこ悪いな、ぼく……」
レイは、再びその銀髪の少年を見た。憎悪に近い気持ちだったのかもしれない。
勝利を初めて奪われた。敗北の恥辱を思い知らされた。
たった今まで、彼女自身にもそれが分かっていなかったように。
「きみの……名前は?」
「
「……本当は、こうじゃないんだ。どこに行けば、きみとまた戦えるかな……」
アンチクトンとしての存在意義を果たせなかった彼女に、生きる目的などないはずだ。いずれ忘れ去られ、消えていく運命を受け入れているつもりでいた。
今は違う。この少年に――
取るに足らない敵の一人のように忘れられたくない。たとえば誰もが彼女らの
「異世界全日本大会」
「……全日本大会……」
「俺は関東地区予選にエントリーする。
「……そう。リベンジしたい相手がいるんだ」
「ああ、必ず借りを返す」
彼もまた、敗北の屈辱を味わった事があるのだろう。
ならば
そんなはずはない。断じて。
……全日本大会。その戦いに出たなら、この
全てを取り戻すことができる。
「
彼の顔を忘れる事のないように、瞳の寸前まで近づく。真剣に彼を見つめた。
「シトって呼んでいい?」
「……な、なんだと……!?」
「ぼくも、関東地区予選に出るよ。こんな無様な戦いは、次は絶対にしないから」
彼女は人造
涙を拭く。いつものように、余裕のある笑みを。そうでなければ、天才で、美少女の
「本気の
――――――――――――――――――――――――――――――
「……いかがなされましたか、レイ様」
「ん? 別に、何もないさ」
「物思いに耽っておられるようでしたので」
「……そうかな。気のせいだよ、きっと」
レイは優しさを切り捨てた結果として、この
あの襲撃の日以来、シトの行方は杳として知れない。レイがどれだけ望んでも、シトが再び彼女の前に姿を現すことはなかった。
経歴の定かでない強者の情報は漏らさず集めるよう従者に指示しているが、シトほどの
(……まさか。本当に打つ手がなくなってしまったなんてことは、ないよね。シト)
望んでいるが、恐れてもいる。こうまで呆気なく勝ててしまうのなら、世界を滅ぼす必要すらないのだから。
【
どのような形でシトが出現しようとも、全てを味方につける準備は整っている。
世界救世まで残り僅かな地点にまで駒を進めてもいる。教主選挙を裏で手引きして、ファルア教の主要聖職者を一つの街に集めている。
『呪われし者』の軍勢を街に誘導し……彼らが全滅すれば、勢力図は一方的にラダム教に傾き、いよいよ宗教対立は収束に至るはずだ。
「……レイ様。本当に、このまま計画を進めてしまってもよいのですか」
レイの部屋に立つ従者は、護衛の一人だけだ。彼女はレイに完全な忠誠を誓っていたものの、それでも事態の重大さへの恐れは大きいようだった。
「もちろんだとも。言っただろう? ぼくは、ぼくを見放したファルア教への仕返しのために生きているんだ。……今になって叡智の聖女だとか呼んで手の平を返したって、もう遅いさ。彼らはぼくのお金が欲しいだけなんだから」
「も、もちろんそれは……私達が皆、あの日に誓ったことです。どこまでもレイ様にお仕えし、レイ様の復讐のためにこの命を使うと。け、けれど……」
「アリシア。手を下すのが怖いの? ぼくより彼らの方が大事なら、いつだってそうしてもいいさ。ぼくは止めはしないよ」
「いいえ。その。そうではなく……私……私が案じているのは、きっと……レイ様のこと、なのだと思います……」
「……ぼくを?」
「私は……正義のことも、政治のことも分かりません。家に見捨てられて、剣の才覚だけで幸いにもレイ様のお傍仕えをさせていただいているだけの、無学な女ですが……それでも幼い頃からレイ様のことを見ておりますから」
異世界には、時折このような言動をする者がいる。
「……たまに、考えることがあるのです。私が手を血に汚した時に苦しんでいたのは、私ではなく……レイ様なのではないかと……」
「……っ」
口に出しかけた言葉を寸前で止めることができた。
陳腐な台詞だ。滅びに瀕した世界は、得てしてその全体が単調化する傾向にある。これも
「……今さら大した違いじゃないよ。和平派の枢機卿も、改革派の貴族も消してきたんだ。後戻りなんかするつもりはない」
そうだ。闇の中に戻ることができる。本来のレイ自身に。
ただ一人への執着に苦しまなくていい、自由に。
運命の日は明日。
全てを忘れ去ってしまえることは、とても素晴らしいことのように思えた。
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉他46種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈政治交渉SS+〉〈籠絡SS+〉〈礼儀作法SS〉〈宗教指導A〉〈大扇動SS〉〈軍勢指揮A〉〈美貌の所作SS〉〈完全言語S〉〈完全鑑定A〉〈カリスマA+〉〈農業A+〉〈公共事業S〉〈ファルア法術A〉他29種
――――――――――――――――――――――――――――――
「ねえ」
試合が決着へと近づく緊張の中、
「さっきから、ずっとなんだけど……
注目に値する功績も、自ら引き起こした行動もない。そのような期間の
我らが
「……ああ、おかしい。絶対おかしい。そいつをさっきから考えてる」
あり得ないのだ。いくら【
レイに遠く及ばぬまでも、
「もしも、そういうことだとしたら辻褄が合う……だが、ンなことしたところで、それで
「タツヤはどう? 何が起こってるか分かる?」
「全然分からねえ! けど、シトがまだやるつもりなら……あいつは絶対に
タツヤは常に直感で
「シトが……! 友達を見捨てるわけねえ!」
――――――――――――――――――――――――――――――
朝方からの雨が、教徒の集う大教会の外で鳴り響いている。教主選挙のために集った彼らは、迫りつつある脅威をやり過ごすべく、今はこの建物の中に避難していた。
「神は……俺達を守ってくれるだろうか」
息を潜める群衆の中にあって、一際目立つ高貴な身なりの若者がいる。
かつてレイの婚約者でもあった、フィルハルト・ロートローゼン。第三王子の身でありながら、一介の聖女見習いのサラ・アルティリーの護衛騎士へと志願した事件は、民の記憶にも新しい。
「情けない。何を弱気なことを言っているのですか。これからの世の中は、いつまでも神にばかり頼るのではなく、私達が自分自身を守らなければならないのですよ。そのための教主選挙です」
「すまない、サラ。君のことは、俺の命にかえても守るつもりだ。しかし『呪われし者』の軍勢は山一つ向こうまで迫ってきているという話ではないか。レイの兵が防衛をするという話はどうなったのか……彼女を信用すべきかと迷っていてね」
「そうした態度が、情けないと言っているのです!」
聖女らしからぬ率直な物言いで、サラは第三王子を咎めた。
「そもそもレイさんが追放されたのは、ほとんどフィルハルト様のせいではないですか。辺境の土地をただ一人で復興させて、恨み言も言わずに私達を庇護してくれているというのに、そのように悪く言うなんて信じられません!」
「う、うむ。そうだ。そうだな。若気の至りとはいえ、彼女には悪いことをした」
新たな婚約者の剣幕から逃げるように、フィルハルトは窓の外に目を向けている。雲もないというのに空が暗い。『呪われし者』の接近に伴う、暗黒の兆しだ。よもや、彼らは相当に近づいてきているのではないか。
彼が予感している通りの事態が起こりつつある――教主選挙の護衛を任されたレイの兵が防衛線をわざと開け、街の付近にまで密かに誘導した『呪われし者』の群れが、雨霧に紛れてファルア教の要人を虐殺する。
この教会に集う聖職者の中には高位法術を操る聖女も何人か混じっているが、大陸最強に近い精鋭で構成された護衛軍の裏切りと、その護衛軍でようやく防げる物量の『呪われし者』の前では、誰ひとりとして生き延びることはできないだろう。
「サラ……」
今一度名前を呼んだ時、それが起こった。
雨音に紛れて軋んでいた町の門が、その時破砕された。
爆ぜ割れた木材の隙間から、不浄そのものが流れ出るように――『呪われし者』の波は、市街を飲み込まんばかりに押し寄せた。
「そ、そんな……!」
気丈なサラも、恐るべき破滅の兆しに身を強張らせた。
フィルハルトは剣を抜いたが、数千の死者の軍勢を前にどれほどの役に立つか。
「もう駄目だ……! 皆死ぬんだ!」
「護衛軍は何をやっているんだ!? ま、まさか全滅したのか!?」
「大丈夫だ……護衛騎士として、俺が君を守る……サラ!」
『呪われし者』の虚ろな吠え声が教会を囲み、恐怖は次々と伝播した。
今にも扉が破られ、死が押し寄せる――と思われた。
「待って、フィルハルト様。今……馬の音が」
雨音に混じって、馬が駆けている。その音は教会の外をぐるりと廻るように駆けて、通り過ぎた後に『呪われし者』の呻きは残らなかった。数百はくだらなかったはずの死者の包囲が、通り過ぎただけで。
仮にそれがただ一人の騎手であったとすれば、この世にあり得ない強さであった。
外から扉が開け放たれて、その一人の生者の声が響く。
「――皆の者! もはや恐れることはない!」
教会に集う人々の前に現れたものは、黒き甲冑に身を包んだ騎士であった。
盾には、彼らの敵……ラダム教の紋章が刻まれている。
「我が名はラダム教の特一級正統騎士、シータ・グレイである! レイ・エクスレン様の懇請に応じ、諸君らを余さず救うために来た!」
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