人形少女6
ホリホック 花言葉は大望、野心、気高く威厳に満ちた美。和名はタチアオイ。
6月14日(火)
永田警察署 留置場
「紫陽あずさ、出ろ。お前に会いたい方がおられるそうだ」
なずなは独房から出され、看守についていくように言われた。
面会だろうか? しかし今自分に会いに来る人などいないだろう。拘束されているはずの母親は来ないだろう。それなら一体……。などと考えていると、留置所の外に出た。
そして車に乗るように言われたが、そこにあったのは護送車ではなく、黒塗りの高級車であった。
「え、これに乗るのですか?」
「ああ」
看守は不機嫌そうに答える。
「分かりました」
そう言ってあずさは、車に乗り込んだ。その中にはすでに運転手以外に豪華なメイド服のような衣装を着た美しい黒髪の女性が座っていたため、あずさはその反対側に座った。すると車は動き出し、留置場の外の道へと出て行った。
車の内装は紫陽建設が用いている来賓用の車よりも豪華な内装であった。
車が動き出してしばらくすると、あずさの向かいに座っていた女性が口を開いた。
「初めまして、紫陽あずさ様。わたくしは南方椿。あなたの案内役を承っております」
「よ、よろしくお願いします」
突然、口を開いた彼女に驚きながらもあずさは答えた。
「あずささん。あなたは罪を犯した。そうですね」
「ええ、そうね。世間一般には犯罪と呼べることをしたわね。殺人とか誘拐の依頼とか」
「つまりあなたが心から求めたことをしたということ?」
あずさは今、犯罪者となった自分に対してこの女性は何を聞こうとしているのか分からなかった。
「ええ。まあそういうことになるのかしらね」
「そう……。それならあなたには資格がある。女皇陛下がお呼びです」
車は東京城の本丸へと向かっていた。
クローバー 花言葉は私を思って、幸運、約束。
東京城天守内
東京城。かつて江戸城と呼ばれていた城の天守は1657年に明暦の大火で焼失したのち、江戸時代のうちに再建されることはなかった。
しかし幕末期の1868年に発生した慶応の大火及び1923年の関東大震災により壊滅した江戸の復興と東京に地名を改称する記念として、1928年に東京城の天守を再建。東宮の居城となった。
太平洋戦争における天守被弾などの被害を受けたりもしたが、2代目天守は皇歴100年記念の天守新造計画により取り壊されるまで用いられた。
そして現在の3代目天守は皇歴105年に完成した。天守の二重目まではこれまで同様の黒い漆喰の塗られた入母屋造の構造物で、その上には全面ガラス張りのビル状構図物が54階まであり、その上に2重の望楼が付けられた形になっている。
合わせて56階建ての天守であり、また地下フロアも存在するという、世界に類を見ない現代型の天守となっており、日菊国内でもトップクラスの高さを誇っている。
天守内に入るとすぐに目についたのが、東宮タワーハイツにも使用されている高速エレベーターであった。建造したのが同じ紫陽建設ということもあってか、似たような部分を見つけることが出来た。
椿が54階のボタンを押すと外の映像が映し出された。グングンと上がっていくエレベーターに合わせて小さくなっていく東京の街。タワーハイツから見る景色とは異なる、日菊の中心から見る街の景色にあずさは圧倒されてしまった。
エレベーターが54階に着くとそこはエレベーターホールのような場所であったが、「大広間」と記された札の下にある扉を開けるとそこには、畳と襖で構成された前室があった。
2人とも
「陛下、紫陽あずさ様をお連れしました」
椿が女皇に対してお辞儀をしてから語り掛ける。
「ご苦労様。初めまして、ではないのよね。あなた、コスモス女学院の生徒なんでしょう」
近くで見て改めて感じたのは、幼い見た目をしているが、彼女の放つ覇気は本物であるということであった。そんな彼女が、なずなに向かって話し掛けてくる。あずさの体は緊張でガチガチになってしまっていた。
「そんなに緊張しないで頂戴。あなたを呼んだ理由を言わせてもらうわ。あなた、人間を使って人形を作っていたのよね」
ここにきてそのような話が、女皇自らの口から話されるとは思っていなかったあずさは、驚いてしまった。
「は、はいっ」
「で、その人形を作るのに参考にしたのはこの本よね」
女皇の小さな手には似つかわしくないサイズの本『人体改造総合論』が握られていた。
「はい」
「その著者があなたをお呼びよ」
そう言うと薄暗かった部屋が一段と暗くなり、部屋の両側に一本ずつ光の柱が現れ、次第にそれは人の形をとった。
「初めまして、あずささん。私が『人体改造総合論』を書いた金山四葉こと東京城のマザーコンピューター、クローバーよ」
光の柱のうち左に現れた金色のロングヘアの女性のアバターがあずさに語り掛けてきた。
「あなた凄いわ。まさかあの本の内容を理解して、
「華装麗機……って何ですか?」
「感情エネルギーをエネルギー源として起動する強化外装ってところね。一般人でも運用出来る人はいるけど、肉体への負荷が大きすぎるの。それをあなたが作ったような機械化した人間が運用することによって負荷を感じることなく運用することが出来るようになるのよ」
「でもなんで犯罪者の私なんかを呼んだのですか」
それが役に立つ技術だったとしても、それを作る技術者が犯罪者であるというのをあずさは納得できなかった。
「理由としては二つ。一つ目は、この技術を理解出来る者はかなり少ないであろうこと。そしてその中でも、あなたは実際に作ったことがある。二つ目に、私の右腕が欲しいから。プログラムである私は現状、機械経由によって施術を行うことは出来るけれど、体を持たない私には出来ないことだってあるからよ。どうかしら悪い話ではないと思うわよ」
「あ、そうだ。紫陽あずさ。あなたが彼女の下で働くのなら、恩赦として無罪とするわ。あなたの母親も、もうすでに私から警視庁に対して拘束解除を提言しているわ。御用達の建設会社の不祥事を大事にしたくもないしね。あと……」
女皇はクローバーとは異なるもう一本の光柱を見やる。
「松村なずなの遺体を警視庁から拝借させていただきました。復魂作業も完了しています」
部屋の右側に現れたもう一つの光柱、ショートヘアの栗毛の女性のアバターを持つもう一つマザーコンピューター、ホリホックが女皇に対して語り掛ける。
すると、使用人がなずなの遺体を台車に乗せて入ってきた。
「なずなさん!? どうしてここに?」
あずさは動かないなずなに駆け寄った。
「彼女は魂を戻しさえすればあとは起動可能な状態だったわ。ということで、復魂して華装麗機もセットしておいてもらったわ。あとは起動するだけよ。あずささん、私の右腕になってもらえるのならば、彼女の横においてある起動用スイッチを押して頂戴」
クローバーは決断を迫ってくる。だがこの決断に拒否権もない。こんな重大な話を聞いたのだ。ただで返される訳もないだろう。だが、迷いはすでになかった。この契約に応じた時点で、自分は犯罪者ではなくなる。そのうえ、なずなを永遠の存在として蘇らせることも出来る。あずさは起動スイッチを押した。
すると、なずなは台車の上で体を起こしてから、周りを見渡し、あずさを見つけると飛び付いてきた。
「あずささん! また話せてうれしいわ。貴女の作った体で私は生きていけるのよ。それに見て」
華装麗機「
そういってなずなは、華装麗機を展開した。すると、彼女の体は不定形の液体のようになった。
「こんな凄い力ももらえたの。本当にありがとう。あ、あと私のことはシェパーズパースって呼んでもいのよ。これが今の私の体の名前なんだから」
華装麗機を停止した彼女は元の姿に戻り、まだ名乗りなれない自分の新たな名を、照れ臭そうに頰をかきながら名乗った。
「いいえ、遠慮しておくわ。あなたは何があってもなずなのままよ」
* * *
「彼女たちはこの結末に満足することが出来たのね。感情に導かれるままに、満足することが出来ない世界など要らないわ。あなただってそうでしょう?」
日菊皇国女皇、黒松百合栄は誰に言うでもなくそう呟いた。
錯愛リリスファクション 人形少女(完)
人形少女 アハレイト・カーク @ahratkirk83
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