Episode 5 - Soft Rain
14
【Another Side】
「雨……すごいですね……」
濡れた体からポツリポツリと水滴を垂らしながら彼は私にそう言った。
私は頷き、肯定する。
「ああ……それに落雷もすごい。この調子じゃあ当分止みそうにないな」
洞窟の外では相変わらず雨が地面を激しく打ち付け、落雷が定期的に轟音を伴って輝いていた。
私たちは次の街へ向かうため、さきほどまで野道を歩いていた。
だが、突然晴れ渡っていたはずの空はその表情を変え、雨を降らし始めた。
彼がロボットだとしても、私がアンドロイドだとしても、雨に濡れるのは人間同様に体に決していいことではない。
それに落雷に撃たれたらどうなるかなど考えるまでもないし、想像したくもない。
だから私たちは、急いでどこか雨風をしのぐことが出来る場所を走りながら探し回った。
そして、幸運なことに自然に形成されたであろうこの天然の洞窟に出会ったのだった。
私は丁度座るのに最適な形の岩を洞窟の少し奥に見つけたので、背負っていた荷物を脇におろし、腰を下ろした。
一方、先ほどから入り口付近で体についた水滴を払っていたエウペは、ようやく払い終わったようで、こちらへと歩いてきていた。
その時、一瞬彼の脚から「ギッ」という何かが軋むような小さな音が聞こえてきた。
彼はどうやら気がついていない様だけれど、私の耳はその音を聞き逃さなかった。
恐らく今の音は脚の駆動部から発せられたのだろう。
そのことを察すると、私は鞄からメンテナンスキットを無言で取り出した。
その間に私のすぐ目の前へと近づいた彼は不思議そうに言った。
「アシュさん、メンテナンスですか?」
私は首を横に振り、否定する。
「いや、私じゃない。いま君が歩いている時に右脚の駆動部から音がしたんだ。だからきっとどこかに少し異常があると思う」
私にそう言われた彼はやはり本当に気づいていなかった様で、「えっ」と驚きの声を上げ、自分の脚を確認した。
私は自分の横にある岩を手で示し、そこに座る様に促す。
「一応念のため見ておきたいからここに座ってくれ」
彼はうなずいて「分かりました、お願いします」と言い、そのまま私の横の岩に腰掛けた。
私は彼が横に座るのを確認すると、続けて言った。
「じゃあ、右脚を上げてみてくれ」
彼は今度は「はい」と返事を返し、右脚をゆっくりともち上げた。
私はその脚を手で導き、自分の両膝の上に乗せる。
彼は少し照れた様子だったが、こうする方が見やすいので我慢してもらうことにした。
「じゃあ、少し見てみる」
私はそう言って、あらかじめ脇に置いておいたメンテナンスキットの中から必要な道具を取り出し、彼の脚の状態を見始めた。
その間、私は集中していたので一言も発さず、彼も一切話さなかったので、私達の間には必然的にしばしの静寂が訪れた。
洞窟内には自分が彼の脚を見る際に立てた音と、外で降る雨の音だけが響く。
それからしばらくそんな穏やかな時が流れ、今まで一言も発さなかった彼は痺れを切らしたのか、私に「ボクの脚どうですか?」と聞いた。
彼がそう言った時には、丁度どこが原因なのかが私には大方検討がついていたので、私は彼の局部を見る手を動かしながら答えた。
「どうやらこの関節部にゴミが入ったみたいだ、あとグリスも少し抜けてきているな」
彼は「そうなんですか……」と返し、続けて言った。
「それにしても、自分の身体のことなのに、全然音にも不調にも気づきませんでした」
「無駄にアンドロイドは耳とか目が良く出来ているからな……。
人間からしたら、自分達が後々使うことになる身体だから、普段使う五感の性能をできるだけ良く作ったんだろう」
彼は私の推察に「なるほど」と相槌を打った。
その後、私は「これから細部を弄るから、少しの間じっとしていてくれ」と彼に言って、ゴミの摘出とグリスアップを本格的に始めた。
彼はその間、律儀に私の言ったことを守ってくれたので、その作業はそう時間を要せず、すぐに終わった。
私は顔を上げ、彼の顔を見て「これでもう大丈夫だ」と言う。
それを聞くと、彼は私に「ありがとうございますアシュさん」と礼を言い、右脚を私の膝からゆっくりと下ろした。
そして、薄暗い洞窟の外に視線を移して、彼は言った。
「雨、少し弱まりましたね……」
そう言われて私も再び外を見やると、彼の言う通り雨は先ほどから勢いを少し緩めているのに気が付いた。
そして、私は「ああ……」と相槌を打った。
それから、また私と彼の間には静寂が訪れた。
私は洞窟の外で雨のしずくが落ちていく様子を眺めながら、彼との今までの旅を思い出していた。
旅を思い起こしていくうちに、私は彼に本当に救われているということを再認識した。
それは私のアンドロイドとの戦闘後のケアであったり、私の『好きなもの』を探す手伝いであったり様々だ。
だけど、それ以外にもっと私にとって重要なことが一つある。
それは、私のそばにまだ共にいてくれているということだ。
きっと、彼と出会っていなかったら今頃私は孤独に押しつぶされて狂ってしまっていたと思う。
だから私は、こんな自分のそばにいてくれる彼に本当に感謝していた。
「なあエウペ……」
突然そう口を開いた私に彼は一瞬驚いたようだけれど、「何ですか?」と聞き返した。
「いつも、私の傍にいてくれてありがとう……」
口下手な私だから、それが精いっぱいの感謝の言葉だった。
彼は私のその感謝の言葉を聞いて、しばらく黙っていた。
やはり、すこし単純すぎたのではないだろうか……と不安になる。
だが、彼は私のそんな不安を打ち消すように言った。
「こちらこそ……いつもありがとうございます、アシュさん」
私は彼に感謝されるようなことをあまり出来ているとは自分で思えない。
しかし、それでも彼がそう言ってくれて嬉しかった。
そんな会話をしながら私たちが目を合わせていると、不意に外から小鳥の囀る声が聞こえてきた。
私はその声に導かれるように外へ視線を向けた。
すると、雨はもう止んでいて、洞窟の入り口に優しい日の光が注いでいた。
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