超世界転生エグゾドライブ -激闘！異世界全日本大会編-

【不朽不滅】

　そこは八年前までは最大の帝国だったが、今は見る影もない。

　ニャルゾウィグジイィの転生（ドライブ）と共に、既存の政権は一切失われた。僅か一桁の年齢の子供が国家を独裁するという異常事態。【異界王権（CODE0032）】の前では、圧制に対して反逆を試みることすらできないのだ。

　国民の誰もが疲弊し、世界を侵す疫病に苦しみ、誰もがニャルゾウィグジイィの奴隷（サーヴァント）であった。

「ゲーム作らせようよ、ゲーム。世界が滅びるまでにさあ。あれだ、あっちの世界のインベーダーみたいなの。テレビゲームができるかどうか賭けよう」

「ウン」

「これだけ人間がいるんだもんなあ。皆が必死で働けば、もしかしたらそれっぽいもの作ってくれるかもなあ。絶対つまんないだろうけど！　ははははは！」

「でも、それまで暇だね」

　会話を交わす相手は、ヨグォノメースクュアである。彼女は気怠げにベッドに寝転がり、本を読んでいた。

「ああ、じゃあちょっと早いけど、いいや。あの転生者（ドライバー）達、一人殺しちゃおう。ははははは！　こういうのが一番絶望するよなあ！　2vs2だと思ってたら、いきなり2vs1になるんだから！」

「まだ独り立ちする前でしょ。もっと上手くいきそうなとこで、がっかりさせたい」

「あー、じゃあどれくらい進んでるか見よう」

「ウン。【異界鑑賞（CODE0003）】」

「【異界鑑賞（CODE0003）】」

　異世界に居ながらにして、観戦者用に編集される前の超世界ディスプレイの情報を直接得ることができる、【異界鑑賞（CODE0003）】。これも極めて異常なC（チート）スキルであった。

　二人がこれをシークレットにしている理由は、無論戦略のためではなく、娯楽のためだ。彼らは、自分が見られていると知らぬ相手の狼狽と絶望を楽しむために異世界転生（エグゾドライブ）をしている。

「あ！　ほらほらほら、もう合流してる！　すごい！　早いなあ！　努力したんだろうなあ！　すぐやろう、ヨグォノメースクュア！　ここは隕石……いや雷だ！　屋敷ごと燃やそう！」

　ニャルゾウィグジイィは興奮して叫んだ。彼が目撃したのは、まさに8歳のシトとレイが合流したその瞬間である。

「ウン。でも男の子のほう、死なないC（チート）スキルがあったと思う。多分、女の子しか死なないけど」

「何言ってるんだ！　だからいいんじゃないか！　やっと出会えた相手が、目の前で死ぬんだ！　不死身ならではの絶望だよ！　やろうやろう！　雷だぞ雷！」

「ウン。面白そう。【異界災厄（CODE5133）】」

　二人の見る超世界ディスプレイは、白い稲光に染まった。ヨグォノメースクュアの意思一つで、一切の消耗なく、天災を落とすことができる。

　彼らは意図してそのようなコンボを組んでいるわけではなかったが、【異界鑑賞（CODE0003）】と【異界災厄（CODE5133）】の組み合わせは、超世界ディスプレイが転生者（ドライバー）を追う限り回避不可能の、射程無限の直接攻撃（ダイレクトアタック）である。

「はははははは！　これで一人――あれっ」

　ニャルゾウィグジイィの哄笑が止まる。その異常は【異界鑑賞（CODE0003）】を用いるまでもなく、通常のステータス画面でも分かった。

「死んでないぞ」

「私、ちゃんと当てたけど」

「でも、ほら。転生者（ドライバー）リストに名前があるぞ。黒木田（くろきだ）レイ」

「……」

　【異界鑑賞（CODE0003）】で焼け跡を確認する。不死身の純岡（すみおか）シトが、黒木田（くろきだ）レイに覆いかぶさって攻撃から庇っていた。確かにシトは【不朽不滅（エバーグリーン）】のC（チート）スキルで不死身ではあるが――それがまったくあり得ない事態であることは分かる。

「……雷だぞ？　防御スキルらしい防御スキルもない感じだし、人間一人が盾になったくらいで、防げるはずがない」

「別にいいよ。もう一回やる」

　ヨグォノメースクュアはその言葉と同時、隕石を二人の位置へ落とした。

　炎上する屋敷の瓦礫はクレーターに巻き込まれた沈み、そしてレイも……

「ほら外れてるって！　やっぱり狙いが悪いんだ！」

「そんなことない。大体、直撃しなくても死ぬはずだよ」

「あー、あーあーあー」

　満身創痍で焼け跡から這い出す二人を見て、ニャルゾウィグジイィは不愉快そうに呟く。無敵の力で転生者（ドライバー）を一方的に弄んできた蹂躙者が、初めて見せた怒りであったかもしれない。

「あれだ。不死身のC（チート）スキルがあったじゃん。あれがシークレットなんだ。あーあ！　女の子の方もつけてたんだよー！　冷めちゃうよなー！」

「え……じゃあこの二人、何やっても死なないんじゃないの」

　【不朽不滅（エバーグリーン）】は、どれほど致死的な攻撃や状況下にあっても、自分だけが都合良く生存できるC（チート）スキルだ。

　とはいえそれ単体では、他にIPやスキル上の有利があるわけでもない。異世界での自力生存に不安を残す初心者用のスキルであるとされる。

「いいよいいよ。じゃあもう、放っとこう。あんな転生者（ドライバー）に必死になるの、バカみたいだし。音楽でも聴こうっと」

「そうだね。別に、あいつらが世界救っても救わなくても、どっちでもいいし」

　【異界鑑賞（CODE0003）】も切断し、彼らは再び怠惰な生活に戻った。

　――彼らは一切、異世界転生（エグゾドライブ）に真剣に取り組んではいない。

　しかし、最初から勝負をしていない者が負けることは決してない。

　純岡（すみおか）シトがこの試合に勝利したとしても、それすら彼らの敗北ではないのだ。

――――――――――――――――――――――――――――――

「ふ、ふふ……ああ、参ったな……。雷系統の魔法は何度も受けてきたけど、防御スキルなしだと……こんなに、堪えるんだね……」

「すまない、黒木田（くろきだ）。君に負担をかける戦略になってしまった」

「いいよ、気にしないで。お陰でぼくも生き残れたんだから」

　シトは、負傷したレイを背負って町への坂道を上っている。二度の災厄を、彼らは二人で生存していた。レイは、不安げに晴天の空を見上げた。

「……もう、攻撃が来ないね」

「予想以上に諦めが早かったが、知れていたことだ。連中は、自分達を俺達転生者（ドライバー）より上等な存在だと信じ込んでいるようだからな」

　何故、今の時代にあって異世界転生（エグゾドライブ）をあれほど蔑視できるのかシトには理解できないが、そうした差別意識も見慣れてはいる。

　彼らがいつも異世界で相手取っている、腐敗貴族や奴隷商と同じだ。ならばその類型に当てはめて、行動を予測すればいい。

「格下を相手に負けを認めたがらない。何度も攻撃を試みて、それが無駄であることを……自らが裏をかかれていることを思い知らされたくない。その上奴らは異世界において、転生（ドライブ）に必死になっていない。尚更そのように運ぶはずだ」

「じゃあ、もうぼくらは安全ってこと？」

「ひとまずはな。だが、まずはこの町を攻略する必要がある。これからは忙しくなるぞ、黒木田（くろきだ）。【運命拒絶（セーブ＆リセット）】のサポートを頼む」

「分かってるよ。……シトは、全然休まないんだね」

　背に負われながら、シトの小さな肩に頭を預ける。

　異世界とはいえ、レイに会うために幼い身で長旅を続け、雷や隕石を受けて、それでも弱音一つ吐かない。

　それとも……弱音を吐けないのだろうか。鬼束（おにづか）テンマに敗北したあの時もそうだった。敗北に涙すら見せていなかった。

　黒木田（くろきだ）レイは純岡（すみおか）シトの過去を、何も知らない。

　彼がレイの過去を知らないように。

「……やっぱり、ずるいなあ。シトは強いよ」

「何がだ」

「ぼくは、また雷を落とされるんじゃないかって……そんなことを怖がってるのに。シトは、全然平気なんだね」

「……。そうかもしれないが、あくまでそれは、勝てるという確信があるからだ」

　異世界では、二人ともが子供だ。背負われるレイも、背負うシトも小さい。幼いシトは、少女めいてすらいる。今はそれが幸いだと、レイは思っている。あるいはこの会話を交わしているのが、元の現実でなくてよかったとも。

「自分の転生（ドライブ）に自信があるなら……誰から何をされようが、怖くはない」

「ぼくは？」

　生まれてから一度も負けを知らなかった異世界転生（エグゾドライブ）の天才は、この一年で二度も敗北した。

　一度はゲームコーナーで偶然に出会った、一人の少年に。もう一度は、その少年との再戦を果たすべく出場した全日本大会予選トーナメントの、第二回戦で。

「――ぼくが怖いのは、自分の転生（ドライブ）に自信を持てないから？」

「……」

「なーんて……ふふふ。冗談さ」

「俺は……少なくとも。貴様を怖がらせた奴らを許しはしない。必ず制裁を加える……」

「あ」

「あっ」

　今度はシト自身も、口に出した後になって気付いたようであった。

「君……君を、の間違いだ……」

――――――――――――――――――――――――――――――

「なーんかさぁ……」

　民に作らせたボードゲームを弄りつつ、ニャルゾウィグジイィはふと呟いた。

　彼らは経過時間を気にしてはいなかったものの、転生（ドライブ）の開始時点より、既に十五年の歳月が経過している。時折、黒木田（くろきだ）レイの【運命拒絶（セーブ＆リセット）】が発動するため、ヨグォノメースクュアはしばしばその腹いせとして、どこか遠くの人里に隕石を落とした。

「……人、少なくなってない？」

「ウン。病気で結構死んでるのかな。もうこの国ダメかも」

「まあ人が足りないなら【異界軍勢（CODE0832）】で作っちゃえばいいんだけどさー。面倒だからなあ。あいつら、喋んないし」

「次の国行こうよ」

「そうしよっかー。結局テレビゲームまで行かなかったなあ。転生者（ドライバー）の連中、もっと本気で文明育成してくれりゃいいのに。何ダラダラしてんのかなあ」

　事実、彼らが拠点とする帝国は、【異界財力（CODE1020）】の無限の富で辛うじて延命している状態に過ぎない。いかに元が世界最大の強国であっても、ニャルゾウィグジイィが常に最高権力に居座っている以上は、むしろ当然の末路といえた。

　とはいえ、国民が減少の一途を辿っていることには、他にも理由が存在する――

「歩くの面倒だなあ」

「ウン」

「この国、どうする？　大雨でも降らせて洪水でやっちゃおうか」

「洪水は時間かかるからイヤ。雷のほうが燃えて面白いし、そっちにする」

　そんな何気ない会話で、帝国の終焉は決定した。

　災厄は、次なる地を求めて国土を発った。

　小高い丘に辿り着くと、自分達を無益な労力で養い続けた国家を見下ろす。

　ヨグォノメースクュアは、ドライブリンカーのC（チート）メモリを起動した。

「やっぱり雷が一番だよ」

「まあいいや。なんでもいいよ！　早くやろう。次行こう次」

　空がけたたましく鳴った。

　群れなす数百の落雷が、城を、民家を、国家全てを焼き尽くしていく。

　彼らの悪意に意味など存在しない。世界救世を目指す転生者（ドライバー）を愚弄し、楽しむためだけにそうしているのだ。

「ははははははは！　ばいばーい！」

「……」

「ははは……あれ」

　二人は同時に違和感に気付いた。【異界肉体（CODE0010）】の視力は、遠くの国が焼け、人の逃げ惑う様を鮮明に捉えていたが――

「えっ、逃げ回ってる……人間、焼け残ってるけど！？　なんでだよ！」

「なんなの……！」

　少女は端正な無表情を崩して、歯軋りした。

　彼女の必殺のC（チート）メモリが、この転生（ドライブ）では何故か機能していない。

　虐げてきた国民は随分少なくなったが、その矮小な存在が、【異界災厄（CODE5133）】を多く生き残っている。建物は焼けた。焼死体はどこにあるのか。まさか国民全員が『偶然』この天災を回避したとでもいうのか？

「なんで……！　なんで、なんで殺せないの！」

　ヨグォノメースクュアは、隕石を、落雷を、豪雨を続けざまに放った。

　民は苦しみ怯えていたようであったが、何らかの要因で尽くが生き残るのだ。

「何が起こってるんだ……これ……」

「なんでなの……！」

――――――――――――――――――――――――――――――

「国。ああ、昔はこの辺りに国がありましたなあ」

「はあ？　嘘ついちゃ駄目だよ。ユグワイテア公国っていえば、二番目に大きい国だって聞いてたんだけど。何のために長旅してきたと思ってるんだ」

「そう言われましても、つい一年前ですか。政府がそのように決めたもので、今は皆思い思いに暮らしてますなあ」

　そう語る老人の家の庭では、魔法機関を使った農業機械が自動的に畑を耕している。陽光変換炉からの蓄熱で沸いた湯で、老人は次の茶を入れた。

　まさしく黒木田（くろきだ）レイの【産業革命（インダストリアルR）】による、異常な進度での技術発展である。

「公共福祉というんでしたかな。それがなくても、皆暮らせるという世界になったもので。はっはっは。我らが父……シト様には、感謝してもしきれませんよ」

「シト……！」

　ニャルゾウィグジイィは、怒りとともにその名を呻いた。試合前に聞かされた、対戦相手の名を。

「そういうことか！　そういうことか！　クソッ！」

「どうしたの、ニャルゾウィグジイィ」

「国がなくなったら権力者になれないんだよ！　あれだ、あのC（チート）メモリ……なんだっけ、【政治革命（ポリティカルR）】！　あれは政権を奪うためのC（チート）スキルじゃなかった……この世界から、政権そのものをなくすために使いやがった！　政府がなくても生きられるように、科学技術まで開発してやがる！」

「へえ。よくそんなに考えられるね。私、全然興味なかった」

「なんなんだ……！？　僕らへの嫌がらせなのか！？　転生者（ドライバー）の分際で！」

　怒り狂う男を不思議そうに眺めながらも、老人は暢気に欠伸をした。

「まあ落ち着きなさい。ここで暮らすなら、無人工場で新しい機械をギエーッ！？」

　言葉の途中で、ニャルゾウィグジイィの拳が殴り飛ばす。【異界肉体（CODE0010）】の威力だ。

　老体は小屋の木の壁を砕いて、外の景色に二度跳ねて倒れた。そして怯えた。

「ひ……ひい、化物！」

「……！？」

「は、はああ……胸に入れてた娘のお守りが……ひい、これがなかったら……死んでたわい……！　ひい、ひい」

　老人は転がりながら駆け、小川を渡って逃げ去っている。

　不死身。その言葉がニャルゾウィグジイィの脳裏に過ぎる。

　あの国の人間達と同じようなことが起こっている。【産業革命（インダストリアルR）】による不死の技術か。そんな技術が生まれるとしても、到底先の話であるはずだ。

「な、なんだよこの世界は……。あいつ……あいつら、何をしているんだ！？」

　彼らが敗北することなどあり得ないはずだった。

　純岡（すみおか）シトが世界を救おうが救うまいが安穏と暮らし、全てが終わった後で、彼らが異世界で費やした無益な労力と時間を嘲笑うことができた。

　だが、不可解によって転生者（ドライバー）を蹂躙してきた侵略者は、それを悟りつつある。

　今や、彼ら自身が――見知らぬ不可解の脅威に飲まれていることを。