ド近眼で、特に視力の弱い左目がなぜか利き目の私は、
眼鏡かコンタクトレンズがなければ生活できない……
わけではない。
何となく、何とかなる(そして「危ない」と叱られる)
イヤフォンが苦手です。三半規管をぐるぐるされるのか、
乗り物酔いみたいになります。乗り物には酔わないのに。
でも私の耳が構造的に脆弱かというと、そうでもなく、
飛行機の気圧変化や潜水中の水圧には結構強いのです。
などなど、自分の生活感に照らしながら拝読しました。
不便や苦労や困難もユーモラスに語る文体が好きです。
大きな怪我や病気にはお気を付けて、
ほどほどな感じでお過ごしください。
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(作者さんを勝手に身近な存在にしてしまっている)
(馴れ馴れしいけれどもお許しを)
昔、近視が急激に進行したとき、世界の輪郭が曖昧になって行く不安と、メガネをかけると急に鮮明に見えるようになる落差に、戸惑った覚えがあります。
生理学実習の際、対座法で測定した視野が、「眼裂の形に応じて」変わっていることに気づき、学友と比べて遊びました。目が細い人は、視界も細かったのです。
……などは卑近な例ですが。視覚ひとつとっても、人により「見え方」は随分違うのだな、と学びました。
本エッセイの著者は、片眼弱視、片耳難聴と明かして下さっています。その状態で認識される世界を、そうでない私たちにも解り易く解説しておられます。
書かれているのはヒトの知覚の問題ではありますが。世界の「観え方」は、人によりこんなにも違うーーそこに哲学的な命題も、顕われてくる、かもしれません。