【異界災厄】
超世界ディスプレイの中には、無数のクレーターに抉られた無残な世界が広がっている。現実年齢で高校生であろう
彼とタッグを組んでいたもう片方の少年などは、とうに
「あれか」
ゲームコーナーに辿り着いたシトは、短く問う。傍らの少年は頷いた。
「……なに、これ……。これ……
シトが第一印象で抱いた感想と、まったく同様である。
高校生らが対戦していた二人の
この世界の惨状を鑑みれば当然のことだ。
だがその
全生物が乾き飢えつつある世界にあって彼らは何不自由なく清潔な室内で生活を送り、異世界の状況に目もくれず、日々の浪費と遊興に耽っているように見えた。
「隕石や雷を自由に降らせる。戦えば、無敵の攻撃力で一撃死する。異世界の人間は誰も逆らえない。それは確かだな」
「うん……ずっと、好き勝手してて……何をしても、ずっとあいつらが王様のままだから、みんな、何もできなくて……」
「解せんな」
それは表示IPに見合わぬ、絶大な権能の行使に対する疑問ではない。
それ以前の、ごくシンプルな異常があった。スキル表示である。
「〈格闘N/A〉。〈俊足N/A〉。〈商才N/A〉……」
どれも
だが……スキルレベルの表示そのものがエラーを起こしているとすれば、そこにどのような
「
「ドライブリンカーに
「ぼくも、分かってるけど……でも」
WRAが流通させているドライブリンカーのシステム中枢は、解析も改造も完全に不可能であるとされている。
国内外問わず多くの企業が類似商品の開発に着手し、より強力な
不正なドライブリンカー着用者の末路は一つ。
転生トラックの運動エネルギーで正常に
「……あくまで、異常なのは
超世界ディスプレイの中の趨勢はまったく変わることがなかった。
やがて、高校生の
荒廃した大地に両膝を突き、ドライブリンカーの
敵の二人はステータス画面上で対戦相手の消失を確認して、互いにひそひそとせせら笑いを交わし、同時に
この結果が意味するところは一つだ――
この異世界は、もはや別の
だがこの有様に成り果ててしまった世界の救世難易度は、『資源枯渇SS』か。果たして『人口減少SS+』か。
「ああ、楽しかったね! 今回は特に素晴らしかった!」
ワイシャツに黒ネクタイ姿の、大学生らしい金髪の男――と、華美なゴシックロリータファッションの、小学生ほどの銀髪の少女。
「特に、あれだ。少ない生き残りを集めて僕らのところに攻め込んできたのを、女子供で迎撃させたのが面白かった。やっぱり異世界はこうじゃなくっちゃなあ! 魔王やら戦争程度で世界の危機だなんて、ぬるいよ、ぬるい。ぬる過ぎだろう?」
「ウン」
「何より、そうそう、あれだ! 今日は二回もタッグ戦ができてよかった! ここの連中のくだらない遊びをブッ潰して回るのはとても楽しいからなあ! ――っと」
饒舌な男は、台詞のその時点でシト達の存在に気付いたようであった。
爽やかに笑って、片手を振ってみせる。
「やあやあ。君達も
「譲ってもらう必要はない。……俺達が三組目になろう」
「勝負? ああ、なあんだ。後ろにいるの、さっき僕らがブッ潰したやつだ。なら、勝てない相手だって分からないのかなあ。生意気だよね、ヨグォノメースクュア?」
「……他に居場所がないんでしょ。哀れだよ」
男は怯える少年を昆虫でも見るかのような眼差しで見下し、一方で少女は誰にも興味がないかのように、天井の一角をじっと見つめている。
ただゲームコーナーの
(……なんだこいつらは。アンチクトンなのか? 本当に大学生と小学生か?)
あの
だが、彼らからはそれが感じられない。……それどころかこの露骨ともいえる悪意は、普通の人間ともどこか違う。
「――で? なんだっけ? 君? 君らが? 僕らの相手になるって? 本っ当に、ははははは! よく飽きずにやるよなあ、世界救世なんて!」
「バカにするだけなら、
「そりゃ、もちろんそうだろうさ! ええ? なんたって、くだらない一生だ――せめて異世界でくらいは最強になりたいよなあ? 現実の人生から逃避して、
「ニャルゾウィグジイィ。それ以上はかわいそうだよ。図星を突いちゃう」
「……?」
シトは気難しい表情で、その悪罵の意味するところを考えている。
彼らの先ほどの口ぶりからすれば、シトとレイは、貴重なタッグ戦のカモということになる――こうして挑発をすることで挑戦者の怒りを焚き付け、後に引けない形にしているだけなのかもしれない。
だがその論調は、どこか人と感性の異なる、ピントのずれたもののように思えた。
「今日、俺はアクション映画を見たが」
内容を思い返す。退役軍人の主人公が、政府の陰謀で妹を殺された復讐のため、国家権力を相手に立ち向かうというものだった。
アクションシーンは派手な爆発と銃弾に彩られ、主人公は獅子奮迅の大立ち回りを見せたが、最後は腹に銃弾を受けて、相棒の運転する車の中で死ぬ。
「……現実にああいった人生を送りたいとは思わん。それとも貴様らは、小説やオペラや、漫画や新聞も、貴様らの言うところの……逃避のために鑑賞しているのか? 否定はしないが、難儀な行動原理だな」
「ははははは。強がりだなあ。それは人間の強がりだ。僕らは分かってるよ。本当のことをさ!」
「私達、君達より存在が上だからね」
「俺も理解した。――要は、遠慮せずに倒していい相手だ」
それだけを言うと、躊躇なくドライブリンカーを筐体に読み込ませる。
正常認識の青ランプが点灯し、転生レーンへのゲートが開いた。
腰の
「
「だけど……あんな
「俺を信じろ。
「……分かった」
二人は同じ一つの転生レーンに立ち並び、中央筐体を挟んで、隣のレーンの敵と向かい合っている。酷薄にも見える仏頂面のままで、シトは呟く。
「
「シト? はははは。なんだって?」
「名乗っただけだ。貴様らの名も聞いた気がするが、ハンドルネームか何かか? どの道よく分からん名だ。名乗る必要はない」
「えー? そう言われると名乗りたくなっちゃうなあ! 嫌がらせたいなあ! そういうもんだろ? 僕はニャルゾウィグジイィ。覚えにくいならNでもニャルゾでも、好きな風に呼べばいいさ。別に構わないもんなあ? ヨグォノメースクュア」
「ウン。私、Yで登録してる」
「……貴様らは何者だ?」
「それは、教えない」
ゴシックロリータの少女は、既に中央筐体のレギュレーション設定選択に取り掛かっていた。彼らにとってのこれは、一方的に
レギュレーション設定すら、対戦相手の了承を得ないまま進めている。
「ニャルゾウィグジイィ。これがいい。『疫病蔓延B-』。安全な世界なんて都合がよすぎる。不衛生じゃないと、本物っぽくないし」
「ははははは! いいよ! じゃあ
「……」
敵の
数百種にも及ぶ
シトの誇る最大の能力はそれだ。彼が若い人生の大半を費やしてきた
「――
「あ」
「また『貴様』に戻ってる。本当よくないなあシト。よくないよ」
「……悪かった。だが、その、美少女と思っている……それは、心から……」
「ふふふふ。いいよ。ありがとう」
レイは細い首を傾げて、敵対者の二人に向き直った。
そして、真っ先にオープンスロットを宣言する。
「やあ。挨拶が遅れたね――ぼくは
彼女の宣言を受けて、金髪の男は嘲るように笑った。
「ははははは! かわいいね。レイちゃんかあ。うん、実際かわいい。……じゃ、いつものでブッ潰そう。【
「こんなゲームで調子乗って、かわいそうだね。【
ニャルゾウィグジイィとヨグォノメースクュアのメモリは、金属ケースに入った、やはり
(アンチクトンの
オープンスロットの
「【
両陣営共に、公開したオープンスロットの
「さーて。レディ……だっけ? はははは」
「……レディ」
「レディ」
「レディ!」
「「「「エントリー!!」」」」
強力電磁石で射出し、短距離轢殺!
これこそが
――――――――――――――――――――――――――――――
この世界において
歴戦の
もっともこれらの点に関しては、親や領主をも問答無用で説得可能な【
「首尾よく合流できたはいいけど――シト。どういう作戦なんだい? 敵の
「残念ながら、俺もあの
時刻は白昼。山沿いに立ち並ぶ、大きな屋敷の一つだ。
幼いながらに小奇麗な身なりのレイに対し、シトの姿は長旅に汚れきっていた。
子供一人の、疫病の蔓延する世界での長旅である。
「奴らのメモリは、IPを無視する。【
「……! そんな
シトも、納得の行く説明を考えようとしている。
彼らはアンチクトンの一員なのか。あるいは
「さあな……どちらにしろ、あるものはあると考えるしかない。【
「まるで子供の考えた
「……
――確かに、そのようにも思えるのかもしれない。
無敵の
それこそが賢い
「だが、俺達は
「ふふ。そうだね。それに勝てるとしたって、あんな勝ち方はごめんだ」
「そして今回は、俺達が勝つ。……俺は不死身だが、疫病に感染している疑いもある。迷わず屋敷に入れたということは、もう完成しているということだな」
「もちろん」
【
そして、相手がIPによる勝負を完全に捨てている今……これら三種の
「……これが、疫病の治療薬の試作品。この街の人にはワクチンも行き渡ってる。後はプラントの建設と大量生産体制だけだ」
「分かった。俺の【
一際明るく太陽が輝いたと見えたのも、一瞬だった。
それは天の炎だった。
【
雲一つない晴天から落ちた稲妻が、再会したシトとレイを諸共に焼き払った。
異世界の任意の地点に、自由自在に災害を落とすことができる。
それがヨグォノメースクュアの、あり得ざる
――――――――――――――――――――――――――――――
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈政治交渉A+〉〈話術A+〉〈早馬A〉〈逃走術B〉〈野外調理B〉〈エスコートB+〉〈体力持続B〉〈痛覚無視D〉〈医術C〉〈魔導:赤C〉〈魔導:緑B〉〈完全言語B-〉〈鑑定A〉〈服飾の匠B〉他9種
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈薬学S〉〈機械工学B〉〈医神の手D〉〈万能解読A〉〈全力集中C〉〈礼儀作法A〉〈魔導:青C〉〈魔導:緑C〉〈政治特権A〉〈完全言語D〉〈完全鑑定B〉〈麗しの偶像B+〉〈カリスマD〉他8種
ニャルゾウィグジイィ IP-20,351
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈格闘N/A〉〈話術N/A〉〈魔導:赤N/A〉〈交易言語N/A〉
ヨグォノメースクュア IP-1,188
オープンスロット:【
シークレットスロット:【????】
保有スキル:〈格闘N/A〉〈俊足N/A〉〈商才N/A〉〈魔導:黄N/A〉〈交易言語N/A〉
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