この壊レタ世界で君と

マルフジ

Main Story

Episode 1 - Innocent White


 01


 System check start

 Central control unit check : Clear

 Vital sign check : Clear *Warning anomaly detection*

 Memory check : Clear

 Battery charge : 78%

 Vision system check : Clear

 Auditory system check : Clear

 Inertial control system check : Clear

 Movement control apparatus check : Clear

 Joint drive apparatus check : Clear

 NFR box check : Clear

 System : All clear

 Start up

 }


 目を覚ましてから初めてボクの視界に入ったのは灰色の空だった。

 どうやらボクはどんよりと曇が立ち込めた空を見上げながら倒れているらしい。

 ここは……。

 ボクはまだ上手く働いていない頭でまず初めにここがどこなのか。

 次に自分は何者なのかということについて思い出そうとした。

 だが、その試みは上手くいかなかった。

 なぜなら、ボクは自分に関する記憶といったものをすべて失っていたからだ。

 ただこれだけは覚えていた。

 自分が人間に仕えるために生み出されたロボットだということだけは……。

 何故そのことだけを覚えているのか不思議だった。

 きっと、そのもっとも根源的な記憶は何があっても決して失われないようにボクは作られているのだろう。

 それからしばらくの間、ボクはそのようなことを考えながら空を呆然と眺めていた。

 だが、いつまでも倒れているわけにもいかないとふと思い立ったボクは、人間と同じようにつけられた二本の腕を駆使して立ち上がることにした。

 しかし自分の倒れていた場所がひどく凸凹していて、立ち上がるのにはひどく難儀をした。

 苦闘の末にようやく立ち上がったボクは首を左右に動かし、あたりを見渡す。

 そこには一面、自分と同じような姿かたちを持つロボット達の死骸と、廃棄されたゴミによって構成された海が広がっていた。

 その海は広大で、ボクのいる位置からでは果てを見渡すことはできない。

 ボクは、ああ……ここは役目を終えたロボット達と道具達の墓場なのだろうな、とまるで人ごとのように思った。

 また、墓場の色の割合は白と茶色が圧倒的に多かった。

 白色はロボットたちのもともとの色であり、茶色は風雨にさらされたために表面が錆びたためだった。

 その光景を見て、ボクはふと頭を下にもたげて自分の体や脚部をよく見渡してみた。

 幸い自分の体には目立った錆びや破損部は見受けられなかった。

 そのことを確認したボクは安堵した。

 どうやら、まだ廃棄されてからそう長い時間――いったいどれほどの時間で錆びるのかはわからないが――は経っていないらしい。

 そのことにいささか胸をなでおろした。


「ボクはこれからどうすればいいのだろう……」


 ひとり途方に暮れながら、ボクはそうつぶやく。

 記憶を失っているボクには、これをしなくてはならないという目標があるわけではないし、これをしたいという願望があるわけでもない。

 ボクの中は何処までもまっさらな伽藍堂だった。

 しばらくボクは自分の円筒状の頭部に内蔵されている頭脳を働かせ、ひとまずこの死骸とゴミの海から抜け出して遠くに見えている街らしき場所へと向かうことにした。

 そして、街についたら自分の創造主である人間を探そうと考えた。

 きっと、それが人間に遣えるために生み出されたボクが行うべき最も正しい道だと思えた。



「ようやく終点だ」

 ボクは円筒の顔に申し訳程度についている横一線の口から、そう独り言の音声を発した。

 あれから2時間25分16秒、ロボットたちの死骸とゴミの上を何度もつまずきながら移動し、今ようやく死骸の海が途切れている場所へと到着したのだった。

 ボクは目覚めてから初めて何かの上ではない、しっかりとした地面にゆっくりと足をついた。

 地面は当然のように平らで、凸凹はしていない。

 先ほどの場所と比べると歩きやすさは段違いだった。

 ボクはその当然の地面の平らさを少し楽しんでから、フェンスで囲まれているこの巨大な廃棄施設の出口へと向かった。

 出口の場所はあらかじめ見当がついていた。

 なぜなら、如何にもここが出入り口ですと主張している大きな標識がそこには掲げてあったからだ。

 そのかなり錆びついた標識にはでかでかと『産業廃棄物処理施設』と書かれている。

 その『産業廃棄物』という言葉にいささか傷つきながら、ボクは廃棄施設の出口の前に立ち、振り返って改めて自分が今まで歩いてきた死骸の山を見渡した。

 その瞬間、先ほどまでは全く考え付かなかったことが頭に浮かんだ。

 それは何故ボクは何体、何百体、何万体あるかもわからないロボットたちの中から一人だけ再起動したのだろうかということだった。

 ボクはその問いに頭をしばらく悩ませた。

 しかしすぐにやめた。

 それは、どうせ今のボクではこの問いに答えを与えることは到底出来そうにないと思ったからだ。

 ボクはその一抹の思考を終えると、ロボット達の死骸の山に背を向けて出口をくぐり抜けた。 

 そして、遠くに見えている街の建物群を目指し、植物に侵食されたアスファルトの道路を歩き始めた。


 02


 街に近づくにつれて、だんだんと嫌な予感がしてきた。

 そして街の入り口といえる場所につくとその嫌な予感は確信へと変わった。

 それは明らかに街に存在している数々の建物への手入れがなされていないことが、すぐに見て取れたからだ。

 多くの建物が植物に飲み込まれて、その色を美しい緑へと変えていた。

 又、建物によっては植物の根の力によって倒壊しているものもあった。

 窓ガラスは割れて飛び散り、道には雑草が生い茂っている。街はまるで廃墟同然の様相を示していた。

 これではとても人間が住んでいるとは言えないだろう……。

 だが、もしかしたら誰かいるかもしれない。

 ボクはそんな一抹の希望をまだ抱いていた。

 だからボクはその廃墟となった街に足を踏み入れた。

 しばらく街中を探索していると、時折何か動いているものを見かけることがあった。

 ボクはそのたびに心を躍らせ、きっと人だと期待し、その正体を確かめた。

 しかしその期待はことごとく裏切られた。

 それらの正体は、もともと野生に生息していたであろう鹿や狐、その他様々な生き物だった。

 呑気に草を啄み、ゆっくりと歩んでいる動物達を見るたびに、これではますます人が住んでいるとは言えないなと感じた。

 この街はもう探索するだけ無駄なのではないだろうか。

 そんな浮かんでは消える考えを努めて振り払い、探索を続行した。

 それから探索を続けること71時間30分32秒=約三日間が経過した。

 この街の入り口に到着し、人を探し始めたのが一昨昨日の昼頃だったので、お日様がボクの頭上を三周してまた同じ場所へと戻ってきたことになる。

 初めは曇っていた空も今ではすっかり晴れ渡り、何処までも広大な水色が広がっていた。

 そんな空を翔けていく鳥達を眺めながら、さすがに疲れたなとボクは思う。

 ロボットであるボクに体が疲れるという感覚はないが、それでも精神的な疲労は感じた。

 また、三日間歩き回って分かったことだけど、どうやら活動に必要なエネルギーについては問題がなかった。

 一向にバッテリーが減少する傾向はみられなかったし、ボクの胸の奥からは無限に等しい――無限などありえないが――エネルギーがあふれ出てくるのを感じた。

 いったいボクを動かしているのは何のエネルギーなのだろうかと考える。

 その疑問はきっとこの胸の奥にある何かを取り出せばわかるだろう。

 だがそんなことをしたらどうなるのか分からないし、あまり気が進まなかった。

 下手したら死んでしまうかもしれない。

 それは嫌だな……。

 それからしばらく、道の真ん中で呆然と立っていたボクの前に、それは突然現れた。

 それはボクと姿形が殆ど同じ白いロボットだった。

 ボクと違う点を挙げるとするならば、ボクに二対の脚があるのに対して、彼の脚部は一本の柱のような形状をしているという所ぐらいだった。

 彼はゆっくりとボクの正面に横向きへ伸びる道路を通過しようと進んできていた。

 人ではないことに多少落胆したが、それでもボクはようやく出会うことが出来た人間の形跡に心が躍った。

 はやる気持ちを抑えてボクはそのロボットの前まで歩き、話しかけた。

「こんにちは。少し訪ねたいことがあるのですが」

 ボクの声を聞いたロボットは一度その場へ停止し、今まで横を向いていた体や頭部をボクのほうへ向けた。

 そして、すぐにボクに対して返事をした。


「こンにちハ。ゴ用件をどウぞ」


 そのロボットの発する言葉のイントネーションには少し違和感を持った。

 もしかしたら、音声を発するためのスピーカーの調子が悪いのかもしれない。

 それとも言語野だろうか。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 ボクは一刻も早く目の前のロボットと会話がしたかったので、さっそく次の言葉を紡いだ。


「ボクは今から71時間40分11秒前に廃棄施設で再起動をしました。どうやら記憶に重大な損傷を受けてしまっているようなのです。ですから、ボクの状態を報告または修理することが出来る人間を探しています。あなたはそのことに対する情報を何か持っていますか?」


 目の前のロボットはボクの言葉をじっと聞いていた。

 その後35秒経過したのち、ようやく返事をした。


「そノ文章の意味ヲ理解しかネまス。廃棄施設ニ行くにハ、あなタかラ見て正面ノ道ヲ直進し、案内板ヲご覧くだサい」


 何処までも機械的で全く見当はずれな言葉が返ってきて、ボクは一瞬困惑してしまった。

 きっと、ボクの言葉をうまく聞き取れなかったのだろう。

 ボクは気を取り直して、先ほどと同じ質問をした。

 しかし、何度繰り返してもやはり帰ってくるのは先ほどと全く同じ文章だった。

 からかわれているのだろうか。

 それから、質問の5回目を言い終えたときとうとうボクは気持ちを抑えられず、彼に向けて怒りをぶつけた。


「ふざけてないで、ボクの質問に答えてください」

「質問の意味ヲ理解しかネまス」


 何だろうこのどこまでも機械的な返答は。 

 先ほどから違和感を感じていたが、これはどう考えてもおかしい。

 確かにボクの頭に知識としてインプットされているロボットとはこういうものだ。

 聞かれたことしか答えることが出来ず、自身の思考というものは持たない。

 だが、それならボクはいったい何なんだ?

 ボクも彼らと同じロボットだ。

 だけどボクは今こうして自分で思考している。

 人間に命令されたわけでもないのに、こうして目的をもって行動している。

 自分の意思を持って動いている。

 そこまで考えて「ああそうか」とようやく自分が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。

 このロボットがおかしいのではなくて、ボク自身が異常なのではないだろうかと。

 この世界のロボットはもともとボクのように思考することはなく、自分で何か目的を作ってそのために行動などしないのではないかと。

 ボクは目覚めたときには初めから自我――これを自我と言っていいのかはわからないが――を持っていた。

 それに記憶がなかった。

 だから当然、ほかのロボットたちも自我?を備えていると考えた。

 それがそもそもの過ちだったのだろう。

 ようやく謎が解けたボクは、目の前にまだ停止したままになっているロボットに向けて言った。


「ありがとう。もう大丈夫です」

「お役 ニ……」


 そこまで音声を発して、彼はその先の音声を発さなくなった。

 いまのボクとの会話で、故障していた場所の状態がさらに悪化してしまったのだろうか。

 彼の言葉を奪ってしまったボクは、彼に対して申し訳ない気持ちになった。

 それから彼はボクの要件が済んだということを確認したのか、それとも今言おうとしていた文章をすべて読み上げたのか、先ほど進んでいた方向へと体を回転させてまた進行を始めた。

 地面をタイヤで移動する音が聞こえてくる。

 ボクはその姿を呆然と眺めていた。


 04


 あれからさらに25時間19分54秒の間、街の隅から隅までを探索しつくした。

 計97時間10分29秒の探索の末得た結論から言うと、やはりこの街に人間はいなさそうだということだ。

 途中また別種の案内ロボットと幾度か遭遇し、同じように会話を試みたが、やはりそれも前回と同じ結果になった。

 そのことで、ボクは昨日得た結論が正しいということをより一層確信した。

 ボク以外のロボットは皆、自我? を持っておらず自ら思考をしないのかもしれないという結論を。

 もし人間が見つからなくても、他のロボットと会話ができると考えていたボクは、それが叶わないかもしれないと知った途端、急に心細くなった。

 一刻も早く人間と、そうでなくても会話を交わせる者と出会いたいと強く願った。

 一人ぼっちは嫌だった。

 ひどく寂しかった。

 草に侵食されひび割れた道の真ん中で、沈みゆく夕日を眺めながらそう考えていたボクは、ふと背後に何者かの気配を感じた。

 そしてその気配はボクの聴覚センサーが捉えた音により、何かがいるという実感に変わった。

 その音は人間が歩行する際に発する音に酷似していた。

 ボクの願いは神様に届いたのだろうか。

 大きな期待を込めて咄嗟に振り向こうとした。

 だが、それは叶わなかった。

 それは振り返る前に、ボクは背後にいる何者かに頭部を殴られたからだ。

 「ボコッ」という鈍い音が聴覚センサーに届く。

 その音を聞いた次の瞬間にボクは、前に倒れた。

 ボクはひどく混乱した。

 いったいこの状況はどういう事なのだろかと。

 現状の理解をしようと頭を働かしている間も、倒れたまま動けないでいるボクの体を、背後にいる何者かは何度も無慈悲に殴りつけた。

 そのたびにまた先ほど聞いた鈍い音が鳴る。

 ボクに痛覚センサーは付いていなかったので、痛みを感じることはなかった。

 しかし、それでも自分の体が徐々に破壊されて行くのは嫌で仕方がなかった。

 それはとてつもないストレスを伴った。

 それから20回ほどボクのことを殴っただろうか、その何者かは殴るのに飽きたのか、突然静かになった。

 その後一瞬の静寂が訪れた後、正体不明の何者かは乱暴に足音を鳴らしながら遠くへ離れて行った。

 いったい今のはなんだったのだろうか。

 少なくとも何か物を使ってボクのことを殴ったのだから、知性のない動物ということはないだろう。

 それに足音からして二足歩行だった。

 もしや人間だろうか。

 いや、その可能性は低いだろうなと思った。

 人間がボクのことを襲う理由がない。

 暴走したロボットならありえるかな、と考えた。

 ひとまず、ボクは自分の被害状況を確認することにした。

 大きな被害としては腕を片方へし折られ、後頭部に凹みができていた。

 それ以外にも細かい被害はたくさんあったが、その部分に関しては大丈夫そうだ。

 腕を折られてしまっては立ち上がるノに一苦労だな、と他人事ノように思った。

 あれ、思考がうまク働カない。

 ボクは頭部に受ケた打撃がまずかっタのだと遅れて悟った。

 徐々に意識が薄レて行く。

 結局誰とモ出会ウこトが出来ナかったナ……。

 どうせなら一度でいイから誰かと会イたかった。

 一人で死ぬノは嫌ダな……。

 目の前が次第ニ暗くなっていく。

 そシてボクは、イシキを失ッタ。

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