人形少女5

ライラック 花言葉は誇り、美。リラとも呼ばれる。本来「紫陽花」の字があてられていた花とされる。

5月29日(日)

警視庁本部庁舎内 府内少女連続失踪事件捜査本部


「紫苑係長。コスモス女学院の生徒が行方不明になっているそうです」

「何ですって!?」

 コス女生が被害に遭ったということはMLFも本気を出してきたということなのだろうか。

「被害に遭ったのは、3年A組の生徒、華咲夜子さんです。彼女は、特別区内の寮で暮らしていたみたいです。被害に遭ったと思われるのは下校中。今回も目撃証言はありません。また、行方不明になったと考えられる期間中、特別区内に男性が入った記録はありません」

「ということは、MLFが犯人の線は無いということ?」

「帰宅中に特別区外に出た時に被害に遭った可能性はまだありますが、可能性は低いかと」

 東宮特別区は男性の立ち入りが原則禁止とされており、周囲には皇宮警察による警備が敷かれている。また8年前に起きたコスモス女学院爆破テロ事件以降は特別区付近上空の飛行の禁止、対空ミサイルなどによる防空システムの構築により、MLFが特別区に侵入することはほぼ不可能とされていた。それゆえに、特別区以外での犯行でない限り、MLFによる犯行の可能性は限りなく低いものとなっていた。

「皇宮警察からは、特別区外に出た不審な人物や車両はいないとのことです」

「特別区内での犯行であれば、少なくとも被害者は区内にいるということね」

「そうなります。しかし、区外から被害者を連れてきていた場合は確認できない状態でしたので、皇宮警察には検問を敷くことを提案しております。情報省は被害者のデータベースをあたって容疑者の絞り出しを、我々は監視カメラの映像から被害者の少女が区外に出ていた可能性からMLFに繋がるかの調査に当たります」

 実際、紫苑たちが出来ることは監視カメラの映像を使ってMLFのアリバイを探す以外になかった。それが直接犯人逮捕に繋がるわけでもないため、紫苑にとってはMLFが関与しているという限りなく低い可能性を調査し、かれらの無実を自ら証明するということになったのである。

「わかったわ。映像解析、よろしく頼むわね」

「はい。……紫苑さん、そんなに落ち込まないで下さい。今回は元から分の悪い勝負だったんですから」

「分かってるわ。大丈夫よ」

「分かりました……。それでは失礼します」

 婦警はそう言って部屋を出た。

瑞香みずか、どうしてこうなっちゃうのかなぁ。私、頑張ってるのに」


ワサビ 花言葉は目覚め、嬉し涙。かつては和佐比と書かれた。

東京城北の丸 東京国会議事堂前


なずなは母親からの呼び出しを受けて、東京城内にある東京国会議事堂に来ていた。

 東京国会と呼ばれているのは、京都の二条城内に京都国会が存在するためである。

 京都国会は天皇派・男性派閥中心の国会で参議院が置かれている。

 一方の東京国会は、女皇派・女性派閥による衆議院が置かれており、現在は衆議院の優越の存在によって、京都国会は形だけの存在となっている。

 議事堂内は、東宮特別区内に入ることが出来る者であれば自由に見学が可能となっているため、なずなもこうして議事堂前に来ることが出来た。

「ごめーん、なずなー。ありがとね」

 荘厳なこの場に相応しく内、やけにのほほんとした声が議事堂の出入口から聞こえてきた。その声の主こそなずなの母にして国会議員である松村和佐であった。今日は日曜日ではあるが、緊急の会議の準備があるらしく、突然国会に行くことが決まったらしい。

「もおっ、お母さん。財布忘れるなんて。しかもそれを娘に持って来るよう頼むだなんて、どうかしてるわ」

 なずなは、わざわざ休日に2時間程電車に揺られて茨城から東京にまで来させられたのだ。怒るのも当然のことである。

「でもなずなぁ。あなた、今まで国会に来たことなかったでしょ。一度くらい来てみても良いじゃない。折角特別区にすんでるんだし、お母さんが働いてる場所なんだからさぁ」

「それとこれは別。もうっ。先帰ってるからね」

「はーい。ありがとうねー」

 なずなと和佐はそう言い合って別れた。和佐は再び議事堂内に。なずなは家へと帰るために国会の最寄り駅である東京市営地下鉄の「東京国会前」駅に向かって城外に出た。

 駅までもうすぐという所で、なずなは路地から現れた三人組の黒服の女性たちによって路地に引きずり込まれ、気を失わされてしまった。


サザンカ 花言葉は謙遜、愛嬌、困難に打ち克つ、ひたむきさ。

東宮タワーハイツ 8009号室 あずさの自宅


 頭の中でノイズ音が鳴り響いていた。その音は不安になる様な、心が落ち着く様な不思議な音であった。その音は遠くから響くようなあずさの声によってかき消された。

「おはようございます、なずなさん」

「う、うう。あずささん? ここは一体?」

 なずなは目を覚ますと、薄暗く薬品臭い部屋でベッドの上に寝かされていた。

「私の家の……、ああ、この部屋のことは教えていませんでしたね。ここは人形を作る場所よ。なずなさん、貴女に私の作った人形たち、見せてあげるわ」

 ごおんと音が鳴り響き、なずなが寝かされていたベッドが起き上がる。なずなはその時初めて、自分がベッドに金具で固定されている事に気づいた。そして、ベッドが完全に起き上がるとともに、なずなの正面にある壁周りの照明が灯った。そこには、およそ人形には見えないほど生々しいものが8体飾られていた。その中には理科室で見るような筋肉が丸出しになったような物もあった。

「なに……? これ……」

「この本に記された究極の人形を作るための試作として作った人形たちよ」

 あずさが持っていたのは『人体改造総合論』というタイトルの分厚い本であった。

「この本には、人間を新たなステップに進めることができる、究極の人体改造術が記されているわ。これを完成させられれば私たちは感情・生命など、私たちの内にある実体の無いエネルギーを、魔法の様な形で実体に干渉できるエネルギーとして用いることが出来る身体に変えることが出来るはずよ」

 あずさはこの究極の人形によって得られるメリットを嬉々としてなずなに説明してきた。しかし、なずなはあずさの説明を全く聞いてはいなかった。

 一体彼女はいつからこんな凶行に及んでいたのだろうか? 人間を攫って殺し、人形と呼び体内を弄ってから飾るなど正気の沙汰ではないだろう。そもそも、この部屋が彼女の家の中だというのなら、ここは母親に頼んで作ってもらったということなのだろう。即ち、彼女の母親、そして紫陽建設が協力して起こしている凶行なのだろう。

「なずなさん。聞いているかしら?」

「え、ええ」

 体の自由は完全にあずさに奪われているのに、なずなは不安一つ感じなかった。むしろ落ち着き払って、この事件の全容を探ろうとしていた。恐らくこれから殺され、人形にされるというのに。むしろそれを望んでいるような気さえした。

「そしてね、なずなさん。私は遂に究極の人形を作る技術を得たの。だからこそ。だからこそ私のお気に入りである貴女を、私の最高傑作として。究極の人形として永遠のものとしてあげたいの。わかってくれるかしら?」

  あずさはなずなに不安げに問いかけた。しかしなずなは、落ち着き払った様子で答えた。

「ええ。私は構わないわ。むしろ私を選んでくれて嬉しいくらいよ。貴女みたいな人と一緒に、これからもずっと……」

「ありがとう。なずなさん。ずっと一緒よ」

 あずさが嬉し涙を浮かべながらそう言うと、縦になっていたベッドが横向きに倒れていった。倒れ切ると、あずさはなずなの口元にマスクを取りつけ麻酔吸飲が行われた。薄れゆく意識の中でなずなは再びあのノイズの音を聞いた。


マツ 花言葉は不老長寿、哀れみ、慈悲。

6月1日(水)

皇立コスモス女学院 華道部室


「なずなちゃん、どうしちゃったのかねぇ」

「そうね。彼女入部してから今まで活動を休んだことないのよねえ」

 茶道部の先輩たち二人はいつまで経っても姿を現さないなずなを心配していた。

「一日くらい休む日だってあるだろ。きっと風邪か何かだよ」

「貴女ねえ。まあ、彼女のことだしきっとすぐ良くなるわよ」

 嘉賀茅は残念そうにお菓子の入った袋を持ってくる。

「折角今日は美味しいシュークリーム、買ってきたのになあ」


ツバキ 花言葉は控え目な優しさ、誇り。

6月9日(木)

警視庁本部庁舎内 府内少女連続失踪事件捜査本部


「紫苑さん。情報省から連絡です。今回の犯人が分かった、と」

「本当に!? 読みなさい」

 紫苑は周りの物に逮捕の準備をするよう目で合図を送る。

「は! 被疑者は紫陽建設の令嬢、紫陽あずさ。そして、紫陽建設社長であり、あずささんの母親である紫陽蕾羅。彼女の命令で紫陽建設は一丸となって誘拐に加担していた模様です。また、どうやら今回の行方不明者は華咲さん以外はあずさ被疑者とかつて同じ学校に通っていたようです。そして今回、行方不明になっている松村なずなさんは被告の同級生です。おそらく彼女も被害に遭っていると考えられます」

「分かったわ。私と1班は紫陽あずさ被疑者の確保及び家宅捜索。2班、3班は紫陽蕾羅被疑者の拘束と紫陽建設の捜索。残りは、宮内省・情報省・皇宮警察に連絡。裁判所に令状の発行を依頼しなさい。松村さんの命がかかってるわ。みんな、行くわよ」


     *   *   *


 紫陽あずさ被疑者はコスモス女学院から帰宅中、逮捕・監禁罪によって緊急逮捕された。

 その後行われた彼女の家宅捜索によって、松村なずなを含む9人の少女の防腐処理が施された遺体が展示されるように保管されているのが発見された。

 遺体の状況としては最初期に誘拐されていた少女3人の遺体はひどく損壊しており、初めの2人の遺体は腐敗によるものではなく、人の手による外傷の方が多かった。

 後半の4人の遺体に損壊はほとんど見られず、そのうち最後の被害者、松村なずなさんの遺体から腐敗は確認されず、状態も生きているのと変わらなかった。しかし、心臓以外の臓器や骨格に及ぶ身体のほとんどが人工物によるものに置き換えられていた。

 なずなさんは容疑を認めており取り調べ後、留置場に送られることとなった。

 一方、紫陽建設側でも誘拐等の証拠が発見されたため、紫陽蕾羅社長の拘束と書類送検が行われた。

・追記

 特別捜査官、紫苑による交霊操作により松村なずなさんと思われる霊との交信に成功。被疑者との関係は良好であったとされ、殺害時に抵抗はしなかったことが分かっている。

その他の交信内容は現在調査中である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る