ⅩⅦ 真実の創世神話
ⅩⅦ 真実の創世神話(1)
「……どうして、わたしをここに?」
同じく壁面を眺めているジェフティメスに、メルウトはその最も根本的な疑問を尋ねた。
「無論、そなたが乗る
彼女の方を振り返ったジェフティメスは、いつになく真面目な顔でそう答える。
「真実?」
「そうじゃ。さっきも言ったように、この施設の中にはあらゆる古(いにしえ)の叡智が記録されておるんじゃがの、この部屋はヘリオポリスに伝わる創世神話の真の意味を伝えるための場所となっておる」
「真の…意味……?」
いったい、何が言いたいのかまるでわからず、メルウトは鸚鵡返しのようにして老賢者に聞き返す。
「そう……最初のレリーフがそれじゃ。一番初めに描かれている絵を見てみなさい」
ジェフティメスの言葉に促され、再びメルウトはレリーフの方へと視線を向ける。
彼が手にした照明器具をかざし、より明るく薄闇に浮かび上がったそこには、ファラオのように上・下エジプトの支配者を表す
「彼は我々が神と呼ぶ〝ラー
「星?」
「ああ。エジプトを含むこの大地は、夜空に輝く星々と同じ丸い球状をした星なのじゃ。そして、ラー人はこの星とはまた別の遥か遠くにある彼らの星から、はるばるこの地にやって来た人々なのじゃよ。太陽の吹き出す風を帆に受けて、星の河をナイルのようにして進む船に乗っての」
「ラー人って……それってつまり、太陽神ラーは神さまじゃなく、あたし達と同じ人だってことですか?」
この老賢者はまたとんでもないことを言い出した……今、自分達が立っているこの大地が星だというのもよくわからなかったが、それよりももっと引っ掛かったそちらの方のことを、女性神官であるメルウトは真っ先に問い質す。
「神さまのう……まあ、我々を創り出した創造主でもあるし、わしら人間からしてみれば〝神〟と呼ぶべき存在ではあるのかもしれんがのう」
驚きと疑いの目を向けるメルウトの問いに、ジェフティメスはどこかで聞いたような台詞を考えながら口にする。
「じゃが、世間一般に〝神〟と呼ばれるような存在ではなく、おまえさんが言う通り、わしら人間とほとんど変わらぬ肉体を持った生き物じゃ。太陽神ラーやアトゥム神というのは、太陽を自分達種族の
「王さま……つまり、ファラオみたいなものですか?」
その超常的で理解し難い話を、自分の知る常識の範疇に照らし合わせながら、メルウトは必死に理解しようと試みる。
「まあ、そんなようなものじゃ。現在、この国で信仰されておる他の神々も、そのほとんどがこのラー人と関わりのあるものに由来する。アトゥムやラーの子孫とされるヘリオポリスの九柱神は、アトゥム王家に準ずる名家や高位の役職がその元だったりするようにの。エジプトだけでなく、メソポタミアやアジアなど他の地域で祀られている神々もまた、同じく星の河からその地に飛来した彼らラー人の同族みたいじゃの」
そう語るジェフティメスが次に照明をかざした壁のレリーフには、アトゥム王と思しき
また、その中にはアトゥム神の子である大気の神シュウと湿り気の女神テフヌト、その子である大地の神ゲブと天の女神ヌト、そして、ゲブとヌトから生まれたオシリス神、イシス女神、セト神、ネフティス女神、ハエロリス神といったヘリオポリス九柱神、さらにトキの頭を持つ知恵の神トトがラー人を指導し、大規模に農耕や牧畜を営む姿も見られた。
「ピラミッドやオベリスクの天辺である三角形も、やはり彼らが自分達の標章としていた〝太陽から放たれる光線〟を表したものじゃ。新天地を求めて星の河を旅して来たラー人達は、この星を永住の地と定め、土地を切り開き、住む家を建てて自らの王国を作った。今は見る影もないが、その頃はまだナイルの沿岸ばかりでなく、周りの砂漠も緑に覆われ、どこまでも豊かな土地が広がっていたみたいじゃからの。そして、人口の少なかった彼らは自分達の姿に似せて、労働力となる新たな生物も創った……それが、わしら
続きのレリーフを見ると、そこでは水平に伸びる曲がった角を持つ羊頭の男神が、轆轤の上で人型の泥を捏ね、それに蛙の頭をした女神がアンクで生命を吹き込んでいる。
「その辺のことはエジプトの最南端、エレファンティネに伝わるクヌム神とその妻ヘケト女神が人間を粘土から創った神話に残っているの。〝クヌム〟と〝ヘケト〟というのは、ラー人の王国にあった生命を研究する機関の名前じゃ。そこで人類は生まれた。まあ、本当は粘土からではなく、遺伝子操作とかいう技術で造られたようなんじゃが……その辺のことになると、わしにもようわからん。どうやら、いわゆる血筋みたいなもののようなんじゃがの……」
ジェフティメスの話は難解なところも多く、無論、質問したいことは山ほどあったが、何をどう尋ねればいいのかもわからず、メルウトは黙ったまま話に耳を傾ける。
「また、彼らは生活に必要な様々な物を造り、他の地域に植民した同族との争いに備えて〝
ジェフティメスの動かす明かりに沿って続きのレリーフを辿ると、オシリス神とイシス神の子であり、ファラオと同一視もされる隼の頭を持つホルス神や、同じく隼頭の戦の神モンチュ、
「………
その絵にメルウトは、あの人型に変形したセクメトの姿を重ねていた。
「もう大方の察しはついたじゃろう? そうじゃ。〝
「あれは……ラー人が造った異国との戦のための兵器……」
「
「ええ。老いたラー神を王の座から退けようとした人間に対し、ラー神の
嫌な予感に、メルウトは思わず声を大きくする。
「そうじゃ。あれもラー人と人類の間で実際に起きた事実なのじゃよ。ラー人の奴隷として働く内に人間はの、時が経ついつれ彼らと同じくらいに知恵をつけていった。そして、ある日、人間は独立を求めて反乱を起こしたのじゃ。他の地域に降りたラー人の同族達のところでも同じようなことが起こったと云われておる……そこで、ラー人は反乱鎮圧のために最新鋭機である
「それが……あの、セクメト……」
「正確にいうとセクメトはその内の一体じゃ。
「………………」
絶対的な恐怖に慄き、ただただ逃げ惑う非力な人々を、頭に付いた聖なる蛇――ウラエウスの口から吐き出す炎で焼き払うライオンの女神……そのレリーフに刻まれた凄惨な場面に、メルウトはあの日、自分が生み出してしまった地獄絵図を再び思い出すと、その小さな胸を密かに苦しくした。
「……でも、確か神話では滅亡寸前になって、ラーはなぜか人間を許したことになっていますし、現にわたし達もこうして生き残っているというのは……」
罪の意識に苛まれるメルウトの脳裏に、ふと、そんなそこはかとない疑問が思い浮かぶ。
「そう。そうなのじゃ。史実でもラー人は寸前になって、全人類を滅亡させることを思い止まった。その時、神話でも語られるようにセクメトやテフヌトが暴走するなど、少々ごたごたはあったようじゃがの。とにかく、ラー人は人類の抹殺をやめた。なぜだかわかるかの?」
「いえ……」
そのような人類の存亡をかけた理由など、メルウトにわかろうはずもない。
「ラー人は悟ったのじゃ。自分達の種族に未来がないことをの。それ以前から問題視されとったことなんじゃが、ラー人は例の遺伝子操作とかいうやつで自分達の身体も改良していての。頭脳や運動能力は向上した反面、遺伝子操作を繰り返す内に生殖能力は衰え、子供がほとんどできなくなってしまったんじゃ。このままでは近い将来、自分達は築き上げてきた文明とともに痕跡すら残さず消え去ってしまう……唯一、自分達の姿や文明を残せるとしたら、自分達を元に生み出した、しかも自分達よりも自然の動物に近く、遥かに生殖力も高い人類しかいないということに気づいたという訳じゃな」
「だから、ラー人は……」
「そう。ラー人は人類にこの星を託し、ある者は人間と同化して余生を送り、ある者は新たに自分達の文明を残す地を求めて再び星の河へと飛び発っていった。一説に、この星のすぐとなりにある赤い砂漠の星に行ったとも伝えられておるの……ま、以上がこのヘリオポリスに伝わる創世神話の裏に隠された真実じゃ」
ジェフティメスはそう言って、誰も知らない真の歴史についての話を締めくくった。
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