Episode 7 - Farewell
17
{
全てのものは滅びるようにデザインされている。
始マリがあれば終ワリがあるし、終ワリがあれば始マリがある。
この世に存在するすべてのものは同じ宿命を持つ同根の元に繋がっている。
だから、永遠や不変なんてものはこの世には決して存在しない。
そんな当たり前のことをボクは知っていたはずなのに、知らないふりをしていた。
見て見ぬふりをしていた。
きっと、ボク達の旅はこれからもずっと続いていくと信じて疑わなかった。
だけど……この美しい世界は残酷だった……。
}
その日、ボク達はいつものように旅の傍ら新たな街に立ち寄り、内部を探索していた。
その街は別段他の街と何かが大きく違うということもなく、いたって普通の中流の街だった。
しかしその街の中をしばらく歩いていたボクたちは、久しぶりに道を彷徨うアンドロイドを目撃した。
そのアンドロイドは男性型で、皮膚の損傷がひどく、もはや身体に人工皮膚はほとんど残っていなかった。
そのため、そのアンドロイドは全身を漆黒に染め上げたかのような恐ろしい形相だった。
また、驚くことに片手に金属の棒のようなものを固く握りしめていた。
ボクはアンドロイドが武器を持っているところを見るのはそれが初めてだった。
その見た目と他のアンドロイドとの違いに一瞬気圧されたが、ボクはすぐに気を取り直していつものように彼女の援護をしようと身構えた。
しかし、彼女は道の先に直立しているアンドロイドから何かを感じ取ったのか、ボクに「今回は私一人で戦う。エウペは下がっていてくれ」と言った。
最近はつねに二人でアンドロイドと対峙していたので、その申し出にボクは違和感と、なぜ?という疑問を感じずにはいられなかった。
だが、彼女がそう言うからにはきっと理由がなにかあるはずだし、それに彼女に迷惑をかけたくないと思ったボクは「わかりました……気を付けてください、アシュさん」と言い残し、近くの建物に身を引いた。
遮蔽物の裏に隠れて、ボクは以前のようなただ彼女を見守っているだけの自分に戻ってしまったな、と思った。
そして、そのことに少し悔しさを感じた。
それからしばらく時間が経って、こちらに気が付いたらしいその黒いアンドロイドは彼女の待ち構えている場所へと走り出した。
ボクはそのアンドロイドの走りを見て驚愕した。
それは、その速さが今までボクたちが出会ったどんなアンドロイドよりも早く、もはや異常なほどだったからだ。
きっと、長い年月稼働していたせいで力のリミッターが外れ、オーバークロックしたような状態になっているのだろうとボクは考えた。
そんな驚きと動揺を隠せないボクに対し、彼女は少し驚きはしているようだったが、冷静さは失っていなかった。
彼女はいつものように慣れた手つきで、背負っていた黒い槍を静かに構える。
そして両者の距離はどんどん縮まっていき、ついに目の前まで迫ったアンドロイドは彼女に向けて手に持っていた金属の棒を強烈な速さで振りかざした。
彼女は流れるような動きでその攻撃を横に飛びのいてかわす。
ボクは一瞬完全にその攻撃を彼女はかわし切ったと思った。
だが、そうではなかった。
攻撃をかわし再び武器を構えた彼女の右腕には、アンドロイドが持つ金属の棒によってつけられた横一線の傷跡がはっきりとみられた。
その傷はどうやら幸いに掠っただけらしく大したものではなかったが、それでもボクは彼女がアンドロイドと戦っていてそのように傷つくのを初めて目撃した。
ボクはその光景に、純粋に嫌な予感がした。
だから、彼女の言いつけを破ってでもこの場所から這い出て行き、無理やり加勢したほうがいいと思った。
今隠れている遮蔽物を出ようとボクは腰を上げる。
その時、アンドロイドと対峙したままの彼女の背中から今まで一度も聞いたこともない強い声が発せられた。
「私は大丈夫だ。だから、その場から動くな」
ボクはその強い声に体がビクリとするのを感じ、立ち上がろうとしていた中途半端な体勢のまま動けなくなってしまった。
そして彼女がそう声を発した次の瞬間、アンドロイドが振り下ろした武器と彼女が持つ槍が「ガキッ」と金属音を上げて、ぶつかり合った。
彼女から発せられた「くっ」という、焦りを含んだ声がボクの耳に聞こえてくる。
一方、アンドロイドは一切口を開くことなく、無言を貫いていた。
その様子はやはりほかの今まで出会ってきたアンドロイドたちとは一線を画しており、ボクは早く立ち上がって加勢に行くべきだと再び考えた。
しかし、先ほどの彼女の言葉が頭に反響し、ボクの足を踏みとどまらせた。
それに、あの彼女ですらこれだけ苦戦しているというのに、仮にボクが加勢に行ったとしても、彼女の足手まといになるだけではないだろうかという弱気な考えがボクの頭をよぎった。
結局、情けないボクはその場にとどまり、彼女の言いつけを守るという選択をしてしまった。
そんなくだらない思考をしている間にも、彼女が槍で刺突を試みればアンドロイドは飛びのいてかわし、アンドロイドが手に持つ棒を振り下ろせば彼女はその攻撃を槍で弾き、避ける。
その様な一時の余裕もない死闘がボクの目の前では繰り広げていた。
それからそんな戦いが一体どれだけ続いただろうか。
それは10分かもしれないし1時間かもしれない。
ロボットであるはずのボクがそのことを一瞬見失うほどにその戦いは鬼気迫るものだった。
しかし何事にも終わりはいつか来るもので、アンドロイドが振り下ろした棒を彼女が槍ではじき返したとき、アンドロイドはそのまま大きく仰け反って大きなスキを見せた。
そのスキを決して見逃さなかった彼女は、その仰け反ったアンドロイドの胸部へと、槍でとどめの一打を放った。
そしてその攻撃は見事に功をなし、アンドロイドの胸部を貫いた。
だが、アンドロイドに槍が刺さった「グサリ」という音の他に、もう一つ何かが刺さったかのような音がボクの耳に届いた。
その音の正体をボクは遅れて理解した。
それは、彼女の胸にアンドロイドが持っていた金属の棒が刺さった音だった。
「えっ」
ボクは目の前に広がる光景にそう間抜けな声を出してしまった。
ここから見える彼女の傷口からは、今まで見てきた他のアンドロイド同様に白い人工血液がどくどくと流れ出していく。
相打ちになった両者は、そのまま力尽きるように血で白く色づいた地面へ向けて倒れて行った。
ボクは、もう無意識にその光景を見た瞬間には走り出していた。
そして、乱暴に足を地面に投げ出したせいで何度もつまずきながら彼女のもとへと向かった。
{
こんなものが現実であるはずがない。
ボクは夢を見ているんだろうか?
そうにちがいない、これはきっと悪夢だ。
きっとすぐに覚めるはずだ。
はやく、夢なら覚めろ、覚めろ、覚めろ……。
}
ボクの頭には必死に現実を受け入れないために、愚かにもそんな言葉がつらつらと浮かび上がってきた。
{
まだ大丈夫。
きっと間に合う。
彼女の傷口を修理すればきっと……。
}
そしてそんな希望的観測を何度も自分の頭の中で繰り返しながら、ボクは彼女のもとへとようやくたどり着いた。
横たわった彼女とアンドロイドの下には白い人工血液による水たまりができていた。
その水たまりはこの瞬間も刻一刻と広がっていっている。
ボクは「アシュさん……」と無意識に名を呼びながらしゃがみ込み、彼女の体を両腕に抱えた。
アンドロイドが持っていた金属の棒は倒れた際に彼女の胸元からすでに抜けていて、そこにはただただ大きな穴が空いていた。
そして、ぽっかりと空いた彼女の胸元の穴からは、まるで命がこぼれていくかのように血が流れていった。
その時、彼女は今にも消えいってしまいそうな声でボクに言った。
「エウペ、すまない……油断した……」
そこまで言って、彼女は「ゴフッ」と口から白い血を吐いた。
そしてそれと同時に、ボクは彼女の体から力が一層抜けていくのを支えている両腕から感じた。
「アシュさん、大丈夫です。ボクが今直しますから。ボクがすぐに……」
ボクはそんなあてのないことを言った。
彼女はそのボクの言葉に優しい笑みを浮かべ、首をゆっくりと横に振り、
「もう、私 は ダメみたいだ……コアを 貫かれて しまった」
「大丈夫です……きっとまだ……」
ボクはそう言いながら必死に彼女の胸に穿かれた穴に自分の手を押し当て、血が流れ出ていくのを……命が流れ出ていくのを止めようとした。
しかし、無慈悲にもボクの手の隙間を血液はすり抜けていき、流出が止まることはなかった。
そんな愚かなボクの様子を彼女は目を細めながら見守り、途切れ途切れになりながらも無理やり声を発した。
「エウペ……聞いて くれ。
君と過ごし た日々は、私 にとって まるで夢 のような時間だった。
こんな 私と一緒 にいてくれ て……ありがとう。
私は…………」
そこで彼女は言葉を止め、穏やかな顔のまま瞼を静かに落とした。
「アシュさん?」
ボクは彼女の名を呼んだ。
しかし、返事が返ってくることはなかった。
ボクはその後も彼女の体をゆすり、何度も何度も名を呼んだ。
だがやはり彼女が返事をすることはない。
そこでようやく、彼女が死んでしまったという現実をボクは覚った。
その瞬間、ボクのなにもかもが……全てが崩れ落ちたのを感じた。
そして気が付いた時には、ボクはこと切れた彼女の体を両腕で抱えながら、空を仰いで慟哭していた。
「嗚呼……あああ あア あ ああああアアあ あ」
{
ボクのせいだ。
ボクがあの時彼女の加勢に向かっていれば。
ボクがあの時、後少しでも勇気を出せていれば。
ボクがあの時……ボクが……ボクが……
}
無様に泣き喚きながらも、その様な後悔が無限に湧いてきた。
だが、そんなことをいまさら考えたところで決して彼女が返ってくることはない。
決して時間が巻き戻ることはない。
そこにはただ、彼女を守れなかった愚かなロボットがただ一人いるだけだった……。
それからいったいどれだけの時間が経っただろう。
自分の目から何かが流れ落ちるような感覚をボクは感じた。
ボクに彼女の様に哀しい時に涙を流すことが出来るような機能はない。
それは、ボクのその嘆きに答えるかのように降り出した雨のしずくだった。
雨の勢いは徐々に強まって行く。
ボクは体が濡れることを気にすることもなく、ただただ雨の中彼女を抱え、いつまでもいつまでも泣き続けていた……。
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