第2話 ブス 男を逃す。

最近ときどきマンガのネタで「あんときやっときゃよかった話」ってのを目にする。要するに、素敵な異性とヤれそうだったのにヤらなくて後で後悔した話のことだ。非モテのワタクシ、そもそもまずヤるかヤらないかを自分で選択できるチャンスを得ることが難しいのだが、先日そのすんごい珍しい機会が突然訪れた。


その彼はなんと海外から来た欧米系のさわやか青年。某国のわりとエリートな公務員だそうで、仕事で来日したという。たまたま私がいきつけの小さなバーで飲んでいたところに入ってきた。お笑い芸人の厚切りジェ○ソンの顔を上下から圧縮したようなイケメン(それイケメンか…?というツッコミが入りそうだが、真正ブスの私にとってはこの世の殿方の99%はイケメンだ)。性格もメチャメチャ謙虚で気さくなナイスガイだった。


それほど英語の得意でないバーのマスターと私は、日本語のほとんど喋れない彼をなんとか歓待しようと小学生レベルの片言英語を駆使。ロックが大好きな彼は「この新曲めっちゃ良いんだよ!!(※私のテキトーな意訳)」てなことをしゃべりつつ、店のスピーカーに繋いでいるiPadでYouTubeに上がっているアイアンメイデンの全然知らないインスト曲を再生しはじめた。御機嫌でノリノリの彼を前に私とマスターは英語でうまい感想も言えず、彼と一緒に延々ヘトバンし続けた。曲は10分以上あって、その間3人でずっと激しく頭を上下に振っていた。他にどうすることもできなかった。今思い出してもここ数年でいちばんシュールな光景だった。


そんな状況で、ベロベロに酔っぱらった彼が、肉がつきすぎてハムのようにパンパンな私の太ももを執拗に撫で始めた。


あちらにしてみれば異国のバーにいる異国の女。しかも酒が回った状態でバーの薄暗がりで見る女の顔の美醜なんか分からなかったに違いない。私にそんなつもりはなかったが、程よくブスをごまかせたらしい。


ここでしなだれかかっときゃ、このイケメンのエリートとヤレる。たとえ一夜のナントカで終わったとしても、舶来のイケメンとなんちゃらするチャンスなんて、これを逃したらブスには2度と巡ってこない。



だが、だが……。


今、私の脇には、お手入れをサボッて約1㎝ほど伸びた剛毛がびっしりと生えている……。


………。


…………。


これが日本語の通じる相手なら、テキトーにごまかしてひとりでシャワー浴びる時に剃っちまうんだけど、相手は外国人。コミュニケーション手段は拙い英語とジェスチャーのみだ。しかも酔ってベロベロ。シャワーなんか浴びずにベッドに倒れこむか、シャワールームにも一緒についてくるかのどちらかになる可能性が高い。そんな事態になったらば、日本人の女は約1㎝の黒いワキ毛を生やしたまま男と寝るのだという非常に不名誉かつ物凄く間違った日本の印象を彼に植え付けてしまう。そんなことが某国の役所の彼の部署の皆さんに広まったら、もはやちょっとした外交問題だ!?



私はニコニコ微笑みつつ、心の中では悔し涙にむせびつつ、彼の手をそっと腿から外した……。




その数ヵ月後、私はひとりぼっちのまま37歳の誕生日を迎え、あ~もうこのまま一生男とヤレないかもと暗澹たる気持ちになり、あんときヤっときゃよかったという後悔が台風後の七里ヶ浜の波の如く押し寄せ、押し寄せ押し寄せ押し寄せまくってついに、ブチッと自分の中で何かが切れる音がした。






気がつくと有名どころの脱毛サロンのサイトや口コミサイトを片っ端から検索しまくる自分がいた。


脱毛しよう。

そう強く心に誓った37歳の冬だった。

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