vs大葉ルドウ

【不正改竄】

黒木田くろきだァ? 知るわけねーだろ」


 三週間後。大葉おおばルドウはシトの質問を、興味もなく一蹴した。彼の格好は常の如く、ダークグリーンのジャケットに、櫛の通っていないボサボサ頭である。

 シトは朝8時の電車で最寄り駅を発ち、この駅前公園を訪れていた。


「ってか、何で今回もつるぎ星原ほしはらがいやがるんだよ」

「ははは! いいじゃねーか! まんじゅう分けてやるからよ! 食うだろ?」

「いるわけねェーだろ! おい星原ほしはら! テメーは完全に無関係だろうが!」

「え、でも、アタシがいないとタツヤとルドウが喧嘩するかもだし……」

「保護者気取りか! まずつるぎを止めろよふざけやがって!」


 苛立ちながらまんじゅうを噛み千切るルドウをよそに、シトは僅かに肩を落としたようであった。彼を知る者にとっては、目を疑う反応である。


「……そうか。元より期待はしていなかったが、やはり大葉おおばのところにも来ていないか……」

「あァ? なんだよ。大体、黒木田くろきだがどこをほっつき歩こうがテメーの知った事じゃねーだろ。Cチートメモリでも貸してんのか?」

「そうではない。そうではないが……日曜に会う約束をしていた。三週間前の話だ」

「はあああああ!?」

「シト……シトが!?」


 ルドウとタツヤは同時に叫んだ。

 異世界転生エグゾドライブ以外のあらゆる物事に心を動かさず、ただ冷徹な計算と戦略によって勝ち続けてきた、あの純岡すみおかシトが。


「そ、それ……それって!」


 サキはシトの前に屈んで、大真面目にマイクを向ける仕草をする。


「つまり、お二人は……デートの約束をしていたんでしょーか?」

「うむ」

「ゲェーッ!?」

「マ、マ、マジかよ!? ギャハハハハハハハハ!」


 タツヤは驚愕し、一方でルドウは地面をジタバタと笑い転げた。

 休日の駅前公園を行き交う人々が、騒がしい中学生の一団を訝しげに見た。

 存在しないマイクを向けたまま、サキは質問を続ける。


「そっかー。デートをすっぽかされちゃったか。連絡先は? 住所とか知ってる?」

「住所は知らない。LINEの返信もない……だから心配している。もしかしたら愛想をつかされただけかもしれないが……」

「ギャハハハハハ! 絶対ェーそうだよ! でもすげえ! 純岡すみおか! 俺、お前のこと結構好きになったかもしれねェ! お前、おま、そんな仏頂面で意外と面食いなんだな! すッげェー面白えよ!」

「ど、どうなんだよシト……!? お前は、く、黒木田くろきだのことは好きなのか!?」

「ああ。好きかもしれん……!」

「ギャハハハハハハハ!」


 通行人の不審の目はさらに強まり、星原ほしはらサキは地面を転がるルドウに蹴りを入れて黙らせ、通行人にお辞儀を返した。

 少女は自らの額を押さえて、溜息をついた。


「場所。移そっか」

「ハハハハハハ! ヒャーハハハハハ!」

「そうだな! 黒木田くろきだの話も今日の用事も、どっちにしろ異世界転生エグゾドライブ絡みだ……! 俺も研究所まで行くのは初めてだぜッ!」

「ここからは遠いのか?」

「ハハ、ハハハ……いや、ハハ、そんなに遠くはねェよ。歩きだ歩き」


 まだ痙攣を続ける腹筋に苦しみつつ、ルドウは髪とジャケットの砂を払う。

 そもそも、彼ら四人がこの日に集まったのは、その場所へと向かうためだ――ドライブリンカー開発スタッフの一人とされる、大葉おおばコウキ。彼の遺した研究施設が、今も取り壊されずに残っている。


「ただ、街中とはいっても林の中抜けなきゃなんねェからな。トイレとかはコンビニだかで済ませておけ。弁当は持ってんのか?」

「ああ! サキが作ってくれたぜ!」

「余計なことはいいから!」

「俺はコンビニ弁当で構わん。途中で買っていく」


 こうして、四人の中学生は線路沿いの道を進み、やがて坂を長く下った先の、木々の深い一角に入る。


「家とか全然ないね」

「夜になるとすげえ暗そうだなあ!」


 無論、それは都市部特有の管理された緑化の一環であろうが、日差しを遮る薄暗い木陰のせいで、まるでその一帯だけが人の目から見放されているかのように感じる。


「……こっからが私有地だ」


 特に目印もない、木々が広がるだけの林を通る途中で、ルドウはぼそりと呟いた。

 彼はざくざくと枯葉を踏みしめながら、迷いなく林を進む。


 やがて、支柱の片方の基礎が斜めに沈み込んだ、錆びた鉄門が見えてくる。

 門の横に、くすんだ金文字のプレートがある――大葉研究所。


「さァて。ようこそ皆様、この俺様の研究所へ」


 蔦に覆われた廃屋敷を背にして、ルドウは鋭利な歯で笑った。

 大葉おおばルドウ。幼少時より異世界転生エグゾドライブに慣れ親しみ、やがて父の残した理論の一部すらも身につけた、悪童にして秀才である。


「随分古い建物だ。維持管理はしているのか」

「さァな。ババアが業者だかに頼んでるかもだが、俺の知ったことじゃねェ。どっちにしろ俺の家の所有物なんだから、誰も文句は言いやしねェよ」

 

 四人の影が、罅割れた施設の中へと足を踏み入れる。

 湿りきった静寂に、スニーカーの足音はよく響いた。


 ルドウは片手をポケットに突っ込んだまま歩き、無造作に壁のスイッチを入れる。廊下の電灯がついた。


「電気が通っているとは思わなかった」

「あァ、これか? 外に発動発電機があるんだよ。今朝動かしてきたんだ。でも備蓄のガソリンも少なくなってきたからなァ~。ここまで運ぶの面倒なんだよな」

「発電機って。い、意外と凄いねルドウ……慣れてるよね」

「ルドウはすげェ男だぜッ!」

「テメーらに褒められても嬉しくねーんだよ! 地下行くぞ純岡すみおか!」


 階段を下りた先には、シトの想像したとおりのものが存在している――すなわち超世界ディスプレイと、転生レーンだ。

 ゲームセンターでごく普通に見かけるものと然程変わらないようにも見える筐体は、しかしスパゲッティめいた配線でラックの記録装置に繋がれており、かつての大葉おおば博士の研究内容の一端を伺わせるものではある。


「……さて。ようやく本題だ」


 奥にある状態のいい回転椅子に腰掛けて、ルドウは全員を振り返った。

 サキは手近な椅子に座ろうとして、雨漏りに湿った座面に悲鳴を上げていた。


「結局、アンチクトンって連中は何者なのか? 奴らの使っている黒いCチートメモリをどうすればいいのか……ッてことだよな。純岡すみおか

「ああ。黒のメモリはDダークメモリとも呼ばれていたようだ。既に伝えたように、俺と黒木田くろきだは別の不正規イレギュラーメモリの使い手にも遭遇している。……奴らは何をしている? Cチートメモリとは何だ?」

「なるほどな。Dダークメモリねェ……。だが俺の見解を述べるなら、そっちの方は比較的なメモリって言っていいだろうな」

「まともだと~ッ!? おいルドウ! 聞き捨てならねーな! 異世界を滅ぼすようなCチートメモリがまともなわけねーだろ!」

「うるせーぞつるぎ。逆だ。世界を滅ぼすCチートメモリだからこそだ」


 手際よくいくつかのPCの起動準備を整えつつ、ルドウは喋り続けている。


「ドライブリンカーと同じように、CチートメモリもWRAの連中が開発と商品展開を独占してやがるが……そもそも商品として成立しねェようなCチートメモリも、開発試作品の中には星の数ほどあったはずだ。発動するCチートスキルが弱すぎる、使用者に害を及ぼす、あるいは――」

「人類を滅ぼしてでも勝利できてしまう。Dダークメモリが、その一つというわけか」

「あァ。WRAは異世界の人類を救ってもらいたくて、俺達転生者ドライバーをいいように煽って転生ドライブやらせてんだろ? 使用者にとって強力で、安全が保障されたCチートメモリだったとしても、そんなものを世に出すわけがねェ――WRA以外のどこかが製造しねェ限りはな。つまりDダークメモリなんてのは俺達のCチートメモリと名前が違うだけで、根本的な原理は一緒だ」


 いくつかのモニタに光が灯る。コンプレッサーの起動に時間がかかっていた異世界転生エグゾドライブ筐体も、それで全ての準備が整ったようだった。

 シトは次なる疑問を重ねた。


「ならばデパートの二人組の場合は? あれは世界救世に反するものでもなく、Cチートスキル自体も極めて強力だった。まさしく俺達の反則チートを上回る反則チートだ」

「そして一番の問題は、IP計算とまったく連動していない……だろ?」

「ああ。世界救世を行うつもりのない転生者ドライバーであっても、異世界でリスクなく、全能のように振舞うことができる。こちらの方が危険だ」

「でも、そんなCチートメモリが本当に存在するなんて……タツヤは心当たりある?」

「全然ねえな! でも、シトが言うんなら、きっとあるんだろ!」

「プッ」


 交わされる会話を聞いて、ルドウは噴き出した。

 床に座ったままで、邪悪な含み笑いを響かせる。


「ククッ、クヒヒヒヒヒッ……! いやいやいや、お前ら本当鈍感だな!」

「何がおかしい、大葉おおば

「ったく。ここまで話したなら勘付くかと思ったのに、鈍感野郎ばかりかよ……お前らさァ。IPに連動しない、不正に製造されたCチートメモリだぞ。もっと先に思い当たるものがあるんじゃねーのか?」

「……ああーッ!」


 真っ先に答えに思い当たった一人は、つるぎタツヤであった。ルドウを指差し、飛び上がらんばかりの勢いで叫ぶ。


「ルドウ! 予選トーナメントで、ルドウが使ってたやつだ!」

「ご名答」


 若き研究者は、ゆらりと立ち上がった。鮫めいて鋭利な歯が、笑みで露わになる。

 異世界転生エグゾドライブ筐体へと向かいながら、ルドウはそのCチートメモリを取り出してみせた。


「テメーが探ってやがるCチートメモリに一番近い代物があるとしたら、多分こいつだ。……ッてことで純岡すみおかにはひとつ勉強がてら、こいつの動作確認に立ち会ってもらうぜ。俺も試したいことがあるんでな」

つるぎの一回戦で使ったCチートメモリか。確か、名前は――」


 通常存在すべき外装を持たない、剥き出しの電子基盤を持つCチートメモリ。


「【不正改竄ツールアシスト】」

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