【経済革命】
世界救世を目前にして、シトとレイはその地に辿りついた。
全国クラスの
そして
簒奪すべき王権もなく、暴力すらも無為と思い知らされ、無力なまま――彼らが他の
「金が使えない」
シトの顔を見るなり、ニャルゾウィグジイィは呆然と言った。
彼らの拠点は、人里離れたごく平凡な民家だ。
既存の政治体制の解体に伴い、貨幣経済もとうに廃止されていた。
「【
レイは目を閉じて頷き、今こそシークレットスロットを開く。
それは、敵が予測していた【
「――貴様らを引きずり下ろして、屈辱を与えるためだ」
【
その効果は無論、本来の目的である薬品の開発にも大いに役立っている。
だが、主な目的は、敵の取り得た妨害と干渉の手段を封じるためであった。
「そして無論、俺は貴様らの様子を眺めに来ている。既に勝負はついているが、存分にIPを獲得しなければな」
「……な、なんなんだよぉ……! お前ら! クソッ、気持ち悪いよ、この世界!」
「なんで……皆、死なないの……ど、どこを焼いても、人間が生き残ってくる! 【
中でも、もっとも警戒すべき妨害手段はそれであった。
彼らの気まぐれで、救った人々が容易に殺されるであろうということ。
「……残念ながら、たとえ全能の神の力を受けようと、天災が町を焼き払おうと、何人だろうと。誰一人脱落しないようにしている。全員に治療薬が行き渡るまで、貴様の
「そ、そうだ……女の子の方が死なない
都合よく死を回避する
「結婚だ」
「は……?」
そして自身のシークレットスロットを開放した。
傍らの
「そ。ぼくはシトと結婚したんだ」
「「はああああああああああ!?」」
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈政治交渉SS+〉〈大衆演説S+〉〈書類手続SSS〉〈超早馬SS〉〈危険回避A+〉〈万人好感S+〉〈包容力S〉〈指導者SSS+〉〈不死B〉〈医神の手B〉〈魔導:赤A〉〈魔導:緑A〉〈魔導:青B〉〈カリスマA〉〈完全言語SS-〉〈完全鑑定S〉〈服飾の王SS〉他31種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈薬学SSS+〉〈機械工学SSS+〉〈経済学SSS+〉〈教育学SS+〉〈医神の手S〉〈万能解読S〉〈礼儀作法A〉〈魔導:青A〉〈魔導:緑A〉〈政治特権A〉〈完全言語S〉〈完全鑑定S〉〈麗しの偶像A+〉他25種
ニャルゾウィグジイィ IP-24,313,351
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈格闘N/A〉〈話術N/A〉〈魔導:赤N/A〉〈交易言語N/A〉
ヨグォノメースクュア IP-601,557,737
オープンスロット:【
シークレットスロット:【
保有スキル:〈格闘N/A〉〈俊足N/A〉〈商才N/A〉〈魔導:黄N/A〉〈交易言語N/A〉
――――――――――――――――――――――――――――――
その
全日本大会予選トーナメント準決勝。聖神ルマの攻撃すら耐え切った
「――【
これこそがタッグバトルでのみ可能な、相互の不死身を保証する裏技。
その
それらは無論、ハーレム維持の副次的な効果にすぎない。【
それは【
そして、オープンスロットの【
「つまり、お前……そんな……攻撃される国の全員を攻略して回っていたのか!? そんな無駄なこと、た、たかが、異世界の連中を守るために……!」
「【
我らが父。小屋の老人はそのように言っていた。それが、まさかそのままの意味だったと、誰が想像できただろう。
彼らが拠点にしていた帝国すらも、あの時点で既にそうだったのだ。
「そして、勘違いするな。俺は
初めから、このように勝つと決めていた。
「貴様らが気に食わなかったからだ」
市内中央デパート5Fゲームコーナー、2vs2タッグバトル。
世界脅威レギュレーション『疫病蔓延B-』。
攻略タイムは、23年2ヶ月1日13時間14分2秒。
――――――――――――――――――――――――――――――
「……僕らを責める資格が君にあるか?」
現実に帰還した後で、金髪の男は憎々しげに吐き捨てた。
「君のやってることは、僕らと同じだろう。世界をめちゃくちゃにしたのは同じだ」
「その通りだ。
正しい形での世界救世など、誰にも、ドライブリンカーにも判断などできない。
彼ら
救世速度を勝負と娯楽にしなければ追いつかないほどに、到底救いきれぬ数の希少なる世界が、今この瞬間ですら滅びつつある。
「それでも……治療もできぬ荒療治は、単なる暴力と成り果てる。それが俺達の共有する、最低限のルールだ」
「独善だね……! 反吐の出る正当化だ。どのみち世界をブチ壊すのが
「……貴様らは」
金属じみたメモリケース。常人とは異なる価値観。
シトは再び、その質問を投げた。
「貴様らはそもそも何者だ? その
「誰が教えるかよ。行こう、ヨグォノメースクュア。こんなくだらない連中と、関わりたくない」
「……つまんなかった」
謎めいた二人は結局、何一つを明かすことなく去った。
……シトは彼らの正体を想像している。だが本当に、そのようなことがこの世に起こり得るのだろうか?
「お疲れ様。かっこよかったよ、シト」
「……奴らへのイニシアチブを取るために、適当なことをほざいただけだ。
「ふふ。じゃあ、その適当なことはどこから出てきたんだろう。もしかして、
「…………それは……。果てしなく嫌だな」
シトは苦々しく呟いた。
レイは楽しそうに笑った。
時計の針は夕刻に差しかかっていて、二人で特訓をする時間は残されていない。
それを見て、レイは肩をすくめた。
「まあ、来週また来ればいいさ」
「すまない。俺が意地を張らなければ、服を買いにいけたな」
エスカレーターに向かう途中で、シトは口を開く。
「俺達の知らない
「そうだね。あれは……
「分からないが……俺達は、
ドライブリンカーとは、果たしてどのような技術であるのか。彼らの用いた
それを知る者と会わなければならないと考えている。
「いずれ、大葉研究所に向かおうと思う」
「……
如何に世界救世の実績があろうが、
彼が現実的に接触を果たせる
二人は、1階の服売り場を横目に通りぬけていく。
空色のスカートやボーダー柄のチュニックを見るたびに、レイはもしかしたらこれを着て見せてくれるつもりだっただろうか、という考えを振り払う必要があった。
この日の内に、様々なことが起こった。そのような想像よりも、優先して考えるべき事柄があるはずなのだ。
「――ね、シト」
帰路のショッピングモールで、レイはふと尋ねる。
アーチから差し込む夕暮れの光が、彼女の輪郭を赤く映した。
「力を持ってるなら、目指す敵がいるなら、それと戦わなきゃ駄目だと思う? あいつらみたいに……何もせずに見ているだけじゃ、本物の
「俺は戦い、奴らは戦わない。それぞれの連中がスタイルを持つのは当たり前だ。俺が気に食わなかったのは、奴らが他の連中のスタイルを愚弄したことだ」
「そっか……。それなら、よかった」
薄闇の中で風が吹いて、細く結んだ黒髪を揺らした。
横を歩きながら、
「ぼくはもう、大会出場は引退するよ」
「……それは……。理由を……聞いても、いいだろうか」
「まあね。せっかく予選トーナメントでシトに当たれたのに、負けちゃったし。本当はぼく、中学最強とかはどうでもいいんだ。ぼく天才だからさ。気楽にやって、なんとなく勝てれば楽しいかなーって思ってた」
レイは表情を隠すかのように、二歩先を歩いた。
腰の後ろに手を組んだままで、言葉を続けている。
「だからここまで
「それは……じゃあ、尚更戦えばいい。俺は、そうしたい」
「ふふふふ。ありがとう。嬉しいな。でも、今日……一緒に戦って、あらためて思ったよ。あんなにスケールの大きい戦略、ぼくには絶対思いつけない。
「それは……」
シトは俯いた。レイは強い。こんなところで負けを認めてほしくないと思う。
けれどそのように望むのは……
「でも……く、
「うん。もちろん。当たり前じゃないか。なんだってしてあげる」
「ぼくはきみの妻なんだからね」
「それ……それは異世界の、話だ……」
「ふふ。忙しすぎて、夫婦らしいことは何もできなかったな」
口ごもるシトを見て、閉じた唇の両端を吊り上げるように微笑む。
いつもそうしているような、真意を悟らせない笑みだ。
秘めていた思いを吐き出して、いつも通りの、余裕のある
「――じゃ、また来週。きっと遊ぼうね」
「ああ。約束する」
そうして少女は、夕陽の雑踏に消えた。
……その日が訪れることはなかった。
次の週も、その次の週も、
――――――――――――――――――――――――――――――
「もしかして、ずっと後ろにいた?」
ショッピングモールを抜けて、人気のない路地へ。
蛍光灯の切れ掛かった電灯の下で足を止めて、レイは追跡者を待った。
「――まァ、先程から。ようやく、話をしてくれる気になりましたかねェ」
夕闇の中より現れる影があった――虚ろな目。喪服じみた学生服。
「別に制裁だとか、粛清だとかいう物騒なお話ではありません。ご安心を」
「じゃあ何かな? きみたちが……今さら、ぼくに用があるとでも?」
「勧誘です。レイさん。アンチクトンに戻っていただきたい」
「……」
この十年でも稀な、中学
彼女について、それ以前の経歴を知る者はいない。
「もちろん、自由意志は尊重します。我々の活動に戻られるかどうかはあなた次第ですがァ……ドクターは心配してますよ? あなたのような優秀な
「ふふ。ドクターなんてどうでもいいし、君達の理念がぼくの性に合わないことだって変わらない。……世界を滅ぼしてまで勝つなんて、ぼくはまっぴらごめんさ」
「テンマさんは
「……」
レイの表情が止まった。ルキは、生気のない声で淡々と告げた。
「レイさんが出場するための、全日本大会の枠も用意してあります。こう思ったことはありませんか? 『もしも自分に
「やめろ!」
「ならばやめます。けれど覚えておいていただきたいですねェ。アンチクトンは約束を違えません。何も奪わない。あなたに対して、ただ与えるのみです」
「ぼく……ぼくは、本当は、シトと……」
締め付けられる胸を押さえて、レイはその後に続く言葉を呑んだ。
もしも裏切りであろうと。それが
本当は、そう思っていた。諦めたくなどなかった。
――戦いたい。
彼女が初めてその感情を抱いた、尊敬すべき
「よいお返事を期待しております」
「…………」
気怠げな一礼と共に、不吉な少年は姿を消していく。
やがてその光も消える。
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