腐った美脚

一石楠耳

芦田富美子は美脚である。塚越潤一郎は脚フェチである。

――『腐った美脚』の発言――

 シコい


 下校中の電車内、僕こと塚越つかこし潤一郎じゅんいちろうの右手に握られているのはスマートフォンで、対面座席にスラリッと鎮座ましましているのは、セーラー服からシャキーンと飛び出した、伸びやかで新鮮で切れ味鋭い美脚だった。

 目算22デニールの透け感バッチリ黒のシアータイツに包まれた脚は、着座したことにより気持ち短くなったスカートから、ナイロン越しに艶めかしいももを出し、艶めかしいひざを出し、艶めかしいすねを出し、艶めかしいくるぶしを出し、艶めかしいであろう爪先はローファーに包まれているけれど僕の脳内には確実に、艶かしく、それがある。

 ある!

 これは、ある。今そこにある。

 目に見えない幽霊や妖怪のたぐいの存在を僕はすっかり信じていないけれど、今見えていない淡黒うすぐろのタイツ越しの爪先は、視界になくても、きっとそこにある。

 物の怪もののけって大人になると見えなくなるって言うじゃない? 純真な子供の眼であればローファーの下の黒タイツ爪先も見えるのかもしれないと思うし、僕が高校生になったから見えなくなったのかもしれないなーとも思うし、ところで今更ですが僕、塚越潤一郎は脚フェチであってタイツとかストッキングも三度の脚より大好きなのでありました。

 そうして僕の手にはスマートフォンが握られていることは、冒頭に説明した通りです。

 ここで僕が取るべき行動はすなわち、そうです。

 皆さん。

 心のスクリーンショットです。

 心のスクリーンショットとは、目で見た素晴らしき美脚をそっと胸にしまって画像フォルダに収めることです。

 この画像フォルダには『芦田さん』という名称をつけて繰り返し閲覧をしており、リアル写真だったら見返しすぎて指紋でベタベタになっていると思うので、データでよかった。いやこれデータじゃない、僕の心の中の架空のフォルダだから。

 データというよりは脳内の、シナプスの、電気信号の、麻薬物質の――って心の中で熱弁している間に、フォルダのサムネを見ているだけで少々ドゥフフってきましたよ。架空のフォルダだからサムネも架空なのに。ドゥフ。

 とはいえ僕だけが知る僕だけの『芦田さん』フォルダは確実に存在しますので近々学会で発表しようとは思いません、そんなこと大々的に発表したら僕が恥ずかしいでしょう。ばかじゃないの恥ずか死ぬ。恥死ちし致死ちしだよ。

 芦田富美子あしだふみこさん。彼女は僕の高校ではちょっと知れた顔で、なぜかと言えばとても美脚だからだ。いいや違った、美人さんだからです。物静かな美人の芦田さんは、「何を考えているのかわからなくてとっつきにくい」という、一部界隈からの全面的被害者意識によるヤッカミを受けることもありますけれども、シャイなんだ。きっと。話せばいい人なんだと思う。話したことないけど。クラス違うし。

 あと美脚!

 芦田富美子は美脚である。美人で美脚であるという天が二物を与えたこの壊れ性能について学校のみんなは気づいていないので、近々学会で発表しようかとは思いません。僕だけが気づいていればいいからです。

 より正確に言うなれば「芦田って美人だしスタイルいいけど胸がちょっとなあ~」とか目のつけどころが偶蹄目みたいなお前。正面向いてるくせに横ばっかり見えてるけど大丈夫か? 草食ってる? 反芻する? 今そこにある神が賜われた最高傑作(=美脚。その上たまに黒タイツなどを履いてくれるのでアフターフォローも完璧だ)があるのにどこ見てんの?

 ハハッよそう。俺は今、冷静さを失おうとしている。一人称が僕から俺になってしまうぐらいにはな。

 話がそれたが、つまりはこの僕、塚越は下校中の電車内で、着座している向かいには芦田さんが脚をさらけ出して座ってらっしゃる。他のきゃくじゃなかった客はまばらだ。

 あちらはこちらに気づいていないし、僕の手にはスマートフォンが握られているものの、この携帯端末による……なんですか? カシャッとかパシャッとか言うあれ、あるじゃないですか? 僕はしません。近代文明をフル活用させることなく、古式ゆかしい心のスクショで脳内『芦田さん』画像フォルダに一枚、心脚画像(『こころあしがぞう』と読む)を増やすだけです。

 というかそもそも、僕の隣にはもう一人の男がいるのだ。こんな状況でパシャッとかやったらバレバレだろう、僕が脚フェチタイツフェチだっていうのが。

 ううん、僕が脚フェチタイツフェチだっていうのは、こいつも既に知ってる。

 身長低めの僕よりは視線が上、メガネ越しにこっちを見下ろしてくる宇野吉弥うのよしや。こいつは美脚じゃない。タイツ履いたら僕も見る目が変わるかもだけど、少なくともそれはないぜ? 僕のほうが黒スト美脚だからな宇野? 家で一人のときに試しに履いて確認したことあるからな僕は。学会とか出るから実験は欠かさないんだ。


「なあ塚越、向かいの席に……芦田さんいるじゃん」

「いるけどなんだよ、宇野」

「今日も美人だよなあ……ビジりだよな」

「ビジ盛りって何」

「美人盛りってことだっつーの」

「宇野……お前。メガネの割に発言バカだよな」

「バカで悪いかよ!」

「頭は悪いな」

「頭が悪くて悪いか?」

「それは、悪くないけど……うっかり変なことするなよ。抜け駆けとか?」

「おう! 塚越、おめーもな」


 宇野吉弥は芦田富美子さんに恋をしている。

 そして塚越潤一郎も芦田富美子さんに恋をしている。やばい言っちゃった。これ僕のモノローグだから口にはしてないけど言っちゃった、宇野と僕が、どちらも芦田さんを好きだってことを。

 その上、僕と宇野は幼なじみの親友同士で、いわばこれは三角関係と言っていい。言っていいはずだが、三角の一角にして頂点の芦田さんは高嶺の花でクラスも違うし部活も成績もとにかくまるで我々と接点がない。僕らのことなんて芦田さんは眼中にもないだろうから、今のところ僕と宇野のみが繋がった線で、点である芦田さんを眺めているだけだ。

 電車内で男二人で隣同士に座りながら、対面座席の芦田さんをチラチラ見ている今の状況と、奇しくも同じような格好だった。


「美脚!!!!」


 僕がそこで叫びを上げたのは他でもない。他でもなくない。だって実際は声なんて上げてない。

 今のはモノローグ中の僕のとある行動宣言で、塚越潤一郎は心の中で高らかに「美脚!!!!」と声を上げることによってスマホをタップしてSNSにイントゥー・ザ・ワールド、そこにある美脚アカウントを眺めることで、思わず芦田さんの脚に対して上げそうになった賞賛の雄叫びを収めることが可能なのだ。すごいでしょ。褒めてね。

 僕の右手に握られた小さな画面の中には、今日の授業中に発見せしめておいた美脚! 黒スト! 画像を! 定期的に! アップしてくれる! いずれも素晴らしい言葉なのでいちいち感嘆符がついてしまったが要は、神アカウント!! が閲覧用神脚リストに収められてこっちを向いて笑ってくれているんです。

 被写体の人のプライバシー配慮で、顔自体は写ってないんですけどね。でもこの自撮り脚、いい表情をしてると思いませんか~。僕の方を向いて満面の笑顔です美脚~(脚フェチの語尾)。

 まあ画面上の脚を見ているよりは、すぐそこにある芦田さんの素晴らしき脚の世界「本日は22デニールインタータイツ越しの艶めかしき黒脚です」を眺めたほうがいいっていうのはわかっているんだ。僕だってバカじゃないんだ、宇野と違って。僕は大学出てるからね。高校生だけどね。大学出てるのは嘘だね。

 だけどほら、芦田さんの黒スト美脚は見つめていたら、美しすぎてアレするでしょう。太陽をレンズで見たらいけないって言われたやつ。失明とかのヤバいやつだから。あんまり見てると「あの小さい男子が私の脚ばっかり見ててやだドブにハマればいいのに」って思われるかもしれないからそれも嫌だ。

 ていうかさ、宇野が自分のスマホいじり始めたから。暇だしそりゃこっちもスマホ見るよね。


――『腐った美脚』の発言――

 シコい


 すると画面に映し出された神アカウントの発言は、それだ。僕は一瞬戸惑った。


「シコい?」


 そう口に出して画面をタップしスクロールすると、美脚神アカ『腐った美脚』さんは先程から矢継ぎ早に、一言つぶやき投稿をしていることがわかった。

 だが僕がその発言を振り返るよりも早く、隣からすっと平手が伸びてツッコミを入れてくる。いいやこの手はツッコミじゃないや。僕の口をふさぎに来た、細くてゴツめの宇野の手のひらだ。


「バカ、おめー! バカ盛りかよ」

「もごご」

「おめー、そんなこと言って、芦田さんに聞かれたらどうすんだよ」

「もごご?」

「『何が?』って言ってるのか塚越?」

「言ってるよ、手ぇ離せ! ったく、何を気にしてんだ」

「だって、シコいとか言うから」

「は? ああ、ああ。そうか」


 『シコい』って言やあねえ、へっへへ。ほら、清楚が学ラン着て歩いてるみたいな僕らとは言え、男子高校生ですから。さすがにご存知ですよ。

 アレでしょう。『シコる』とかいう、性欲解放の下世話な言いぶりに端を発する形容動詞でしょう。「シコりたいほど劣情を催しました先生、お願いします!」的な。何をどさくさで先生にお願いしてるんだ君は。

 そんな言葉を口にしてるのを芦田さんに聞かれたら大変だってことで、お前は焦ってるんだろうが、宇野。いくつかお主に言っておくことがあるんじゃ、ワシの遺言と思って末代まで伝え逝け。

 ひとつ、僕が出した声は小さなつぶやきだったから、隣りにいるお前にしか聞こえてない。

 ふたつ、お前も今、『シコい』って言ってるからな。二人で顔寄せ合って「シコいシコい」って、単なる男子高校生の下トークだからな今これ。下々のモノの語らいだよこれは。

 と言ったことを伝えようとした矢先、スマホの中での文章がダダッと増えた。

 『腐った美脚』の無数のつぶやきで、一斉に書き込みが画面下部へと流れ落ちていったのだ。


――『腐った美脚』の発言――

 は!???????!!、、、


――『腐った美脚』の発言――

 えっ


――『腐った美脚』の発言――

 待って


――『腐った美脚』の発言――

 シコかよ


――『腐った美脚』の発言――

 シコいすぎる


――『腐った美脚』の発言――

 ねえ待って待ってこれ言ってもみんな絶対信じてくれないだろうし注目されたくて腐女子が適当なこと言ってるってなるんだろうけどマジ待って


――『腐った美脚』の発言――

 シコ


――『腐った美脚』の発言――

 シコいシコココココ


――『腐った美脚』の発言――

 おシコりソワカ ウンパッパ


 画面上の混乱に僕もついていけません。

 せっかく僕が今日見つけた神脚アカウントは、突然お気持ちがクレイジー・ゴナ・クレイジーされてしまった。

 いや……? 元々こういう人だったのかな? 脚の画像と一部有識者の有力なタレコミだけでフォローしたから、人となりはまだよくわかってないんだ。画像よりも意味不明なつぶやきのほうが多い人ってSNSに結構いるし……。

 まあ、でもよ。よくわかんないけどよ。俺は脚フェチだから難しいことはよくわかんないけどよ。大事なことはこれよ。僕がまだ見てない神脚画像が一枚アップされてるのは、怒涛のごとく流れ行くタイムラインからチラ見えたんだよ。

 タイムスタンプ的に、ついさっきだったはず。僕の動タイツ視力じゃなければ見逃すところだったね。

 あの画像だけ回収して、『腐った美脚』さんはフォロー切りしてしまおうかな。事情はわからないなりに、すげえテンションでみるみる脳が腐り落ちたらしいことはわかった。この人の周囲でゾンビウイルスかなんかバラ撒かれてんじゃねーのかな。

 ていうかあれよね、そうか。『腐った美脚』って何が腐ってるのかと思ったら、腐女子さんだったのか。ボーイズラブのマンガとかゲームとか大好きな人でしょ。いるいる。そういう趣味の人いる。僕のSNS神脚リストにも数名そういう人いるし。なんか楽しそうだよね。


「美脚!!!!」


 僕がそこで叫びを上げたのは他でもない。他でもなくない、だって実際は声なんて上げてない。

 「シコいシコい」とこうも意味不明に取り乱す直前に『腐った美脚』さんがアップした神画像を、連続発言で流れ行くSNSから瞬時に僕はサルベージした。

 するとその脚がだ。

 目の前の芦田さんの22デニール・ブラック・シアータイツによく似たスラリッとした美脚画像だったものだから、驚きと喜びとちっちゃいガッツポーズ(片手)とおっきいガッツポーズ(両手)が入り交じった形で心がざわめいた結果、自らを鎮める呪言として、僕は先ほどと同じような「美脚!!!!」の快哉を上げたのであって……。

 で、あってだな。

 ……。

 ……?

 こう……同じような……?

 似てる……ような……?

 『腐った美脚』が上げている自撮りタイツ脚と、対面座席の芦田さんの脚。

 似てますよね。

 脚の長さと言い、デニール数と言い、わずかに写り込んだ制服のスカートの端と言い、脚の下にチラ見える座席が電車っぽいのと言い。こういう個人情報がわかりそうな部分は写真アップ時に加工して削らないと、名探偵が不要な真実を突き止めてしまうんだぞ。


――『腐った美脚』の発言――

 22デニールお気に入り初上げ


 画像には『腐った美脚』さんのそんなつぶやきも一言添えられている。その後が「シコい」で、クレイジー・ゴナ・クレイジーして、今に至るようです。

 えっまさか……?

 いやいやそんな! この世に二つと無い一品物の美脚だよ? そうやすやすと、こんなところで一致するわけがないんだよ。僕が恋する神脚の芦田さんと、偶然見つけたSNS上の神脚が、同じものであるはずがないでしょ。

 なお芦田さんは僕に同じく右手にスマホを握って、無表情になんかいっぱいスワイプして文章を入力しているような姿が対面座席で見かけられる。


――『腐った美脚』の発言――

 やば 落ち着こ?いっかい気持ち整理するね?


――『腐った美脚』の発言――

 あのねほら私って腐女子じゃないですか。腐女子なんです。これ見てる人は知ってるだろうけど。でもそういうのって普段の生活では出してないのね。普段はそういうキャラじゃないのね


――『腐った美脚』の発言――

 学校にね?どう考えてもお前ら付き合ってんだろ公式―!早くグッズ化してくれーーー!!!っていう男子二人がいてね?メガネのイケメン君と背が低くて童顔なのに目つきが悪い男の娘なんだけど


――『腐った美脚』の発言――

 ごめん誤字 男の子

 でも制服着せたらきっと男の娘 パーリナイ


――『腐った美脚』の発言――

 その二人が電車で隣り同士仲良く座ってるから「はあ?毎度シコいな」って眺めてたら童顔君(仮)が「シコい」って口にしてイケメン君(仮 まじいけめん)が「何言ってんだバカこんなところで。俺達の関係バレるだろ……?」って感じで童顔君の口を慌ててふさいで


――『腐った美脚』の発言――

 ほんとうなんだって信じて!!!!嘘みたいだけどほんとうなの!!!!!わたし今すごいにやけてそれ見てるからね!?????


――『腐った美脚』の発言――

 ごめん発言の内容は一部わたしが盛ったっていうか距離離れてるから詳しくは聞こえてない。でも童顔君が「シコい」って口にしたら急いでイケメン君がね?おててで口ふさいだのは間違いない


――『腐った美脚』の発言――

 わたしが童顔君の唇ずっと見つめて「小さなお口でどんなご奉仕をしてあげるんでしょうな??ドゥフフ???」って思ってたら「シコい」って口が動いたんだもん。ほんとうに見たんだもん!!!!!


――『腐った美脚』の発言――

 おシコりソワカ ウンパッパ


 はーい戻ってきてください皆さん。主にこの僕の意識が戻ってきてください。

 なんだか続々と投稿を繰り返している『腐った美脚』さんですが、それではここで対面座席の芦田さんの様子を見てみましょう。現場の塚越さん?

 こちら現場の塚越です。あなたの脳内に直越語りかけています。何故ならあなたも現場の塚越だからです。脳内で二人分やりとりしてるだけだ。で、芦田さんは今どうしてるの?

 芦田さんは無表情でスマホをすごいスピードでいじくり回していますね。

 あれってもしやSNSに何らかのつぶやきを連投しているんですか……ね……?


――『腐った美脚』の発言――

 あっ


――『腐った美脚』の発言――

 ドシコり事案で心ここになかったから加工なしで画像あげちゃった。すみません一旦消しますね


 さっき上がった『腐った美脚』の22デニールブラックシアータイツの画像が、SNSから消えた……。

 まさか……?

 いやあ。ははは。ではひとつここらで種明かしと行こうじゃあないですか。刑事さん、関係者を全員大広間に集めてください。集めなくていいです。今から心の中で僕が告白をします。

 実はこの『腐った美脚』アカウントは、「うちの高校っぽい制服を着て自撮りを上げている人物がいる」という特殊ルートのタレコミから、僕が本日見つけ出したアカなのである。特殊ルートのタレコミとは、クラスのモブのガヤのダベりが昼休みに漏れ聞こえてきたっていうやつ。

 うちの高校のセーラー服を着ているっぽい匿名の画像アカウント。別段僕は、一部の衣装に興奮するような特殊性癖の持ち主などではないので、セーラー服についてはどうでも良かった。

 だがこれが美脚で黒ストの画像アカウントということとなれば、話は違う。世の中には美脚黒スト画像を上げてくれる一般の方もいるとはいえ、そこにうちの高校のセーラー服が組み合わさるとなれば……。

 家に居ながらにしてバーチャル芦田さん美脚黒ストタイツ脚画像美脚芦田さんが満喫できるということじゃないか。重複表現がありましたので後ほど校正でなんとかします。

 話がまたそれかけているが、大事なことはこれだ。僕は『腐った美脚』アカウントが、もしかするとうちの高校の女子かもしれないなと思って、フォローはした。

 だから、「実は学校の◯◯さんでした」と言われれば、「やっぱりそっかー」と微笑を浮かべて、冷静沈着頭脳明晰ウンパッパを気取るつもりだったんです。

 まさか、『腐った美脚』って……芦田さんなのか?

 実験してみよう。

 実験その一。宇野の手を握ってみる。


「ねえ吉弥。運命って信じる?」

「何言ってんだ、おめー。ボケ盛か?」

「まあ、正気でこんなことはしないから、ボケたといえばボケたといえる」

「盛ってんなー……おめー……」

「あのさ、宇野のそれ何なの。盛るってやつ。キャラ付け? モリモリうるさいな」

「ネットで流行ってんだよ。知らないのか? 無知盛だな」

「うざっ」


 なんて会話を男二人でしている間にSNSには発言ドーン!!


――『腐った美脚』の発言――

 は???????????????????????


――『腐った美脚』の発言――

 キレそうなんだけどマジ


――『腐った美脚』の発言――

 待って まっ


――『腐った美脚』の発言――

 手にぎってる


――『腐った美脚』の発言――

 シコッ


――『腐った美脚』の発言――

 シコすぎ折れた


 うわあ……。

 実験の反応があまりにもなんというか即、望んだ形で、提供されたものだから、僕はなんていうか運命に引いた。

 芦田さんは相変わらず無表情で自分のスマホをいじっている。

 まだ確証はない。でも、割りとクロ。『腐った美脚』=芦田さんの匿名アカウント説は、22デニールの黒タイツよりはクロ。

 っていうかさっきから何をシコってるんですかね?? このアカウントが芦田さんであろうがなかろうが、画面の向こうで興奮してるのは女の子でしょ? 何をシコって何が折れてるの?


――『腐った美脚』の発言――

 心のtntn摩擦係数ゼロよ


 心のtntnだそうです。心の画像フォルダと似たようなものか。お大事になさってくださいねー。ヨードチンキ塗っときますねー。はーい。

 ていうか僕の心のモノローグとSNS上の『腐った美脚』の発言がシンクロするのやべーだろ。僕らは今みんなスマホを持っているけれど、不干渉のはずですよ。

 とは言えこれは偶然でありながら、点を見つめる線にすぎなかった僕らが、三角関係に一歩進めるチャンスかもしれない。宇野とは互いに「芦田さんのことは抜け駆けなしな」と言ってはいるが、実験だったらいいよね。僕は学会に発表しなければいけないからね。

 実験その二。体を寄せて潤んだ瞳で宇野を見上げてみる。


「ねえ吉弥。運命って信じる?」

「塚越……流行ってんの? それ?」

「流行ってないはずだけど僕は少しだけ運命の残酷さを感じつつある」

「わっかんねえ。何盛りだよそれ」


 なんて会話を男二人でしている間にSNSには発言ドーン!!

 と思ったけどあれ? 何も発言増えてないな。実験失敗?

 ふと対面座席の芦田さんを見ると、スマホ片手にこっちをガン見して硬直していた。

 あっうわっ。

 気まずく目をそらす僕と芦田さん。やっばい。

 芦田さんが固まってる間、『腐った美脚』の発言が止まったって、つまりは実験失敗による大成功ってことですよねこれ。ペニシリン誕生だ。「シコい」からのペニシリンとはどうも品がないね! はははははは!

 ……はあ。

 やっぱり……クロですか……? 芦田さん……?

 そんなに物静かでクール美脚なのに、実は腐女子でSNSでは「シコいシコい」言う人なのかな。

 それってさあ。

 僕さあ。

 えっ、やだ。

 そういう芦田さんのことが、嫌ってことじゃなく。これは僕自身が僕に引いてて「そんな僕がいたんだ、やだ」っていう、やだ。

 やだ、そんな芦田さん、むしろ好きかも。

 ただただ遠くにいる感じがして、きれいな人だなって見ていただけなのに。

 もしかするとあの芦田さんも、本心では「シコい」とか言う変な女の子なのかもしれないなって思ったら。

 芦田さん、思ったよりも近くにいたんだ。


「塚越、おめーなー……。手が痛いんだよ」

「あっ、わ、悪い」


 いけない。考え事に夢中になっている間に、つかんでいた宇野の手を、ぎゅうぎゅうに握りすぎた。

 脚の話で埋め尽くしている僕の頭の中が、「芦田さんの本当の姿を知りたいかも」っていう思いで塗りつぶされていたことにその時気づいて、なんだか僕は顔がみるみる、赤くなってしまった。手汗もかいてるし、やだ。こういうのって僕のキャラじゃないですね。

 伏し目で手のひらを制服のズボンで拭いて、宇野との間に気まずい空気を流して。顔を上げて。向かいの席の芦田さんを見たら。

 わーーーめちゃめちゃ無表情でめちゃめちゃスマホいじっておりますーーー。


――『腐った美脚』の発言――

 \シコ盛り/


――『腐った美脚』の発言――

 \ シ コ 盛 り /


――『腐った美脚』の発言――

 えーーーーーーもう何これうわーーーーーーー


――『腐った美脚』の発言――

 ちわげんか


――『腐った美脚』の発言――

 痴話喧嘩してるの童顔君とイケメン君が!!!!!!!!


――『腐った美脚』の発言――

 うちのカップリングがわたしの目の前で痴話喧嘩してる件 1スレ目(892)


 何を勝手にスレ建ててんだ。建ててねーけど。そろそろ次スレいるじゃん。

 なんだろう、えーっと。シコ盛りって……。「盛り」って本当に流行ってるんだね、へー……。

 それさっき折れたやつなので、盛らないようにしてくださいね……。

 それにしても困ったなどうしよう。僕に名案があるんだ。これは浮かばないほうが良かった名案なので、人類はこれを契機に罪深き発展の道をたどることでしょう。人類というか僕がね。僕らが、と言ったほうがいいのか。

 塚越潤一郎と宇野吉弥には芦田富美子との接点は今までなかった。でも、僕らが、彼女の注目を容易に集める方法に、僕は。

 気づいてしまったんです。

 芦田さんの見ているところで、僕が宇野とイチャイチャすればいいんだ……!

 ああああああああああ……いいのそれで……?

 でも、これで、一本の線と一個の点は三角になる。かも。しれません。

 とはいえ嫌だよ! 宇野とイチャイチャしてまで僕は、芦田さんの注目を集めようだなんてそんなのはさ!

 という拒絶の心は、電車が駅に到着して一足先にドアからホームへ歩み出ていった、芦田さんの黒スト美脚を見ていたら。

 ああ。いいかな……? それもいいかな。男と手を握るぐらいで、あの美脚がこちらを向いて笑ってくれるなら。

 手を握るとか。寄りかかるとか。あと、なんだ。イチャイチャするふりってどうすればいいんだ。僕、あの、そっちのほうはお勉強できてないので、よく知らなくって。宇野のほうが詳しいんじゃないのかな。こいつなんだかんだモテるし。


「なあ……宇野……?」

「塚越、おめー様子が変だぞ? 今日はどうした?」

「僕ら……付き合う……?」

「はあ!?? 俺とお前が、付き合う!!?」

「冗談だっての、声がおっきい……!」


 宇野の大声で一瞬耳鳴りがしたけれど、僕は聞き逃さなかった。

 車外のホームでスマホが落ちた音がしたことを。

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腐った美脚 一石楠耳 @isikusu

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