【正体秘匿】
「【
試合を観戦するサキは、カタログの該当項目を探し当てた。
二人がトラックに轢殺されてから、最初の
「強化型。対象一人に強力な成長倍率を与える……か。対象人数が少ない分、【
「ああ。その分、強化効率は段違いだぜ。他人に【
タツヤが答えた。自身は内政に専念しつつ、
「強化型の
「ルドウは……
「あァ? そりゃ【
彼らの疑問への答えは、やがて示されることになる――予想だにしない形で。
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈交渉C+〉〈礼儀作法C〉〈宗教学D〉〈美貌の所作C〉〈北黒言語C〉〈東青言語D〉〈カリスマE〉
――――――――――――――――――――――――――――――
「なにィーッ!?」
「……嘘だろ……!?」
「な、なんで……!?」
ステータス画面が、最初のイベントの時点での二人の状況を映し出している。
「……17年と3ヶ月……!?」
「最初のイベント発生まで17年――17年も何も起こらなかったってのか!?」
両者ともにIP0。全国クラスの
それが
「【
サキは呟いた。超世界ディスプレイは、『最初のイベント』を映し出している。
「……一体……どういう……スキルなの……!?」
――――――――――――――――――――――――――――――
「――レイ・エクスレン。君はファルア教の聖女の一人でありながら、サラ・アルティリーに数々の中傷や嫌がらせを行い、彼女を公然と貶めた。その申し開きがあるなら、今ここで聞きたい」
上流階級の子女が集う学園舞踏会の会場で、第三王子フィルハルト・ロートローゼンはそのように告げた。周囲を囲む生徒達に、ざわめきが広がっていく。
それは事実上、婚約者に対する訣別の表明を意味していた。
「聖女とはただ生まれによって決まるものではない……それは心のあり方だと俺は思っている。身分や家柄で差別を行う者より、サラの方がずっと聖女として相応しい」
「そう」
これが17年と3ヶ月目にして引き起こされる、確定したイベント。恋の上でも政治の上でも予め『敗北』を定められた悪……それが悪役令嬢。
「――ふふふ。未来の夫への言葉遣いや作法の無礼に見て見ぬふりをするのが、王家の婚約者として正しい姿だったかな? 差別ではなく、他の学友がそうするように、ぼくの婚約者に接してほしかった。それとも、彼女のふるまいだけは特別だった?」
「俺は彼女の話で、君の本性を知った。サラはきみの言葉に大きく傷ついている……残念だよ、レイ」
「婚約者であるぼくより彼女の話を信じるなら、そうも思いこむだろうね」
「……何を言っても無駄なようだな。ならば、俺と結婚したとしてもそうなのだろう。君との婚約を破棄する」
学友の喧騒とは裏腹に、レイはあくまで落ち着き払っている。
この愚鈍な王子は、レイがこの
「それなら、ぼくは身を引かせてもらうよ。ごきげんよう、フィルハルト様」
この世界は、国家とは別の二つの宗教勢力――ファルア教とラダム教が対立している。生まれながらに高貴な身分を得る【
後は、首尾よく異世界の父から処分を受けるだけでいい。王族に関わるスキャンダルから引き離すために、遠方の領地に送られることになるだろう。【
(……やっぱり地方送りがいいな。中央の目から離れた片田舎で……この世界を覆す兵力を育てる。救世を果たすのは、最後だ)
会場を後にする馬車の中で、レイは婚約者ではない男の名を呟いている。
「――さあ、シト。ぼくのところに来て」
――――――――――――――――――――――――――――――
そこには異様な存在感を放つ二人組が着座して、試合の趨勢を見守っていた。
白衣を羽織った痩身の老人は、ドクター
「ドクター。この戦い、
「……くくくく。逆に、君は勝ち目がないと思っているかね?」
ドクターは邪悪に笑い、一方のテンマは僅かな笑みも返しはしない。
威圧的な腕組みのままで、父と会話する
「
予測どころか、目で見てなお理解の及ぶものではない。これらの全てが、ただ一つのメモリで引き起こされている現象である。
あまりにも複雑かつ複合した効果のために、
「くく、くくくくくく。君は生真面目過ぎるなテンマ! 単純、まったく単純だ。【
それはまさしく、この世で
レイは【
「【
「試合進行の停止……婚約破棄イベントが発生するまで、他のあらゆるイベントを起こさないということか。結果として、両者ともにIP取得が行われない」
「IPはスキル経験点への乗算にも用いられることは知っての通り。ならばIP獲得が凍結された
17年ものIP凍結。尋常の速攻型が救世を完了してしまうほどの長期間、シトの【
一方で【
レイは一切の誇張を行っていない。肉体的な成長の機会を奪った上で社会戦を仕掛ける【
「――ならばどう戦う。敵の領域に自らが引きずり込まれた時、洞察が一切通用しない時。君はどのように戦術を組む……
――――――――――――――――――――――――――――――
「きみ達はただの使用人じゃない」
馬車に積み込まれていく荷物を見送り、レイは背後に控える使用人達に告げた。
「エクスレンに仕える家柄である以上は……帰るべき、相応しい身分の家があるはずだ。ぼくなんかに付き合って、きみ達まで追放の憂き目を負うことなんかない」
「いいえ! これまでのご恩を忘れ、お辛いレイ様を置いて、何故私一人だけが家に戻ることなどできましょうか!」
「そもそもフィルハルト様の婚約破棄が不当! 戦うべきです!」
「私は当主様の判断にも納得していません……! いくら領主扱いとはいえ、これではまるで追放同然ではありませんか!」
「自分は他の者とは違い、元は奴隷の生まれを拾っていただいた身! 最後までお供いたします!」
使用人達は、やはり予定調和の通りにレイへの忠誠を表明していく。
【
「……ふふふ。ここからは、とても苦しいかもしれないよ?」
嘘ではない。レイは、彼女らに教団を滅ぼさせようというのだから。
異世界に生きる人間をまるで道具のように使い潰してさえ、【
「もちろん、覚悟の上です!」
「私がお世話いたします! レイお嬢様!」
「……うん。信じてるよ」
彼女らの忠誠は本物なのだろう。少なくとも、彼女らの主観においては。
何度も
だがそれでも、それは彼女にとっての本物ではないのだ。
(……シト)
【
けれどきっと、この程度で負けるような敵ではないのだろう。
相手は
(もしも君が、もっと弱かったなら。ぼくは世界を滅ぼさずにいられたのかな)
自分を負かした敵であるから、シトのことを想わずにはいられない。
ならば本当に、そうではない方が良かったのだろうか。
――――――――――――――――――――――――――――――
「これは聖女レイ・エクスレン様の、名誉あるお側仕えの職務です」
一年後。シトは有象無象の冒険者とともに、この辺境の地に集っていた。
表向きは戦地の慰労へと赴くレイの護衛兵の招集という名目ではあるが、実態は明らかに戦局介入のための私兵の雇用である。
「どのような生まれの者であろうと、レイ様はあなた方に等しく教育を授けてくださいます。自覚持たぬ者をふるい落とすための面接です」
アンチクトンとして戦う限り、
人類に甚大な被害を与えつつ、この宗教対立世界の救世を行う道は、多数の生贄によって根源邪神が覚醒する以前の時点での、片方の勢力の全滅。IP獲得の都合からすれば、恐らくは自身の属していたファルア教への復讐という形を取るのだろう。
ならば、いずれ何らかの形で兵力を集めることは読めていた。
(……
「シータ・グレイ」
「うむ。俺か」
「まずはあなたの班から、直接の面通しを行いたいとのことです。夕食を終えた後、この紙片に記された部屋に集まるように。案内は必要ですか?」
「無用だ。地図があれば道順は分かる。あー……だが、中々肝の座ったお嬢様みたいじゃねえか。ゲヘヘ」
「レイ様への無礼は許しませんよ。……次!」
本来のシトとは全く異なる姿形と言葉遣いの
歴戦を感じさせる髭面に、無骨な手斧。彼が通常の
【
「……正念場だな」
多数のデコイに紛れての運用は、【
「当初の戦略は潰されたが……
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉他8種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈政治交渉B+〉〈礼儀作法B〉〈宗教学B〉〈扇動D〉〈美貌の所作A〉〈完全言語D〉〈鑑定C+〉〈カリスマC+〉〈農業C+〉〈公共事業D〉〈ファルア法術B〉他5種
――――――――――――――――――――――――――――――
そうして、シトは屋敷の中へと踏み入っている。シトを含む何人かの班で面通しを行うように聞いていたが、他の冒険者どころか、使用人の影すら見当たらない。
既に夜の帳が下りているが、光の法術に照らされた屋敷は煌々と明るい。
(……俺以外は呼ばれていないのか?)
隠匿している〈奇襲感知C+〉で警戒を行いつつ、地図の部屋へと到達する。
17年ものIP凍結による戦力低下は大きいはずだ。よって仮にこの場で奇襲を受けた場合、それで戦力の程を露呈してしまう可能性があった。
室内からの射線を避けるように位置取り、扉を開ける。手斧の柄に指をかける。
「入っていいよ」
促す声があった。忘れようもない、
シトは扉の影で構えを解き、まるで無造作な傭兵のように装いつつ踏み込む。
「どうも、お邪魔す……」
シトの言葉は止まった。部屋の中に居るのは一人だ。
18歳の姿に成長したレイがそこにいた。
部屋は彼女の自室であった。
「…………。すまな……いや、失礼。噂通りの……別嬪さんだったんでね」
「うん。ありがとう。そこに座って、話をしようよ」
「…………」
「久しぶりだね」
閉じた唇の両端を吊り上げる、真意を悟らせない笑み。既に状況は明白である。
……これは罠だ。世界のどこかに潜む
「なぜ俺の正体に気付いた」
「ふふふ。もっと異世界の社会制度を勉強しないと駄目だよ、シト。確かに【
「……現在の身分が不確かな者ではなく……過去の身分が不確かな者に絞って調べをつけていたのか……!」
辺境に追放された身とはいえ、教団の聖女の護衛は冒険者にとっても条件の良い依頼だ。集った者の中には、【
シトは無防備にその正体を晒したまま、敵の懐へと飛び込んでいた。
「……でも、さすがだよ。今日ばかりは偶然、ぼくの護衛も出払っていてね。屋敷にはぼくだけだ。ね。二人きりだよ、シト」
「白々しいことを……偶然を装って護衛を遠ざけていたのも含めて、俺を誘き出すための罠だったのだろう」
「――ふふふ。そうかも。確かめてみる?」
レイは夜着を纏った細身を乗り出して、無防備に首筋を晒した。
如何に【
「う……」
白い首筋を前にしたシトは、震えた。
一方のレイは死の淵に足をかけていながら、薄く微笑みを浮かべている。
(【
目を強く瞑り、全ての思考を遮断する。
レイに勝つためには、そうしなければならない。異世界での出来事だ。【
シトの手斧が、想いを寄せる少女の首を断ち切る……
「……っ」
……ことはなかった。斧は、これほど近いレイの首を外れた。
シトは再び刃を振るった。間近な衣装棚を破砕したが、それだけだ。
「効かないよ。わかってるでしょう?」
攻撃に無傷なまま、華奢な体が、ひたりとシトに体重を預けた。
【
「
「ふふふふふふ。……ね。攻撃以外のことはしないの? ……シト」
それはひどく単純で、身も蓋もない、
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉〈UNKNOWN〉他8種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈政治交渉B+〉〈礼儀作法B〉〈宗教学B〉〈扇動D〉〈美貌の所作A〉〈完全言語D〉〈鑑定C+〉〈カリスマC+〉〈農業C+〉〈公共事業D〉〈ファルア法術B〉他5種
――――――――――――――――――――――――――――――
「何やってんだ
「シト、どうしちまったんだよッ!?」
ルドウやタツヤのみではない。どの
ただでさえ少ないIPが、反撃能力を持たぬ者への攻撃失敗でさらに消耗した。
「わ……分かってたはずだッ! 【
「なんなんだクソッ……!」
「……。アタシ、分かる気がする」
……この結果を受け入れることができていた者がいたとすれば、
異世界において超人的な精神力を発揮する
「だって……普通じゃいられないよ。だって
「クソッ……脳は機械と同じ、か……!」
ルドウは親指を噛む。そもそもそれは、第一回戦の時点で危惧していたことだ。
完全無欠の、一つの綻びのない
それは普段が完璧である分、あまりにも滑稽に、手酷い形となって。
「成長イベントが全部飛ばされて、【
――オープンスロットに存在する、三種の
「
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