Episode 2 - Lonely Ash


 05


【Another Side】


 私がその日、その街に訪れたのは気まぐれだった。

 いや、私が普段行っている行動のほとんどが気まぐれなのだろう。

 私は目的も無く、ただこの静かな世界を一人で放浪しているだけなのだから……。

 入り口に立ち、私は街の様子を観察した。

 街はほかの街同様に廃墟と化していた。

 都心部と比較して、いささか旧時代的な煉瓦造りの家などが多く立ち並び、それらの大半が植物に飲み込まれている。 

 初めてくる場所ではあるが、そうなっていることは私には分かっていた。

 人が居なくなれば、建物はすぐにこのような容態に変わり果てるのだから……。

 私は割れて、植物に侵食されたアスファルトの道を歩いて街の中へ入って行く。

 少し入ったところにある標識には、どうやらこのままずっとこの道をまっすぐ進むと、大規模な産業廃棄物処理施設があるらしいことが書かれていた。

 それ以外にはこの町に大きな目玉――そんなものが街の目玉なはずがないが――はないらしい。

 私はわざわざそんな場所へ行こうとも行きたいとも思わなかった。

 きっと廃棄施設には、役目を終えて壊れた大量のロボット達とゴミが捨てられているだけだ。

 そんな寂しい場所に私の求めている者はいない。


 それから私が街の中を歩き始めて2時間ほど経過したとき、目の前を道案内用のロボットが通りかかった。

 一本の柱のような足についている車輪で、割れたアスファルトを静かに進んでいる。

 私は声をかけることもなくただその様子を観察していた。

 なぜなら、声をかけたところで会話にならないからだ。

 彼らは命令されたこと以上のことは決してできないし、知っていることしか知らない。

 そのロボットは急に停止し、方向転換して私のほうへやってきた。

 おおかた、私が一定時間道の真ん中に突っ立っていたため、迷っていると判断したのだろう。

 ロボットは私の目の前で停止し、音声を口にあるスピーカーから発した。


「何 カ、お 困リ……」


 言葉が途切れ途切れになり、イントネーションがどこかおかしい。

 きっと定例文の「何かお困りですか」を発しようとしたのだろうなと私は考えた。

 この手のロボットはまず初めに必ずそう言うのだ。

 おそらく長い間メンテナンスがなされず、経年によって故障してしまったのだろう。

 正直無視をしてしまっても構わないのだが、そうすると付きまとわれる時があるので逆に面倒になる。

 だから「大丈夫だ」と適当に私は返事をした。

 目の前のロボットは私のその言葉を聞くと、すぐに方向転換をして、もともと進んでいた道へと帰って行った。

 その間、「キリキリ」と錆びた車輪の音がロボットから鳴り響いた。

 

 それから、私はさらに4時間ほど廃れた街を探索したが、この街に目的の者がいるとはあまり思えなかった。

 この街には研究所等もおそらくないだろう。

 だからそもそも彼らがいる確率は低い。

 それにもう日が沈みかけている。

 だから、この街の探索はそろそろやめようと考えた。

 私は沈んでいく夕日を眺めながら、先ほど通った街の出入口へと向かって再び歩き出した。

 夕日は真っ赤で、光が壊れた街を優しく照らしている。

 この場所では何も起きなかった。

 そう私は安堵した。

 正直彼らと出来ることなら出会いたくはない。争いたくはない。

 しかし、彼らのことを業苦から解放してあげたいと言う気持ちもある。

 だから私は彼らを見つけたら殺すのだ。

 狂ってしまったアンドロイドたちを……。


 もう少しで街の出口につくというところで私は立ち止まった。

 それは今考えていた者が私の目の前に現れたからだった。

 地面を見て俯く男性型のアンドロイドが静かに佇んでいる。

 その光景を見て、この街にはきっといないだろうという私の予想はものの見事に外れたなと思った。

 まあ、私の予想など当たることのほうが少ないのだが……。

 私はそんなどうでもいい思考を努めて振り払い、集中した。

 そして背中にかけていた高硬度金属の棒を、自ら槍の形に加工したお手製の武器を両手で持って身構えた。

 そろそろなりそこない同士の醜い殺し合いの時間が始まる。

 私の前方、10メートルほどにいるアンドロイドはどうやら今まで私に気が付いていなかったらしく、私が武器を構える音を聞くと同時にこちらへ顔を上げた。

 その顔は平均的な成人男性のものであったが、苦悶の表情に大きく歪んでいた。 

 私とアンドロイドは目が合う。

 次の瞬間に、突然アンドロイドが野太い男性と獣の鳴き声が混ざったかのような奇声を上げた。


「アアアア アア ア」


 あまりの音量に周りの空気が震えるのを感じる。

 その様子はまるで長い間待ち望んでいた獲物を見つけた獣のようだった。

 アンドロイドは奇声を一通りすべて上げたのち、突然私のもとへ何の予備動作もなく走りだした。

 それはかなりの速さであったが、私はその見慣れた光景に別段驚くことはなく、その場で動かずにただ槍を構え待ち受けた。


 アンドロイドは走ったまま私の目の前まで接近すると、人口皮膚が剥げて下地がむき出しになったその黒い右腕を私に向けて振り下ろした。

 私はその攻撃を左へ飛び、かわす。

 アンドロイドの放った右腕の一打は私の元いた場所にある虚空を裂いた。

 「ブオン」という、腕が空気を切った音が私の耳元に届く。

 攻撃をかわされることを全く想定していなかったらしいアンドロイドは、そのまま勢いを殺しきれず、私の右横を走り抜けていった。


 私はアンドロイドが横をすり抜けたと同時に体をひねらせ、瞬時に後ろに方向転換する。

 そして私が完全に後ろを向いたときに、そこでようやくアンドロイドは一メートルほどオーバーランし、勢いを殺して止まったところだった。

 走っている私の耳に、勢いを無理やり殺すために地面を足が削る音が届く。

 まだアンドロイドの背中はこちらへ向いたままになっている。

 私は槍の柄を中ほどに持ちかえ、その背中めがけて全力で走り出した。

 そしてすぐに近くまで接近すると、たった今こちらへ振り返ろうとしている彼の伽藍洞の背中にむけて槍を力いっぱい刺突した。

 私の両手は槍でアンドロイドの胸部を貫くと同時に、肉よりは少し硬く、鋼鉄よりは柔らかい、そんな感触を感じた。

 その感触は、もはや私にとっては感じなれてしまっているものだった。

 背後から胸部を貫かれると同時に、アンドロイドは先ほど聞いたよりもさらにおぞましく、野太い男性の叫び声を上げた。

 その叫び声には先ほどにはなかった苦痛と哀しみの音色も混ざっていた。

 何とかして逃れようと暴れまわるアンドロイドの背中に刺さっている槍を、私はさらに奥へ奥へと押し込んでいく。

 そしてさらに、アンドロイドが刺さったままの槍を斜め上に持ち上げ、彼の体を地面から浮かび上がらせた。

 宙に少し浮いている状態となったアンドロイドから白い人工血液と悲鳴が溢れ出る。

 しかしいくら苦痛の声を上げようとも私は決して気圧されることなく、腕の力を緩めない。

 手を緩めて殺されるのは私だ。


 アンドロイドはそれから1分程体を浮かせたまま四肢を暴れさせ、もがき続けた。

 だが次第に抵抗する力を弱め、やがてピクリとも動かなくなった。

 動かなくなる寸前に私は、彼の口から「ありがとう」という吐息にも似た言葉を聞いたような気がした。

 それは本当に彼が言ったのかもしれないし、私の幻聴にすぎなかったのかもしれない。

 私は彼が完全に停止するのを確認すると、刺さったままになっていた槍を背から引き抜いた。

 こと切れた体を支えていたものがなくなり、彼は地面に向かって落ちて行った。

 私は槍を地面に突き刺し、動かなくなった彼の背中を見つめる。

 背中にぽっかりと空いた傷口からは白い液体が絶えず流れ出し、彼の下に白い水溜りを作っていった。

 その姿を見ながら、彼は一体どれくらいの間業苦に晒されたのだろうか、と考えた。

 私には彼らの苦しみが、いったいどれほどの物なのかは分からない。

 それでもそれが、私の想像を絶するものだということは今まで私が殺してきた彼らの様子から、そして嘆きから分かった。

 私は片膝を地面につき、彼のぼろぼろになった背中に、血に塗れるのも御構い無しに手をおいた。

 そして、短い言葉を放った。


「すまない……」


 06


 私はしばらくアンドロイドの死体の前で、地面に刺した槍に寄りかかり休息をとった。

 それは戦闘によって上がった体温を下げるためだし、いくら慣れているとはいえ、それでもアンドロイドを殺すのは精神的に堪えたからだ。

 それから私はある程度体の熱を逃がして休息を終え、辺りの地質を槍を地面に押し当てて探った。

 幸いなことにすぐ近くに比較的良質な、柔らかい地面を有する広場が見つかった。

 私はその広場の地面に、成人男性がひとりそのまま横になれる大きさの穴を堀った。

 そして、先ほどの場所に戻り、目の前に倒れているアンドロイドの死体を白い血にまみれながら両の腕で抱えた。

 両腕にズシリとした死体の重さが伝わる。

 私はその失われた命の重さを感じながら、慎重にゆっくりと先ほど掘った穴へその男性型のアンドロイドを横たえさせた。

 その後土をかけて埋葬し、ささやかなアンドロイドの墓を作った。

 私はその自分で作った墓の前に立ち、今私が殺したアンドロイドの冥福を祈った。

 そして、もう一度胸の中で謝った。


 それからしばらくして、私は陽も沈みすっかり暗くなってしまった辺りを見渡した。

 どうやら墓を作っている間に、自分が体感していたよりも随分長い時間がたっていたらしい。

 この街にもう生きている街灯はなく、月からの光だけが唯一の光源だった。

 その月光だけを頼りに暗闇の中よく目を凝らすと、自分からそう遠く離れていない場所に二足型のロボットが仰向けに倒れているのを発見した。

 ロボットの白いボディが光を反射している。

 いつもなら無視して通り過ぎるところだが、私はなぜかそのロボットが気になり、歩いて目の前まで近づいた。

 ロボットは片腕がへし折られ、後頭部に大きな凹みが見られた。

 また、身体のあちこちに傷や凹みがある。

 おそらく私が今殺したアンドロイドに襲われたのだろうということが推測できた。

 私は倒れたロボットの様子を観察し、その姿勢に何か違和感を持った。

 そして、しばらく凝視してその違和感の理由を突き止めた。

 そのロボットはまるでまだ死にたくないと抗議するように、折れていない方の腕を前に伸ばし、必死に襲撃者から逃れようとしているようだった。

 その姿はまるで、彼に生きようという意思があるかのようにも見える。

 だがそんなことはありえないはずだ、彼らロボットにはおよそ自我と言えるような高邁なものはない。

 だから生きたいという願いも持たない。

 それは私がしてきた50年以上の放浪の中でよく知っていた。

 やはり勘違いなのかもしれないと思った。たまたま襲われた際にこういった形で倒れたのだろう。

 私はそう結論付け、ロボットに背を向けて暗い道を歩き出した。


 しかし少し歩いて、私はどうしてもそのロボットのことが気になった。

 何故だか彼のことを放っておいてはいけない気がした。

 ここで彼を放っておくと何か後悔をするような……そんなよくわからない感覚が胸をよぎった。


 結局その予感に従うことにした私は彼の元へ戻った。

 そして彼の体を両手を使い持ち上げた。

 ずしりと両腕に重さを感じる。

 ロボットの重量はアンドロイド以上で、かなりのものだった。

 私は彼の体をそのまま持ち、長い時間を掛けて近くの建物へ運び込んだ。

 どうせ先を急ぐ旅でもない。

 だから、私は彼の体を修理することにした。

 私は彼の体を修理しながら、こんなことをしても自分の孤独が癒えることは決してありえないのに、それでも何かが変わるかもしれないとそんなことを思った……。












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