【達人転生】

「俺は【不正改竄ツールアシスト】を使う」


 大葉おおばルドウは転生レーンへと乗り込み、研究者の余裕を思わせる口調で告げる。


「マジにやるならシークレットに隠して不意打ちでブッ刺すCチートスキルだが、俺も不正規イレギュラーメモリでそんな真似するほどアンフェアじゃねェ。純岡すみおか、テメーはこいつを前提にデッキを組め」

「ええー!? でも俺と戦った時はそれシークレットだったじゃねーか!」

「うっせバーカ! バァーカ!」


 タツヤの指摘には、敵意を剥き出しにして吠え返した。


 ――【不正改竄ツールアシスト】。

 全日本大会予選トーナメントにて、ルドウが満を持して投入した秘密兵器である。

 世界を構成する法則の綻びを突き、一見して無関係な因果をゲームのバグめいて接続する事で、望む結果を直接に得る。

 ある意味ではデパートの二人組が用いたメモリ以上に万能とすら言える、大葉研究所が生み出した最強の不正規イレギュラーメモリであった。


 だが、このCチートスキルが直接に引き起こした結果は『既に起こっていること』として現れ、ルドウ自身がそれを成し遂げたという周囲の認識までは伴わない。よって成果に対して得られるべきIPを得ることができず、試運転の相手であったつるぎタツヤに惨敗を喫したという経緯がある。


「貴様の第一回戦での転生ドライブは俺も見ていた。IPを獲得できないことを差し引いても、それが極めて強力なCチートメモリであることは間違いない――いわば、今回がその正常稼動版ということか」

「欠点を埋め合わせる構築は完成した。俺のデッキの中身が読めるか、純岡すみおか? 敵の戦略の読みと対策に限れば、俺の知る限りテメーが一番の転生者ドライバーだ。もちろん俺を除いてだがな……つまりテメーの読みを正面から叩き潰してこそ、俺の【不正改竄ツールアシスト】の最強を証明できるってことになる」

「いいだろう。受けて立ってやる。世界脅威レギュレーションは『単純暴力B』だ」

「ヒヒヒ! いいぜェー」


 両者は転生レーンに並び立ち、互いのCチートメモリを選択していく。

 シトが挑む全日本大会のレギュレーションはオープンスタイル――両者が三種のCチートメモリを選択し、同時にオープン。しかる後に、互いの公開デッキ構成から判断した一本のシークレットCチートメモリを選択する。


「そうそう……大葉研の筐体は普通に出回ってるやつと違って、安全装置やら検知機能やら取っ払ってっからな。うっかりドライブリンカー付け忘れたらリアル轢殺されるぞ。ギャハハハハハハ!」

「フン。ありがたい忠告だ」


 会話を交えつつも、両者は転生ドライブの準備を終えた。オープンの三種を宣言する。


「俺は【不正改竄ツールアシスト】【絶対探知フラグサーチ】、そして【不朽不滅エバーグリーン】だ」

つるぎ戦の時と、ほぼ同様の構成だな。改善点はシークレットの部分か」

「これくらいならフェアの範疇だろ? テメーの番だ、純岡すみおか

「【達人転生スタートダッシュ】【不労所得パラサイト】【超絶知識ハイパーナレッジ】。俺ならばこの構成で倒す」

「ほー」


 シトが迷わず選択したメモリを見て、ルドウは興味深げに息を漏らした。

 敵の表情を覗き込む。いつもの如く、氷めいたポーカーフェイスだ。


「なんだそりゃ。【達人転生スタートダッシュ】は分かるにしても、コンセプトが全然読めねェ。【超絶知識ハイパーナレッジ】の方で間違いないんだな? ……」

「長考は無用だ。始めるぞ」

「ケッ! ついつい、癖なもんでな……! レディ」

「……レディ」


 研究用筐体に自動カウント機能はない。ルドウは無骨な押しボタンに拳を叩き付け、轢殺ブロックを作動する!


「「エントリー!!」」


 瞬間、コンプレッサーに充填された圧縮空気が解放、轢殺ブロックを耳を劈く爆音と共に射出! 研究電子機器に配慮した電磁石不使用の圧縮空気轢殺機構だ!

 二人は同時に転生ドライブし……そして!


――――――――――――――――――――――――――――――


「【絶対探知フラグサーチ】と【不労所得パラサイト】は、前にタツヤと純岡すみおかクンが使ってたやつ。【超絶知識ハイパーナレッジ】は基本のハイパー系……名前からして頭が良くなるやつかな」


 二人の姿が消えた地下研究室の中で、星原ほしはらサキは配線された複数のディスプレイを忙しなく眺めている。

 両者のステータス表示は商業用とはまた異なるインターフェイスで、使用Cチートメモリ名の横には何やら様々なパラメータを示す細かな数値やグラフが並んでいるが、無論その意味するところは一介の女子中学生であるサキが理解できるものではない。


「タツヤ。【達人転生スタートダッシュ】って?」

「ああ! 前世がなんかの達人だった設定で、最初から凄え強いランクの戦闘スキルを獲得できるんだ。俺もよく使うなー」

「ふーん。外江とのえさんの【弱小技能ウルトラレア】を使いやすくしたCチートスキルって感じなのかな」


 サキは異世界転生エグゾドライブのセオリーを理解してはいないが、確かにルドウの言うとおり、コンセプトが異なっているようにも思えた。

 内政や経営、技術開発に有利な【超絶知識ハイパーナレッジ】と、まさしくタツヤが使いそうな類の、序盤から最強クラスの活躍を実現する【達人転生スタートダッシュ】。


(だけど……見て分かるミスマッチってことは、純岡すみおかクンの仕掛けがそこにあるってことなんだろうなー。どう使うつもりなんだろ)

「ウオーッ! シト! ルドウ! がんばれよ!!」


 手でPCモニタを掴んで叫ぶタツヤをよそに、サキは考えを巡らせている。

 シトの戦略は不可解だが、ルドウの戦略はそれ以上に謎だ。


(確か……あの時のルドウの負け方って)


 全日本大会関東地区予選トーナメント第一回戦。ルドウはタツヤに対し史上最速の決着を宣言し、事実その通りになった。


(――自滅だ。今なら、あの時何が起こったか分かる気がする。開始直後にラスボスが倒されたことになって、IP判定で負けたんだ。ラスボスを倒したのに、ルドウはその分のIPを獲得できなかった)


 その試合結果の裏を返せば、【不正改竄ツールアシスト】の最大の強みも分かる――

 即ち、【不正改竄ツールアシスト】の十全な使い手であれば、任意で世界脅威の消滅という結果を呼び出す権利があるということ。


「……! だから【達人転生スタートダッシュ】なんだ……! ほんの一瞬でもIPで追いつかれたら、ルドウは! 純岡すみおかクンは、絶対に一枠を速攻系で埋めるしかなかった! ずっと逃げ切るしかない!」


――――――――――――――――――――――――――――――


 大葉おおばルドウ改め、ルドウ・ポフィールド・すめらぎ転生ドライブより九年が経過している。

 彼は今――自宅の階段支柱に、一心不乱に頭をぶつけ続けていた!


(ラスボスまでのルート解析に九年。上々の成果だが、純岡すみおかはもう相当のIPを稼いでやがる――こっから爆速で追い上げて、野郎が何か仕掛ける前にエンディングだ)


 正確に一定のペースで頭をぶつけ続けながら、靴を脱ぎ、履き、脱ぎ、左右を入れ替えて履く。一足の靴は、その過程で右足側だけが一つ余分に増殖した。

 ルドウは増殖した分の靴を頭に被った。存在があやふやな靴はそれで消失する。

 これぞ【不正改竄ツールアシスト】。異世界は紛れもなく平行世界に存在する現実であるが、その現実性にすら疑いを抱きかねぬ異常事象!


(目撃者のいない地点のボスを倒しても、何も意味はねェ……! まずは東の術華街のド真ん中に居座ってやがる、月の天孫の手。そいつからブチ殺す!)


 不揃いの靴は既に十六足にまで増殖していた。出し抜けに階段を上り、後ろ向きのまま自室の扉を開けて閉め、3時間をその場で待ち、もう一度開けた。


「頼むぜ【不正改竄ツールアシスト】!」


 後ろ向きのまま飛び込むと、そこは黄と橙の光の洪水が夜を満たす、木の楼閣の街。術華街である。

 道を行き交う人間や屍人が、一様に驚きの声を上げた。市街中央の塔を貫いて生える、龍と大樹を掛け合わせた異形が崩壊していく様があった。


「HWOOOOOOOOOOO!」


 絶叫と共にのたうち、微細の糸と化してほどける。

 因果不明の、理不尽極まる死。目に見えぬ神経によって住民の苦痛を喰らい、人の営みに膨れ上がり成長を続けた月の天孫の手の、それが終焉である……!


「よし……! 成功だ!」

「あ、あんた……」


 住民は突如として現れたルドウに驚愕する事もなく、しかし僅か9歳の少年に対し、通常あり得ぬ質問をした。


「まさか、あんたがあれを倒したのか!?」

(こっちも成功――)


 無論、Cチートメモリがそのようにさせている。彼は迷わず答えた。


「ひ、ひいいい~っ! ぼ、僕じゃないんです! これは何かの間違いで……!」

「いいや! あんたがやったに決まってる! あんたはこの街の英雄だ!」

「俺たちは自由なんだ!」

「救世主が現れたぞ! 名前を聞かせてくれーッ!」

「勘違いなんですゥ! 助けてくださーい!」


 強大極まる【不正改竄ツールアシスト】だが、不正規イレギュラーメモリであることを差し引いたとしても、それを扱える者は現在のところ、大葉おおばルドウの他にはこの世にいないだろう。有効に運用するための前提条件が多すぎるからだ。


 【絶対探知フラグサーチ】の全世界把握による解析補助。スキルを伸ばす研鑽を経ない、脆弱すぎる本体の事故死を防ぐための【不朽不滅エバーグリーン】。ほぼ独学で異世界転生エグゾドライブの研究を続けてきたルドウの経験則によるルート解析。

 そして【不正改竄ツールアシスト】で得られた結果を、実IPに還元するためのCチートメモリだ。


 ルドウはシークレットスロットを開放した。この戦略に当たって、ルドウはそれを単なる第四のオープンスロットとして用いている。


「【針小棒大バタフライ】」


――――――――――――――――――――――――――――――


「バ、【針小棒大バタフライ】だってェ――ッ!?」

「【針小棒大バタフライ】……また知らないメモリだ。これ、なんなの?」

「全然知らねえ!! なんだこれ!」

「知らないのかよ!」


 もしも黒木田くろきだレイがこの場にいれば嬉々として解説をしてくれただろうが、生憎この場にはサキとタツヤの二人しかいない。ならばサキの分からない試合展開は、分からないままだ。

 【針小棒大バタフライ】。外観は何の変哲もない正規レギュラーメモリのようであるが。


「……いや待った! あー! 売り場で見たような気はするんだよな~! でも効果は全然覚えてねーんだ……! 使ってる奴も全然見たことねえよ!」

「使い手の少ない、マイナーなCチートメモリってこと……?」


 サキはリュックサックのジッパーを開いて、大判の雑誌を取り出した。

 それこそはまさしく、WRA発行の異世界転生エグゾドライブ完全カタログである。


「おお、用意がいいなサキ!」

「アタシもちょっとは勉強しようと思って、買うだけ買ってみたの。Cチートメモリの一覧は……ええと、このページか」


 【針小棒大バタフライ】。身の丈に合わぬ偉業の場に居合わせた際、それがまるで自分自身の功績であったかのように周囲に勘違いさせるCチートスキルである。

 例えば強大な敵を打ち倒した英雄の獲得するはずだったIPを、代わりに自分自身のIPとして加算する――


「えっと……つまり自分が弱いままで、強い敵をいい具合に倒せそうな人達の近くにいて、自分は生き残ってないといけないわけ!? つ……使いにくっ!」

「そうだ、確かそんな効果だったな……! でも【実力偽装Eランカー】とか【不朽不滅エバーグリーン】を組み合わせれば……いや確かに使いにくいぜ!」

「でも、ルドウの変な言動の意味もよく分かった……! あれは『大した実力もないのに持ち上げられて困惑している奴』だッ! これがルドウの見つけた、【不正改竄ツールアシスト】を活かすデッキなんだ!」


 ルドウもまた、あの時の敗北の経験から捜し求めたのだろう……そのままでは勝利に結びつかない【不正改竄ツールアシスト】の運用方法を。

 そして一線級とは程遠いCチートメモリに、ついにその可能性を見出した。


「自分とは無関係の功績に居合わせることなんて、簡単にできるんだから!」


――――――――――――――――――――――――――――――


 大葉おおばルドウがCチートスキルの組み合わせによるコンボを披露する一方……我らが純岡すみおかシトの行動はどのようなものであったか。

 西端の辺境にて、彼は硝煙を吐くリボルバー拳銃を構えている。蛮族の首魁にして恐るべき竜人、イスフォーゴーは、振り上げた大剣を下ろすことなく倒れた。


「くだらん。この世界にもこの程度の敵しかいないのか?」


 華麗な〈ガンプレイS〉を決めながら言い放ち、周囲の剣士からIPを稼ぐ。【達人転生スタートダッシュ】はその名の示す通りに、当初から圧倒的な力を示すことで、現地住民に技術の異質と格の違いを見せ付けることが重要なCチートスキルだ。


「敵が目にも留まらぬ速さならば、それ以上の速さで抜けばいい。刃の通らぬ装甲ならば、一点に六発を着弾させればいいだけの話だ。この世界の連中はそのような簡単なことも気付かないとはな……」

「なんて知性的な戦い方なんだ……!」

「しかも、すげえぞ……あの浪人のガキ、本当に刀もなしにやりやがった!」

「『拳銃』ってのはハッタリじゃなかったのかよ!」


 最初から高ランクのスキルや装備を取得できる【達人転生スタートダッシュ】はあくまで前世での強さを基準とする以上、その強さに上限がある。試合が終盤に向かっていくに伴い、当初の達人スキルのアドバンテージは低下していく。

 故にシトは、これより追い上げをかけるであろう大葉おおばルドウに対し、一定以上のIP獲得ペースを確保する必要がある。


「おい……その妙な武器、俺達にも使えるのか?」


 故にならず者の一団のざわめきに混じったその一言を、シトは聞き逃さなかった。


「……フン。貴様らも『拳銃』を使いたいというのか」

「ああ! 今回でよく分かったぜ。そいつはただのオモチャじゃねェ。刀よりもずっと離れた相手を、刀より素早く倒せる武器だ! 俺達もそいつを使えるようになりゃ、蛮族との戦いで無駄に死人が出ることだってなくなる!」

「お偉方が独占してる魔剣や魔道書なんかより、そっちの方がずっといい! どこで手に入る!」

「俺達に『拳銃』の技を教えてくれ!」

「……いいだろう。だが、技があったとして、まずはこの『拳銃』を量産しなければ話にならん。鍛冶や薬学の力を持つ者には手伝ってもらおう」

「お安い御用だ!」

「戦いに革命が起こるぜ!」

「早くクソ野郎を射殺したい!」


 この戦いの実績で名を広めたシトは前線を退き、辺境の一国でリボルバー拳銃の増産に着手した。火薬の生成方法や拳銃の効率的な生産体制などは、【超絶知識ハイパーナレッジ】で担う事ができる。

 世界脅威レギュレーションは『単純暴力』。そうした世界の者達がもっとも必要としているのは、より優れた戦闘手段と、戦闘技術を教える師の存在だ。


(【超絶知識ハイパーナレッジ】の真骨頂は、魔法や自然科学などの法則の解析と応用。ならばそれを、に適用できぬ理由はない――【達人転生スタートダッシュ】。俺自身が持つ達人スキルを解析し、世界全体の戦闘能力を底上げする!)


 この転生ドライブスタイルは、教師型と呼ばれる。世界に広まった教え子の活躍に伴って加速度的にIPが加算されゆく、長期戦型のアーキタイプだ。

 シトは【達人転生スタートダッシュ】を組み合わせることで、転生ドライブ序盤のIP優位と技術解析の容易さを両立したのである。


「シト師匠ォーッ! ヤベーっすよ! 術華街の月の天孫の手が、一夜でブッ殺されたそうで……これ、師匠の言ってたみてーな事件なんじゃねーっすか!?」

「ああ。外魔存在の突然死……ついに始めたようだな。まだこの手の話は続くぞ。情報を聞き逃さずにいろ」

「分かりました! そんで、銃の生産速度の話はどうしますか!」

「各国からの注文は多いが、ペースを焦れば少ない職人に無理をさせることになる。今週より有給は週二日だッ! 家族のある者には特別ボーナスもくれてやろう!」


 異世界におけるホワイト企業経営! IPを大量獲得!

 そして……彼がルドウを引き離す策は、このただ一つではない!


――――――――――――――――――――――――――――――


純岡すみおかシト IP92,781 冒険者ランクC


オープンスロット:【達人転生スタートダッシュ】【不労所得パラサイト】【超絶知識ハイパーナレッジ

シークレットスロット:【????】

保有スキル:〈射撃S〉〈早撃ちS〉〈曲射S〉〈精密射撃S〉〈スピードローダーS〉〈ガンプレイS〉〈銃知識S〉〈教育学A〉〈自然科学B〉〈火法B〉〈水法E〉〈風法E〉〈人間言語A〉〈鑑定C〉〈剣技E〉〈経済学C〉〈数学C〉他30種



大葉おおばルドウ IP1,144 冒険者ランクE


オープンスロット:【不正改竄ツールアシスト】【絶対探知フラグサーチ】【不朽不滅エバーグリーン

シークレットスロット:【針小棒大バタフライ

保有スキル:〈法則解明SS+〉〈幸運A〉〈勇名C〉〈持久力D〉

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