終節 間違いなく幸福だ

 狗琅くろう真人しんじん離天りてん荒夢こうむに出遭ったのは、墨島ぼくとうで流行り病が広がった冬だった。


 七つだったタイタイの父や母や兄姉も次々と倒れ、健康なのは彼一人。まだ小さいから、と多めに食事を与えられていたとはいえ、少し不思議な子供だった。

 青みがかかった灰色の髪は、生まれついてのもの。先天的に霊識れいしきを有する人間は、時として遺伝子上あり得ない特徴を持って生まれてくる。

 家族を病から救ってくれる者を探していたタイタイに、離天荒夢が眼をつけた理由がそれだった。


――お前の家族の病は治してやろう。その代わり、何でもするか?

――はい、ぼくにできることなら、よろこんで!


 かの邪仙は、嘘はつかなかった。

 家族は確かに治療したが、その後危害を加えぬとは言っていない。タイタイの体に一家の【魂】を埋め込んだから、彼と共に家族もするのだ。と。



唵唎おんり吽唵唎うんおんり吽唎うんり吽唵うんおん唵唎おんり唵唵唎おんおんり吽吽うんうん禁厭きんえん神苛しんか発降はつごう成征せいせい不対ふたい禁仙きんせん応化おうか大勅だいちょく! 唵刷おんり吽唵唎うんおんり吽刷うんり吽唵うんおん唵唎おんり唵唵唎おんおんり吽吽うんうん真尊しんそん摂応せつおう蕭峥しょうじょう符吹ふすい!』


 天を舞う極彩色の巨鳥――瑣慈さじが全身の羽根を震わせて鳴く。

 羽毛の一つ一つは手指てしであり口であり、それらが一斉に印を組み口訣くけつを唱え、強力な高位呪詛をぶつけてきた。例え仙人だろうと、存在ごと封じ込める禁厭術である。

 空飛ぶ骨の大蛇と化していた狗琅真人は、浴びせられた呪を解析した。機序を把握し、術式の起点と終点を接続、無限円環処理に陥らせて無効化する。


 そこで狗琅真人の霊的資源はほぼ底を尽いた。今の姿と飛行を維持することは出来るが、もう一度何かぶつけられたら、この分身を破棄するしか無い。

 後には地底湖に鎮座する、無力な本体が残されるのみだ。


『カカッ。意外と持ちこたえるねえ、タイタイ! でも、そろそろ飽きてきたかな』


 羽毛を震わせて瑣慈はあざけった。

 所詮眼の前の相手は分身、こうして術比べをしていても埒が明かぬのは分かっている。全てはイン・キュアが、〝七殺しちさつ不死ふし〟を始末するまでの暇潰しだ。


 コージャン・リーは、仮にも外法げほう重魂じゅうこんたいの殺し方を知っている男だ。何十何百と【魂】を蓄えようが、数度斬り刻めばその〝核〟を捉えて破壊できる。

 七殺不死の未熟な武術では、コージャン・リーの力を正確に再現する〝赫煉かくれん利剣りけん〟の前に寸刻みにされる一方だろう。その【魂】が尽きるのと、キュアが赫煉利剣の力を十全に発揮できるかの競争だ。


 瑣慈のそうした目論見を、狗琅真人も当然把握していた。今この場で、数少ない戦力である分身を失うのは痛い。


(ウォン君一人で、瑣慈と万神ばんしん万死ばんしから私の本体を守るのは無理だろうネェ)


 果たしてあの少年は、無事に作戦を遂行できただろうか?

 その疑問に対する答えは、本体側からすぐ得られた。


 狗琅真人が地下の様子を把握すると同時に、瑣慈も事態の急変を察知する。濃厚に漂う冥界の空気と水気すいきは、上空数百公尺メートルからでも無視できぬ異物。


『……何が起きた?』


 冥界に出入りすること自体は、ある程度力をつけた道士程度でも出来る。だが、短期間でも冥界の一部を現世に解放するのは、上級冥吏めいりの権限が不可欠。


『タイタイ……くそっ、いつの間に冥府に協力を取り付けて!』

『いやあ、当たり前じゃないか』


 狗琅真人は、髑髏の中で燃える蒼い火をゆらゆらと揺らした。さも愉快そうに。


『一千近い【魂】を蓄えた外法重魂体と、真正面から戦う訳ないだろう?』

我日你くそったれ!!』


 このまま逃げるにしても、赫煉利剣だけは回収せねばならない。瑣慈は耿月山こうげつざんに向かって急降下した。


                 ◆


「ぷはっぁ!」


 水面から引きずり出され、ノイフェンは/白魂はっこんちょうは湯を吐いた。胴体に巻き付く冷たいものに体温を奪われ、温かいものに浸かりながら寒さで震えが止まらない。

 一体どういうことだろう、と彼女は自分の体を見下ろして戦慄した。忘れもしない虚ろな闇の色、捕喰ほしょくだ。辺りからは湯が引いて、地底湖を再び満たしていく。


「は、離して!/離せ、離しなさい!」

「お蝶さん、落ち着いてください! あとチャ先生も!」


 同時に叫ぶ姉妹をウーはなだめた。二人――体は一つだが――が声の方を見やると、そこには黒い触手を体から伸ばすウー少年がいる。


「なんだ、捕喰肢コレあんたの?/ウーくん!」

「あっはい、お久しぶりです」


 戸惑うように曖昧な微笑みでウーは頷いた。思えば、彼の前で姉妹同時にしゃべるのは初めてだから、戸惑っているのだろう。

 ほんわかした表情のノイフェンから、きつい顔つきの白魂蝶へ地続きに変化するのだから、見ている側はさぞかし奇妙な気持ちになるに違いない。


あたしら、あいつの中から脱出できたのね/なんかお腹痛い……」

「はい。チャ先生まで冥界に流されないよう、がんばりました!」


 えっへんと胸をそらすウーに、ノイフェンは偉い偉いと拍手した。にょろりと捕喰肢が腰から外され、ウーの体内へ戻っていく。

 実際、この作戦の懸念はそこだった。


 キュアが喰らった【魂】を分離すれば、現世に門を開いた嘆蝉たんぜん道人どうじん側で魂魄こんぱくを回収する手筈てはずだ。

 捕喰された者たちも、冥界に渡れば家族に死亡の旨が通知される。行方不明で処理されていた人間も、それで反魂手続きが可能になるだろう。


 しかし、それに姉妹が巻き込まれては困るのだ。白魂蝶は改めて、胸中で感謝した。ところで、当のイン・キュアはどうしたのか?

 白魂蝶が首を巡らすと、そう離れていない場所で、剣を握りしめたままうずくまる男の姿があった。 生きているのは確かだが、動き出す様子がない。


「じゃ、トドメ、よろしく……」


 へたりと白魂蝶はその場に寝転がった。

 筋肉を引き締めて無理やり傷口を塞いでいるが、脇腹には刺し傷が残ったままなのだ。そうでなければ、キュアの骨を全身折り尽くしてやりたい。


「お蝶さん」

「手当てなら自分で出来る。ほら、行きなって」


 ウーは少し迷ったようだが、改めてキュアの方へ向き直る。


 イン・キュアには一千近くの【魂】が蓄えられ、ウーとの間に絶対的な戦力差を生み出していた。【魂】から引き出される内力ないりきと、それを取り扱う内功ないこう

 単純な数の暴力……その上、確実に始末するには八百回近く彼を殺す必要がある。他の仙人が加勢してくれるならばまだしも、ウーたち三人では無理な話だ。

 なればこその、鬼仙の力を借りた賭けの一手だった。


 作戦は功を奏し、ウーの勝利宣言を受けてから、イン・キュアは動きを止めている。ぼんやりと虚空を見つめる表情は、自分自身に帰りきれない迷子のようだった。

 あるいは、誰のものとも分からぬ野ざらしのしゃれこうべ。


(――俺は誰だ?――)


 実際、彼の中からは既に、自己認識が欠落していた。

 その代わり、瑣慈によって被せられた偽装も剥がれ落ち、おぞましい記憶がよみがえった。ぎこぎことのこが、ばつりばつりとはさみが、様々な道具が何度も自分の体を通り抜けて、その激痛に気絶することも許されなかった思い出。


――どうして! どうして、せっかくしんでいたのに。

――煩いなあ、後でもう少し頭のネジを弄って上げるよ。いいかい? お前がこんな目に遭うのは、タイタイと、コージャン・リーって奴らのせいなのさ。

――そんなのしらない。ぼくは、もういきていたくない!


 苦痛と恥辱の汚泥を、キュアは自らの腹わたから見出だし、それにすがる。

 元より複数の【魂】を無理矢理混ぜ合わせ、ね合わせ、つぎはぎした脆弱な自我。切っ掛けさえあれば、堰を切って崩壊する。


(あのおんなが、にくい)


 自分自身を見失いながら、その憎悪と、もう静かに眠りたいという思いだけが一つ星のように確かだった。その星が鳴くのか、誰かがそっと、だが重々しく囁く。


――安心しな。今度はきちんと、死なせてやるよ。


 と。


「あと何回ぐらいやれば死ぬんですかね、あなた」


 再び剣を向けるウーにも、キュアは反応しなかった。

 無抵抗の相手を斬り刻むのはさすがに気が引けるが、いっそ殺さず手足を落とした方が良いのかもしれない。頑張れば一撃で落とせるかな、とウーは楽観視した。

 剣を構えた、その時。


『キュア! 早早来こい!』


 地底湖の空間に、朗々と瑣慈の声が響き渡る。その余韻も消えぬうちから、天井をすり抜けて極彩色の巨鳥が姿を現した。赤青黄緑と目に痛いくらいの色彩が束になり、くるくると紙縒こよりのように引き絞られて、石畳の上で人型にまとまる。

 キュアが顔を上げ、剣を持って走り出した。あっと声を上げてウーもそれを追うが、先程まで腑抜けていたとは思えない俊敏さに出遅れる。


『撤退するよ、タイタイの始末は次の機会に――』


 赤い龍が描かれた大剣が、振り上げられ、振り下ろされた。



 キュアの口から発せられたその言葉を、瑣慈は右の肩口から左脇腹まで、一刀両断にされながら聞く。え、と彼以外の全員が、異口同音に声を漏らした。


「おぼっ……!?」


 瑣慈は口から、傷から、ばたばたと血の奔流で石畳を叩き、それに引っ張られる形でへたり込んだ。キュアを見上げる表情から、みるみる気力や活力が蒸発していく。

 天井をすり抜けて、今度は空飛ぶ骨の大蛇が現れた。それはぎゅるりと捻れて狗琅真人の姿を取ると、あでやかなほど喜色を頬に浮かべる。


「リーくん、お帰り!」

「えっ、師父!?」


 ようやく理解したウーに、今やキュアの体を乗っ取ったコージャン・リーは片手を上げて応えた。顔は赤く虚ろな義眼の男、だが、中身は確かに彼なのだ。

 外法重魂体・万神万死。そう名付けられた小さな子供の最期は、自らが注ぎ続けた内力を逆流させての内部破壊だった。


(今度こそ静かに眠れよ、イン・キュア)


 狗琅真人が仕込んだ符呪に頼るまでもなく、ノイフェンと白魂蝶姉妹の呼びかけによって、コージャンは剣にされながらも意識を取り戻していた。

 キュアが大量の【魂】を引き剥がされたことで、それまで自身を抑えつけていた内力も無くなり、ようやく復活した次第である。


「あァ……わりい、なんか妙なことに、なっちまって」


 めまいを覚えたように、キュア=コージャンは手のひらで自分の額を押さえる。


「ま、こいつの首を落としゃ、スッキリすんだろ。それとも、後はお前がやるか?」


 コージャンが振り返った時には、傍らに狗琅真人が立っていた。


「ウン、後は任せて欲しいな。君の体のことも、私が何とかするから」

「あいよ」


 きびすを返し、手を振りながらウーの方へ向かおうとすると、先んじて少年が迎えに走る。抱きつきたいが、どうしようかなとその場で足踏みを始めた。


「師父! ええっと、姿は違いますけど、おかえりなさい!」

「おう。まあ、なんつうか、酷い目に遭ったな、お互い」

「へいきです!」

「無理はすんなよ。それより、――お前も強くなったな」


 ぐっと言葉が詰まって、言葉を押し上げようとする気持ちが胸中で膨らんで、じゅわーっと両目から溢れる。ウーはなすすべ無く、熱いものが流れるに任せた。

 泣くなよと言いかけて、あえてコージャンは見ない振りをする。好きなだけ泣けばいいのだ、こういう時は。だから、彼はしばらくは何も言わないことにした。


                 ◆


「がっ……ぼ、うぅ……っ!」


 失血でガタガタと震えながら、瑣慈はその場から逃げることも出来ない。残っていた智能人形から霊的資源の供給を受け、狗琅真人が彼女に金縛りをかけていた。


 異相いそう邁界まいかい転身てんしん普越ふえつ。見た目は同じ世界にいるが、その実体は異なる位相座標に避難させることで、剣難火難及ぶことなし。

 ある程度の仙人には当たり前の防護方法だが、コージャンは異なる位相すら突き抜けて瑣慈を一刀両断、斬り捨てた。化け物め――化け物め!

 今や赫煉利剣はあちらの手にあり、目の前には艶然たる笑みの狗琅真人がいる。


「嗚呼、嗚呼、うらやましいな。君は幸せだよ、瑣慈太夫たゆう。悪いことをしたから罰せられる、復讐される、なんて道理が通っているんだろうネ! 君は訳のわからない災難で苦しむんじゃなく、ただ自分の行いのためにこれを招いたんだ!」


 笑み、笑み、亀裂のような、ぽっかりと開いた深淵のような。


「私たちはみんな、何の理由もなく、ただあの時あの場で離天荒夢に出遭った。それだけの偶然で、奴の研究だとか実験だとか私たちには無関係な理由で、焼き殺され、殴り殺され、凍て殺され、刻み殺され、溺れ殺され、絞め殺され、食い殺された」


 歌うような狗琅真人の語りは、瑣慈の耳には鼓膜を硝子片でこするように響いた。今すぐ逃げなければと思うのに、もはや指一本たりとも動かせない。


「私はね、その時のことを一つ一つ、ちゃあんと覚えてるんだ。自分の脂が焼けてあふれるのも、君が私の目をえぐって遊んだことも、許しを乞いながらじわじわと寸刻みにされたことも、首に食い込んだ縄の感触まで残らず」


 笑うその眼は、糸のように細長く、鋭く、刃物に似ていた。たっぷりと憎悪の毒が塗られ、愉悦に照り輝く、触れたものをやわに焼き切る復讐の刃。


「分かるかな? 伝わるかな? ただの偶然で降りかかる地獄と、きちんとした因果の辻褄で突き落とされる地獄なら、そっちの方がどんなに幸せなのか。嗚呼、瑣慈太夫、恭喜恭喜おめでとう! 恭喜恭喜おめでとう! 恭喜恭喜おめでとう!」


 万雷の拍手の幻聴を、瑣慈ははっきりと聞いた。震えながら問う。


「ワタシに何をするつもりだい?」

「もちろん説明するよ、その方が君も怖がってくれるよネ? 私はね、七回殺された記憶を大事に大事に、劣化しないよう細心の注意で保存していたんだ。いつ開いても、生々しく追体験できるように。たっぷりの容量をそのためだけに割いて」


 その意味を理解して、瑣慈の顔色が紙のように白くなった。


「だから、。私は嫌な思い出を消せて嬉しい、君は、私たちの苦しみを永遠に追体験して発狂する。本当は離天荒夢への取って置きだったけど、あの時はそんな余裕もなかったしネ。だから君がいてくれて嬉しい」


 狗琅真人は瑣慈の顎を掴むと、細く白い指をずぶりと邪仙女の額にもぐりこませた。悲鳴と共にえぐり出されたのは、青く輝く石のような器官。第三の眼だ。

 小指の爪ほどしかないこの部位は、仙人の様々な超常力を司る。狗琅真人の額もまた縦に裂けると、同じく光る眼が現れた。

 無理やり露出された瑣慈の眼に、狗琅真人は己の眼を重ね合わせる。それは、全身を雷で串刺しにされる衝撃だったに違いない。


 自らの喉も舌も、千々に引き裂かんばかりの悲鳴がほとばしった。


                 ◆


「うーわー」


 姉妹の傷の様子を確認していたウーは、迷惑そうに耳を塞いだ。ぎゃあ、ともひい、とも違う。ぴいいいい、とか、みいいいいい、とか。何とも形容できない声。


「派手にやってんなー」


 満足そうな顔でこちらにやって来る狗琅真人に、コージャンはのんびり所感を述べた。あの邪仙女に何が起きたのか、聞きたくもないという心境だ。


「ちょっと、あれいつまで続くの?」


 やや顔色の良くなった白魂蝶は口を尖らせた。じっと座って気を巡らせ、傷を癒やしている最中にこれは勘弁して欲しい。


「さあな。仙人だから、百年だってこのまま叫んでるかもしれねえぞ」

「なんか想像したくないですねえ」


 師弟の意見を受けて、狗琅真人は「ふーむ」と考え込むと、瑣慈の所へ戻った。もはや彼女は外界に反応しない様子で、されるがままである。

 喉のあたりに触れると、ぴたりと悲鳴が聞こえなくなった。


「よし、止まった。さすがにうるさいしネ」

「へえ、気持ちいい音だ~って自鳴琴オルゴールにでもしちゃうのかと思ってましたけど」


 ウーが意外そうな顔をすると、狗琅真人は「こら」と笑った。


「私をどんな音痴だと思ってるんだネ。こんなものは、もうただの不協和音だよ」

「でもご機嫌って感じですよね」

「それは認めるよ」


 指示を受けた智能人形が動き、どこからか持ってきた担架に姉妹を乗せる。彼女たちは、上へ連れて行って治療しなくてはならない。

 コージャンが狗琅真人に剣を渡すと、キュアの体はその場に崩れ落ちた。


「師父、元に戻るんですか」

「無理だネ」

「えーっ!?」


 話が違う! ウーは地団駄を踏もうとしたが、狗琅真人は「剣を手に入れろ」と言っただけで、ちゃんと戻せるとは約束していないな、と思い出した。

 するとコージャン師父は、これからずっとキュアの体を使うのか? それは……ちょっと嫌かもしれない……でも師父が生きてて嬉しい……。


 ぐるぐると頭を抱えて悩むウーに対し、狗琅真人はあっけらかんとしたものだ。


「なに、大したことじゃないさ。人間の姿なんて、変化術ですぐ手に入る。後は本人の意識次第だけれど、前より少し、人間より剣の変化妖怪に近くなるねネ」


 若仙は祭壇へ行くと、丁重に剣を横たえた。片手で印を組み、何やら口訣を唱え、帝鐘を振り鳴らすことしばし。

 やがて、剣が白熱したように光を発し、ぐにゃりと形を変えて地面へ降りると、すっくと立ち上がって人の形になる。


 光が収まると、そこに居るのはコージャン・リーその人だった。

 裸の人間というものは情けない存在だが、筋肉でよろった肉体は例外だ。重々しさと鋭さで中身がいっぱいに詰まった、鋼の如き裸身。その上で踊る赤龍の彫り物。


 そして、おお、その制御不能なまでに凶悪な顔つきときたら!

 火山から生まれて溶岩をそのまま被ったような逆立つ赤毛。やけに発達の良い犬歯と鋭い四白眼は、野獣のような悪性を印象づける。

 黙って立っているだけで、嵐の前の静けさと勝手に思わされる威圧感は、ほとんどの人間が尻込みしてしまうだろう。

 けれど、彼の一番弟子で息子であるコージャン・ウォンには関係ない。


「おとーさん!!」


 ウーは今度こそ、ようやく帰ってきた父の胸に飛び込んだ。ああ、自分は今、間違いなく幸福だな、と思いながら。


【赫煉理之剣 終】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る