【無敵軍団】
「集まったな」
かつてと同じ広場に集う【
「――既に
その一人は、全員を見渡して言った。
「貴様らは決して無敵の勇者などではない。だがそれでも、チートの力で掴み取った地位と名声は真実のものだ。断じて軽率な暴力に訴えることなく、むしろこの世界より暴力を廃絶せよ。帝国とは既に和平を締結し対コボルト条約を取り付けてはいるが、それでもここからの交渉はなお困難を極めるだろう。粘り強く発掘中止を働きかける……! 全ては貴様ら一人一人の双肩に懸かっている! いいな!」
「もちろんだぜ、
「アンタの言う事なら間違いじゃないって、アタイ、信じてるよ!」
「俺は最初から分かってたぜ……本当はお前のチートが最強だったってよ!」
「す、
思い思いの愚劣反応を示すNPCは、しかしシトの命令に背くことはないだろう。それぞれの知名度を活かして各国家の上層へと接触し、シトの介入の糸口を作り出してくれるはずだ。【
彼はここからさらに3年、あるいは4年の計画を考えている。『先史文明』は一度激発すれば戦闘特化型のデッキでも対処は困難だが、時間を掛けて社会を制圧すれば、安全かつ確実に防ぎきることのできるレギュレーションでもある。
しかし、故に
「
屋根を跳び渡って、委員長が現れた。彼女のスキル上限は然程高くはなかったが、【
「溶岩蜘蛛の縄張りの壊滅を確認したわ。これで人類の生存圏の外は全てコボルトの単一の群れに支配されたことになるわね」
「そうか」
シトは取り出した地図の領域の一つを赤く塗り潰す。赤は地図の面積の大半を覆い尽くしており、白く残った人類の国家は、その中で頼りなく浮かぶ浮島のようだ。
「……なるほど。これで全部か」
敵よりも早く繁殖し、土地の開拓の手間すらなく支配圏を拡大し、そして圧殺する。それは人間に
「ならば、試合はこれで終了だ」
――――――――――――――――――――――――――――――
「一体……何を考えているんですかァ、
深淵蜘蛛の領地へと踏み込んだルキを待ち受けていたのは、異様な光景であった。
絶大なる敵が現れたわけではなく、狡猾な罠が彼らを捕えたわけでもない。
そこには何もなかった。人里を残すのみの版図の最後に至ってすら、コボルトの軍勢は何一つの労苦なく深淵蜘蛛の領地を制圧した。
「神獣クラスの深淵蜘蛛が既に殺されている。我々に先回りするように……【
現在のルキの種族は、アルビノ・ケルベロス。【
「……私のIP獲得源を潰そうとしている?」
仮にそれがシトの作戦であったとすれば、確かに成功を収めている。
彼がこの姿にまで進化できたのも、配下のコボルトらの支持から細々と得たIP収入によるものであって、次の段階に至るためにはより巨大な功績を挙げなければならない状況である。
――だが引き換えに、コボルトの群れは一切の消耗なくこの地上を覆いつくした。
武装した村人にも追いやられていた最弱の魔物は、世界最大の軍勢と化したのだ。
シトの行ったことは本末転倒の、まったく無益な問題の先送りとしか思えない。
彼らはまだ、この世に最大のIP獲得源を残しているのだから。
「まさか……まさかまさか。人類を滅ぼしてみろ、という挑発ですかァ……? 何か秘策となる文明を発展させている? それとも攻め入った先で古代文明の遺跡を起動して、IP自爆覚悟の相打ちを狙っている?」
【
加えてルキは、【
軍勢による圧殺。姿を消しての
だが、彼は敵の全ての可能性を絶つつもりでいる。
今、新たな領土に興奮するコボルトの一匹が、彼の足下へと走り寄った。
「大将ォー! ハッハッ、次! 次の縄張り! どっ、どうしますか! 次!」
「……人里です。付近の群れに通達。人を襲いますよ」
「わかった! わかりました! 人っ人里! ワオーン! ハッハッ」
「さァて。
人類の脅威はルキのみではない。彼が【
結論から言えば、
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈究極話術SS〉〈国境無視A〉〈斬術A〉〈地図作成S+〉〈軍団統制SS〉〈完全言語SS+〉〈大扇動S〉〈完全鑑定B〉〈平和の英雄SS〉〈円魔法B〉〈線魔法S〉〈角魔法A〉他35種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈アルビノ・ケルベロスA+〉〈邪界の牙SSSS〉〈次元三連SS+〉〈概念断爪SSSS+〉〈死の超越SS〉〈装甲結界SSSS〉〈遍在S+〉〈事象解読SS〉〈天運掌握D〉〈人間化A〉〈完全魔法B+〉〈獣族言語SSS〉〈人間言語S〉〈地上の獣王SS〉他35種
――――――――――――――――――――――――――――――
「……」
「……マジか」
タツヤとルドウは、超世界ディスプレイを見つめて絶句している。
世界の外の客観から戦局を眺める
状況を動かす選択権は、完全にルキの側にあると言ってよかった。
「もう勝ち目がねえぞ」
「……ああ。シークレットを解放したとしても……どんな
「……えっ……で、でも、まだ分からないでしょ!」
「だ、だって
「ケッ。ド素人が」
「ド……ド素人で悪かったわね! でも、
「サキ。違う……! シトが
「タツヤまで……じゃあ、何なの……?」
あの
逆転不可能のチェックメイト。それは目にこそ見えぬ情勢だったが、彼の秘める苛烈の意思が現出したが如き徹底的な戦術である……!
「圧倒的だ。勝ち目がねえ」
ルドウはもう一度呟いた。
「たった二回目でこんなことができるか……? こんな盤面から覆す方法が思いつかねェ! この試合、
――――――――――――――――――――――――――――――
辺境とはいえここは帝国領であり、この村を焦土と変えるだけで、人類への宣戦布告としては十分であろう。
(……砦からの矢が来ませんねェ)
領地を踏み荒らす魔物に対して沈黙を貫いたままの守備隊を、ルキは怪しんだ。
もっとも……アルビノ・ケルベロスにまで進化を果たしたルキには、人類の持ち得るあらゆる魔術や兵器などは一切無意味であるが。
「……あァ。また【
やはり、
シトが戦線を後退させつづけるならば、最後の領地の一点に至るまで侵略の手は緩めぬ。そうして文明発掘を行う人類が滅亡すれば、『先史文明』のレギュレーションは救世完了だ。
テンマが認めた
「お水くみに行ってくるねーっ!」
溌剌とした声が響いた。
それは恐らく不幸だったのだろう。立ち並んだ民家の一つの戸を開いて、幼い少女が現れたところである。
この世界の歴史上のあらゆる神獣を凌駕する魔狼の前に、何の護りもなく。
「……ッ!? 止まりなさい!!」
だが――寸前。口をついて出たものは、停止命令であった。
恐怖の軍勢は、その一声でたたらを踏んだ。
切り込み役を担うウェアウルフが、困惑の表情でルキを振り返った。
先ほどまでの漆黒の意思は一転して、ルキは震えていた。
「そんな」
何の危機感もなく春の日差しに踏み出していく、幼い……無力な少女に対して。
「そ、そんな……そんな。そんな。そんな、ことが」
視線は一点に注がれていた。彼女の後に続いて現れたものは……犬頭の獣人。
紛うことなき、コボルト。
少女は、家で待つ母親へと元気よく叫んだ。
「ルーちゃんと一緒に行くからねーっ!」
「お昼までには帰ってきなさい! ルー、まだごはん食べてないんだから! 道草して遊んでたら、夕方になっちゃうわよ!」
「ええー? ルーは平気だもんね!」
「うん! 川、川で遊ぼう! キャンキャン!」
コボルトが洗濯の盥を持ち、人と同じ衣服を着て、そして生活に紛れている。
その微笑ましい光景が、ルキの計画のあらゆる前提を崩した。
「こ、攻撃は……中止……他、他の村を……」
そうだ。この村にはコボルトがいる。町並みの光景がそうであることに気付く。
四足で畑を耕すものが。貴族らしき若者の後に続く護衛が。老いて切り株に腰掛けるものが。人類と同じように、暮らしている。
彼のIP取得条件は逆転しているのだ。自身の系統の魔物か、それに利をもたらす者でない限りは、他のどの魔物を倒しても人間と同様にIPを獲得できる。
――それに利をもたらす者でない限りは。
激しい動悸に息を荒げながら、ルキは眼前に存在しない敵を恐れた。
「他の村……コボルトを排斥する、他の村を……」
無作為に選んだ、辺境の村ですらそうなっている。
『他の村』などが、本当にこの世界に残っているのか?
いつの間にそのようになっていたのか。地上から次々と他種族が姿を消し、ルキが勢力拡大を図っていた同じ頃、シトは一度たりとも前線に姿を現さなかった。常に国家で内政に勤しみ……
内政。
人類を率いて、ルキの属するコボルトの群れと戦うのではなく……
――――――――――――――――――――――――――――――
「コボルトだ……
「……そうか……
だが、確かにその兆候はあったのだ。
「でも……じゃあ、敵が序盤からコボルトの軍団で速攻を仕掛けていたら、和平なんて結べるはずが……!?
「できないんだよ」
答えたのは、
「シトには【
「コボルトは……最弱の魔物……」
【
最弱の魔物へと
その弱みをあまりにも的確に刺し貫いたこの戦術を、ルドウも分析している。
「オープンスロットの提示の時から、
敵に長期戦を選択させ、そうして作り出した時間の中で内政を動かしていた。
【
……ならば、もう一つの疑問がある。
「
「ああ。考えてみりゃあ当たり前だぜサキ……! だって……もうあの世界で、人類の国以外の地域は全部コボルトの縄張りなんだ。コボルトが増えすぎた」
「
「そこが
ルドウが言葉を継いだ。コボルト全体の力を増す、縄張りの拡大。
それはただの、人間世界の内政から目を逸らすための誘導や先送りなどではない。
「いいか
「そんな……そんなことができる
「……ああ。シトのシークレットは……!」
――――――――――――――――――――――――――――――
「ハァーッ、ハァーッ……!」
殺気のみで人類を殺しかねぬアルビノ・ケルベロスは、そうする必要があった。
もはや人間はコボルトの敵ではない。文字通り……どちらの意味でも。
種族への敵対意思がないものへの先制攻撃は、逆転不能のIP激減を意味する。
「どこ、どこで間違えた……? す、
無尽蔵に残されていたはずのIP獲得源は、もはやゼロとなった。
彼は世界最強の、さりとてA+ランクの先史文明を滅ぼす域でもない中途半端なアルビノ・ケルベロスのまま、決して成長の見込みはない。
もはやこの世界でIPを稼ぐ手段は、世界救世のための発掘中止活動か、先史文明の破壊しかない。
人間と魔物の融和。これこそが
「【
戦闘能力のみに絞って成長する
政治情勢を動かして、戦闘スキルの全てが無意味になる世界へと変えたのだ。
「暗殺……今なら、
それも、今や不可能な手段だ。
この人間とコボルトの融和政策が
現在のシトを抹殺するだけで、どれだけのIP下落がルキを襲うことになるのか。
「【
【
シトはその知名度が欲しかったのだ。彼らを介して各地の政府に接触して、この迅速な融和政策を実現させた。
「けれど……うう……【
確信していた。シトのシークレットは、【
「勝っていた……初手で暗殺を選べていれば、わ、私は勝っていたのに……! ああああ……【
ステータス画面の無機質な表示が、シトのシークレットメモリの開放を示した。
彼に決定的な敗北を突きつけるように。
「【
シークレットに隠し持った切札を使う機会すら与えられない。
彼がIPを獲得すべき『敵』は、この世界のどこにも存在しない。
彼は絶叫した。
「ウオオオオオオオオオオーッ!!!!」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈究極話術SSSS+〉〈国境無視SS〉〈斬術A〉〈地図作成S+〉〈軍団統制SSS〉〈完全言語SSS+〉〈大扇動SSS〉〈完全鑑定B〉〈平和の英雄SSS+〉〈円魔法B〉〈線魔法S〉〈角魔法A〉他37種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈アルビノ・ケルベロスA+〉〈邪界の牙SSSS〉〈次元三連SS+〉〈概念断爪SSSS+〉〈死の超越SS〉〈装甲結界SSSS〉〈遍在S+〉〈事象解読SS〉〈天運掌握D〉〈人間化A〉〈完全魔法B+〉〈獣族言語SSS〉〈人間言語S〉〈地上の獣王SS〉他35種
――――――――――――――――――――――――――――――
「獣に相応しい死に様を与えると言ったな。
アンチクトン。予選トーナメントにてシトを完膚なきまでに打ち負かした敵。
異世界を滅亡に追いやる
壮絶な特訓を経たわけではない。
新たなる
もはや全ての手足を失った遠い敵へと向けて、彼は宣告した。
「――『IP餓死』。それが貴様の末路だ!」
WRA異世界全日本大会第一回戦。
世界脅威レギュレーション『先史文明A+』。
攻略タイムは、22年4ヶ月17日3時間2分15秒。
――――――――――――――――――――――――――――――
「……貴様らの情報を渡してもらう」
現実世界への帰還を果たした後、
「問うべきことは、
「……ク。分かっています。何故テンマさんがあなたを評価……するのか……それも、十分に、分かりましたよ……」
「貴様らは何者だ」
黒衣を纏うアンチクトンの
まったくの無名である彼らに、なぜこれほどの強さがあるのか。
「つまらない……まったくつまらない、問いと答えです。我々はただの、
「
「クク……その様子だと、何もご存知なかったようで……いえ、レイさんが何も伝えていなかったのですねェ」
「……な、何故だ! 何故
シトは、倒れたままのルキの胸ぐらを掴んだ。虚ろな瞳孔が彼を見つめた。
「あなたがたが……ただ、理解していないだけですよ。【
「【
「知れば、今度こそあなたは勝てなくなります。それでも聞きたいですか?」
「……」
シトは、敵の体を投げ捨てるようにその手を離した。
ルキは咳き込み、力なく立ち上がった。
「……あなたは確かに強かった。想像以上の実力があった。それでも、あなたはテンマさんに勝てません。それも……今、分かりました」
「奴の【
「だからこそですよ」
「もう一つだけ、あなたにお教えしましょう。テンマさんの【
「……ッ!」
「……楽しみです。あなたとテンマさんが戦う時が。……ク。楽しい」
消耗した
彼らの肩を借りて、死人の如き学生服の少年は歩き去っていく。
「こんな……キ、キキク……私が、楽しみなどと、思える日が来るとは……」
「…………」
圧勝に沸く歓声に包まれながら、シトはドライブリンカーを見下ろしていた。
現実世界のそれは沈黙を保ったままで、何も彼に教えてはくれない。
【
彼の敵であるアンチクトンではなく……今度こそ
「――シト」
その考えに割り込むように、聞き覚えのある澄んだ声が背後から聞こえた。
振り返ると、そこには彼の新たな敵が佇んでいる。
かつての友。そして、もしかしたらそれ以上の心を抱いていたかもしれなかった。
会場の熱気が生んだ微風が、黒いドレスのスカートを揺らした。
「勝ったんだね。おめでとう」
「
「ふふふふ。時間をかけすぎだよ。
隣で同時に行われていた
18年3ヶ月1日16時間39分2秒。内政型の
「ああ、安心して? こっちは
その微笑みには、何の負い目も悲哀もないように見えた。
アンチクトン。
「はじめての相手はきみがいいんだ。
「……やめろ……! 貴様とは、正しい形で戦いたいと……!」
「ふふ。また、貴様って呼んでる……」
第二回戦。
手を腰の後ろに組んで、レイは彼だけに、囁くように言った。
「君って呼んでよ」
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