第三話 夕飯はサイゼリヤで

「んぐむごんぐむ」

「なに言ってんだ。飲み込んでから話せ」


 時刻は午後九時半。あの後溝の口に帰ってきた僕は、船江を誘って近場のサイゼリヤに夕飯を食べに来た。断られるかと思っていたけれど、どうやら船江も腹は減っていたようで二つ返事でついてくる。二子玉川に行くときは全く興味を持たなかったのに。


「それで? 収穫はあったのか?」

「んぐっ……あった。まずはチラシ。昨日燃やしたやつと同じものをもらってきた」


 僕は鞄から四つ折りの紙を取り出して料理の横に置いた。鞄を開けた瞬間、船江の眉間に皺が寄ったが彼は何も言わない。船江はそれを汚いものを持つように指で摘みあげるとしげしげと眺めた。


「普通のチラシだな。おかしな点は何も見当たらない」

「船江が視ても何もない?」

「あぁ。呪術的な痕跡はな。情報と言えば、勧誘部の連絡先くらいか」


 やっぱりか、と僕はコップに刺さったストローを咥えてオレンジジュースを啜った。チラシを配っていたあの青年からはそんなに嫌な感じがしなかった。あの山火さやからも悪意を感じたわけではないけれど、雰囲気とかそういうものが明らかに違う。


「それで? これだけじゃないだろ。さっきから鞄からなんか出てるぞ」

「えっ、マジで」

「煙……いや、違うな。なんだそれ。残骸か?」


 鞄からあの哀れな護符だったものを取り出す前から船江に言い当てられた。やっぱりこいつは僕とは比べ物にならないほど勘も頭も知識もある。僕は護符のなれの果てを船江に手渡してからペペロンチーノを頬張った。


「ほー……こんな酷い呪障は久しぶりに見た」

「第三版持って行ったんだけど、ダメになっちゃった」

「よっぽどの呪いだったんだな。まともに浴びてたら死んでた」


 事も無げに言い放ち、船江もミラノ風ドリアを口にした。やっぱりそんなやばかったのかと背筋が寒くなる思いだ。


「しかし……これは憎悪じゃないな。関心、でもないな。興味か?」

「え、視て分かるの?」

「ある程度はな。ここまではっきり呪障が残ってるなら観察すれば何かしら残ってる」


 へえ、と返事をしても船江の視線は帰ってこない。よっぽど呪障が面白いのか、僕に気を向ける余裕はないらしい。


「興味の対象は、お前だ。しかも随分新鮮な感情だからここ最近で気になった、と考えるべきだな」

「そんな変な事してる自覚ないんだけど」

「呪術を使うような連中からすればうちの事務所は異端だぞ」

「それもそうか」


 はあ、とため息を吐いても事態は好転しそうにない。面倒に巻き込まれたことに頭も体も重くなるようだ。





 そもそも、現代日本の影にはびこっている呪術というのは妖怪や幽霊などの怪異を退けるために発展したものだ。退魔の技術や怪異から身を守る術が現代に受け継がれている。

 対して、僕が所長を務めている西萩相談事務所はその怪異を保護するためにある。現代呪術とは対極にある存在で、困っている妖怪たちを助ける場所として設立されたのだ。分かりやすいように、例え話をしよう。





神隠しがこの溝の口で起きたとする。原因は廃れた神社の奥にある地蔵に、子供が気まぐれで供え物をしたことだ。術者も僕たちも、とりあえず子供を探すことを優先する。当然人命が大事なのでここは譲れない。違いがあるのは、子供を見つけた後だ。僕たちは子供を見つけ、親御さんのところへきちんとお返しした後、その地蔵のところへ行く。寂しかったから連れてきてしまった、と反省の色が見えたならそれ以上のお咎めはなし。今度から僕たちが定期的に会いにくるから子供を攫うのはやめてくれよ、と話をして解散。それで終わりだ。


だが、術者は違う。彼らは、たとえその地蔵が悪鬼でなくとも“人に一度でも害を与えることがあるならば”すぐに消しに来る。除霊だか退魔だか、僕はそんなに詳しくないから分からないけれど、何らかの方法でその地蔵は消滅だ。ご神体も取り壊され、その周辺は人払いをして怪異の存在そのものを跡形もなく消してしまう。


 だが、妖怪たちはそんなに悪い奴じゃない。確かに、たまに悪さこそするけれどそれは昔からあったことだ。面白い奴だってたくさんいるし、それこそこの前ののっぺらぼうみたいに現代に溶け込んで生活している妖怪だっているのだ。日本の歴史にはいつだって怪異が寄り添ってきた。過去の文献にも幾度となく記載がされている。だから僕たちは彼らと一緒に過ごしていきたいし、そんな生活を守りたいと思っているのだ。


「しかし、お前も妙なのに目を付けられたな。ここまで力のある術者なんてめったにいないぞ」

「あ、それなんだけどさ。その術者ってのになんか心当たりあって」

「心当たり?」

「うん。最初に呪詛付きのチラシ配ってた女の子。今日たまたま会ったんだ」

「女か。どおりで残滓が陰くさいと思った」


 ふん、と船江が鼻を鳴らす。陰くさいってどういう匂いだよ、と思ったがその疑問は胸の内にとどめておくことにした。


「その女の子がさ、山火さやって名乗ったんだ」

「山火……? 確かそれは希望の日の出の教祖じゃないのか」

「やっぱりそうだよね? 一瞬僕の記憶違いじゃないかって思ったけど、船江が言うなら間違いないか」

「教祖の名字を語り、呪術を使う女か。ますます怪しいな」

「怪しいって何が」

「例の人外集団失踪事件だ。やはりそいつが何か知っている可能性がある」


 そう言いながら船江が椅子から腰を上げた。神妙な顔つきに、僕は思わず生唾を飲んで聞いた。


「船江、どこ行くの」


 船江は立ち止まりじっと僕を見て、ただ一言だけ放った。


「ドリンクバーだ」

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