vs黒木田レイ
【悪役令嬢】
「来たな。
選手用通路。その片隅の死角に身を潜めるように、
「……いきなり何だ。ドライブリンカーの件なら、会長以上のことは知らねェぞ」
「だが、会長と同じく知っていることもあるだろう。【
「……」
ルドウは沈黙を返す。不機嫌というより、何かを考えているようでもあった。
「ケッ。あの話か? 大したことじゃねーよ」
「アンチクトンの
「あーあー、じゃあ教えてやるよ。文字通りの話だ。つまりトラックの運動エネルギーで俺らを
「誤魔化すな。
猛禽の如き目で、ルドウを睨みつける。
会長への詰問の時にも、彼はこの話題を露骨に逸らそうとしていた。
そうする必要があったのなら、偽の答えの一つや二つは用意しているだろう。
「それはドライブリンカー側の持つ基本機能にすぎない。
「……。そんなこと知って、どうするつもりだ。【
「……俺は」
――知れば、今度こそあなたは勝てなくなります。
「アンチクトンの真意を知りたいだけだ。
「……
「彼女が世界を滅ぼす罪を背負うつもりでいるなら、俺はそうさせたくない。頼む、
「
シトは頭を下げている。だが、今ばかりはルドウも嘲笑いはしなかった。
両のポケットに手を突っ込んだままで、彼は尋ねた。
「
「好きだ」
シトは即座に答えた。そのことについては、一切の迷いはない。
「
「あー、いいよ、いい。もういい」
言葉を選びつつ
「信じらんねェなお前……恥ずかしくねえのかよ」
ルドウは選手用通路の周囲を見た。静かだ。彼らの他に人影は見当たらない。
シトではなく、ルドウの方が安堵の息をついた。
「覚悟はあるつもりだ」
「チッ……分かるよ。なんかよォ……テメーも
「……最強?」
「
シトは言われたとおりに思案した。――最強。
一般的に強いとされる
しかし真の強弱は
それは、かつて戦った【
「答えられねェよな? 教えてやる。それは頑張れるスキルだ」
「それは……なんだ。何かの冗談か?
「当たり前だ。これは心の持ちようだとか精神の健全さとか、そういうクソみたいな言葉遊びじゃねェ。純粋に、脳神経的な意味での行動決定だ。……やりたい物事をやれる意思がなけりゃあ、どれだけ全能の
「理性の通りに行動する力。ということか?」
「リアルの人間にとって、それがどれだけ難しいかくらいは分かるだろ? 試験の前日ほど、部屋を片付けたくならねーか? 休みの日に出かけたいと思っても、家でダラダラしているだけで一日が終わっちまうことはないかよ?」
「だが、異世界では……!」
「気付いたな」
そうだ。異世界では、そのようなことがないのだ。
この現実で立てた計画の通りに、人生という数十年がかりの事業を実行できる。
そこに迷いはなく、成功のための努力を阻む怠惰もない。
「たとえばたった今、生まれ変わったとするぞ。テメーは第二の人生を後悔なく生きよう、計画通りに生きようと思うだろうよ。本当にそうできるか? 疲れ、空腹、遊び、何の理由もねェ怠け。元の人生が懐かしくもなるだろうな。そういう人間らしい心が、どうして異世界には存在しないか分かるか?」
「それが……【
こことは別の現実は、ただ
彼らは異世界で人生をやり直しながらも、その基底は常に元の現実にある。
より良い、成功した人生を収めるために不要な入力が、全てオミットされている。
「……ケッ! 要は、
一度ごとに二十年前後。仮にその時間の通りに一万年以上の歳月を現実のように生きてきたとすれば、現実ではまだ13の中学生である彼らは、果たして元の人格でいられただろうか。
「それは……他のどの
シトは、
――壮絶な
彼らは何度でも人生をやり直すが、
「……それは……それを知っているのは、俺達だけか。
「あァそうだ。もしも
「……」
続いてシトの脳裏に過ぎるのは、これまで戦ってきた
彼ら
それは本来、ただの個人が自覚しようもないほどに重いことなのではないか?
「……クッ……異世界を滅ぼす……
「……連中が、一体どういう理屈でそれを正当化してるかは分かんねェけどな。少なくとも【
全て、最初から分かりきっていたことだ。異世界は別の可能性を辿った世界の一つの形である。この世界と、
世界救世の一つ一つに責任や自覚を伴わせてしまったならば、到底救いきれない数の世界が危機に瀕している。
「ククククッ、どうだ
異世界の人間から見た
デパートのニャルゾウィグジイィ。WRA会長のエル・ディレクス。
「……多分この世界も、そういう風に変えられちまってるんだろうしな」
沈黙は僅か3分にも満たなかったが、それでも果てしない時間に感じた。
【
「ありがとう。
シトは頭を下げ、礼を告げた。ルドウが面食らうのが分かった。
「いきなり何だオイ」
「……貴様にとっても、口に出すことは容易くなかった真実だろう。貴様が俺を信じて話してくれたように、俺も貴様の言葉を信じようと思う。そして……これでようやく、俺の決意も決まった」
「
「逆だ」
ならばこそ、なおさら戦わなければならない。
彼が次に対戦する敵は……アンチクトンに堕ちた
「俺は戦い、勝つ。
「テメーのした話が本当なら、奴は元々アンチクトンだったんだろ。……じゃあ、そもそも手遅れじゃねェのか」
「手遅れではない」
断言する。これまで、
「彼女は
この事実を告げられてなお苦悩し、絶望し、心折れていないのも、【
だがそれでも、この現実にだけは【
「……頼んだぜ、
「無論だ」
控室へと向けて歩き去る途中で、シトは足を止めた。
「――
「だったらどうした」
「貴様を尊敬する」
その後姿は、すぐに曲がり角を越えて見えなくなった。
両手をポケットに突っ込んだままで、ルドウはその場に佇んでいる。
「……ケッ。嬉しくねーんだよ。バカが」
――――――――――――――――――――――――――――――
「それでは第二回戦!
「「「ワアアアアアアーッ!!」」」
司会や観客の熱狂すらもどこか薄ら寒いものに聞こえるのは、ルドウから明かされた【
超世界ディスプレイ越しに戦いを見守るだけの観客は勿論のこと、その試合を行う
「シト?」
少しの不安を帯びた声が、隣の転生レーンで囁く。
「……大丈夫? しっかりぼくに勝つつもりでいる?」
あの日に諦めて、それでも諦めきれなかった望みを果たすために。
「
「――ああ、あれか。ふふふ。もちろんだとも」
彼女もずっと、最初から知っていた。
「世界を……滅ぼしたことはあるか」
「ないよ。これまでの試合でも、
「ならばそれが貴様の真の心だ!
「分かってないな。本当に、シトは、分かってないよ……」
レイは寂しげに笑った。
いつものように手を腰の後ろに組んで、首を傾げてみせた。
「アンチクトンの理想なんか知ったことじゃないし、嘘をついてもいない。ぼくは世界を滅ぼしたくなんてない。けれど……これがぼくなんだ。ぼくは、こういう人間なんだよ。きみに勝つためだけのために、ぼくは世界だって滅ぼせる」
「ふざけるなッ!」
アンチクトンの人造
だが彼らは【
「そんなくだらないことのために、貴様は――」
「くだらなくない!」
細い指先が、シトの手を取った。指は強く絡んで、彼女の胸元へと引き寄せた。
「きみとの勝負は、くだらなくなんてない! ぼくはきみに二回も負けた! 二回も!! アンチクトンを抜けてから、一度だって負けたことなんてなかったのに! ぼくは天才で、美少女で、
「……ッ!」
「――ねえ、シト! シトにとって、ぼくは何なの!? ぼくはずっと、きみのことしか考えられない! 異世界がなんだっていうんだ!? 目の前にいるのはぼくだろう!? ぼくを見て、シト!! ぼくが、きみと戦うんだ!!」
涙に潤む美しい目が、シトのすぐ目の前にある。
「ぼくが、きみと……」
「…………」
彼女はどうだったのか。その素振りを見せることがなかったとしても、心の内は。
「それでは、間もなく
スタジアム中央で二人の交わすやり取りは、司会にも観客にも届いてはいない。
第二回戦は既に開始していて、試合は無情に進んでいく。
転生レーンの先、純白の2tトラックがライトを点ける。
「両選手はオープンスロットの三本を提示してください!」
「……さあ、見せて。シト」
黒いドレスの
試合の事前に選んだ三本は、敵のデッキ構成を見てから変えることはできない。
何度も強さを目にしてきた、
それは半ば、
「俺のオープン
「ああ」
顔を近づけたままで、レイは失望と歓喜の入り混じった溜息をついた。
「どうして内政型にしなかったの? せっかく戦えると思ったのに……きみは、ぼくのデッキには、もう勝てない」
「
「それなら、教えてあげるよ」
宗教対立のレギュレーションにおける定石は内政型。
「この
「……」
一点の強さにおいて――その彼の実力をすら凌駕する
「……ねえ。見てて、シト。ぼくは、はじめて
「やめろ……!」
レイは、やはり寂しげに笑う。
「きみが好きだ」
吐息のような囁きは、すぐに耳元から離れた。
オープンスロットの三種を、そして宣言する。
「【
美しい少女は、漆黒の
この世でただ一人、
「【
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