人形少女4

シクラメン 花言葉は遠慮、内気。和名はカガリビバナ。

5月2日(月)

警視庁本部庁舎内 府内少女連続失踪事件捜査本部


「紫苑係長、大変です。先日、また新たに行方不明になった少女が出たみたいです」

 紫苑の部下である婦警が部屋に駆け込んできた。

「MLFとの関係性は何か見つかった?」

「いえ。証拠一つ残さず連れ去ったみたいで。あと、被害者は通学中に連れ去られたみたいです」

 通学中に連れ去られたということは、それを見ていた者もいる可能性があると踏んだ紫苑は婦警に尋ねる。

「ねえ、目撃者はいなかったの」

「それが全く。情報省からの連絡もない以上、現状お手上げ状態です」

 紫苑はそれを聞き不満げな顔をして呟く。

「直接MLFを叩いてしまえばすべて解決するのに、なぜダメなのかしら。彼らはテロリストの集団なのよ。なのになんで……」

「宮内省からの通達があったじゃないですか。MLFに対してはこちらから手を出すなって」

 紫苑もそれはわかっていたが、女皇のその考えを理解出来なかった。

「分かってるわ。はぁ、今日も進展無しかしらね。それじゃあ、引き続き捜査をお願いするわ。何かあったら連絡、お願いするわね」

「はい。了解しております」

そう言って婦警は自分の席に向かった。それを見届けてから紫苑は呟く。

「MLFめ、一体どんな方法で少女たちを……。絶対に壊滅させる糸口を掴んでやる」


タンポポ 花言葉は愛の神託、まごころの愛、別離。

皇立コスモス女学院 廊下


あずさは昼休憩の時間、トイレの帰り道にある1年A組の前を通り抜けようとしていると、不意に教室のドアから出てきたA組の生徒にぶつかってしまう。

「あら。ごめんなさいね」

「ふ、ふひひ。ご、ごめんなさい。ふひひ」

 あずさは丁寧に謝るが、ぶつかって来た生徒はにやけながら謝罪のような言葉をを述べて、誰かを追うように歩いて行ってしまった。

「ふうん。A組にも面白そうな子はいるのね」

 彼女の様子が気になったあずさは、彼女の後を追うことにした。

尾行してわかったのは彼女は一人の生徒を追っていることである。あずさはその生徒をどこかで見たような気がすると思い、思い出そうと考え込んだ。

「ふひひひひ。あんたもたんぽぽが気になるのか? そうだよなぁ。あの誰にでも分け隔てなく優しいところ。まるで地上に現れた天使みたいだよなぁ。なぁ。ふひひひひひひ」

 ぶつかった生徒が突然背後に回って話しかけてきた。どうやら尾行はばれていた様だった。

「そ、そうなの? あなたが誰かを追っているみたいだったから、気になって付けていただけなのだけれど……。彼女、名前何だったかしら?」

 ばれていたのなら隠す必要もないと、正直に問いかける。

「ん? たんぽぽさんの名前は西村たんぽぽだぞ。そんなことも知らないのか? ふひひひひひ」

 何となく失礼に返された気がするが、あずさは聞かなかったことにした。西村たんぽぽ。入学試験の学科試験ではあずさとあんずの間に着けてきた少女であった。彼女はタワーハイツではなく、自宅から通っていることもあり顔で思い出すことが出来なかった。

「もうっ、かおりちゃん。また私を追っかけてたでしょう。……あ、紫陽さん。月下つきしたさんが何か失礼なことしませんでしたか」

 背後に付いてくる者の存在に気付いたのか、たんぽぽは振り返ってこちらにやってくるが、ぶつかった生徒、月下香以外にもう一人いたあずさの姿を見つけ、とっさに名前を思い出して謝罪してきた。彼女が周りに好かれる要因の一つに一瞬でも相手の名前と顔を見てさえいれば忘れないところにあった。

「ふひひ。私、彼女にぶつかったぞ。ふひひひひ」

 たんぽぽの問いかけに香自身が答えた。

「ああ、それならもう謝ってもらっているから大丈夫よ。それじゃあね、西村さん」

 そういって、あずさは自分の教室へと戻った。ストーカー気質の香と、それに対して友人のように付き合うたんぽぽ。二人の関係はまるで信仰とも呼べる関係なのだとあずさは思った。


チューベローズ 花言葉は危険な関係、危険な快楽。別名はゲッカコウ。

5月7日(土)

東宮クイーンズホテル 大ホール


 この日、なずなは母親に政府関係者の晩餐会に同席するように言われ、東宮特別区の中にある最大の皇立ホテル、東宮クイーンズホテルにやってきていた。

 母、和佐としては自分に国会議員を継いでもらおうと思っているのか、このような食事会があるたび娘を連れ込んでいた。

 一方のなずなは、初めのうちは大量の豪華な料理を無料で食べられるともあり、大変満足していた。だが母の思惑に気付き始めたあたりからは純粋に喜ぶことはできなくなっていた。

 母の言いなりになる、そんな人形のような人生を嫌ったのだ。だが今もこうしてここに来て、母に言われたとおりの学校に入った。つくづく自分は我のない女だなぁと思い、そんな自分の対極に立つ、母のさらに上を行こうとしているあずさの顔を思い浮かべながら、会場に置かれた数々の料理を平らげていった。

 周りの議員たちは驚いていたが、和佐だけは娘の上品とは言い難い食いっぷりを見て「あらあら」とだけ言ってにこにこ微笑んでいた。


ナナカマド 花言葉は慎重、賢明、私はあなたを見守る。

5月8日(日)

東京府産業会館 第一ホール


なずなが晩餐会の食事を食い荒らした次の日、あずさは黒松女皇家御用達の企業が集まって行われるシンポジウムに母、蕾羅とともに参加していた。

このシンポジウムでは今後の製品造りの方針を他の御用達企業と話し合ったり、製品の一般への売り出しなどについて議論が交わされていた。その中には、紫陽建設に加えて、千曲ビルディングも参加していた。両者の関係は、建設担当の紫陽建設とその企画と管理を千曲ビルディングが請け負うという関係であった。それに、社長である、麗子と蕾羅同士の関係も良く家族ぐるみの交流もよくあったため、あずさとあんずの仲は良かった。

「あずささん、この間はすいませんでしたね」

「いえ、いいわよ。それより、彼女、どんな娘なのよ。かがりさん、だったかしら?」

 あんずが相手のことを下の名前で呼ぶのだ。ただの友人ではないと踏んで問いかけた。

「ええ。ちょっと抜けたところもあるけれど、とっても優しくていい子よ。あ、別に好きだとかそんな関係じゃないのよ。それよりあなたには、そんな感じの仲よくしている娘、居ないのかしら?」

「そうねぇ。私はお気に入りの娘ならいるわよ。なずなちゃんっていう国会議員の娘でね。とっても可愛らしいのよ。あんな逸材そうそういないわよ」

「そ、そうなの……」

 あんずは突然、恍惚とした表情でなずなの事を語り始めたあずさに、軽く引いてしまった。

「あずさ。こっちに来て。神津商会の社長さんがあなたと話がしたいって」

 蕾羅があずさを呼び出したため、あずさはあんずに会釈だけして去っていった。

 あんずはあずさの狂人の取る様な表情に恐怖を感じた。

 これ以上話しが続かなかった事に安堵しながら、あんずも麗子の元へと戻ることにした。


ユリ 花言葉は純粋、無垢、純潔、威厳。

5月12日(木)

皇立コスモス女学院 1‐S教室


 6時間目の化学の授業が終わり、化学教師の七竈萌子が教室を出てから、担任が来てホームルームが始まるまでの間、1年S組の生徒たちはそれぞれ席を立つなどして、それぞれの話し相手などと話し合っていた。

 そしてその中には、なずなの席にまで話しに来ているあずさの姿があった。

「なずなさん。茶道部はどうなの。楽しいかしら?」

「うん、先輩たちは優しいし、美味しいものも食べられますし」

 実際、先輩は二人と少ないが、その分部員の関係は深いものとなっていた。

「そう言えばなずなさん。最近頭痛がするのよ」

「え? 大丈夫なの」

 なずなはあずさの言葉に驚いて席を立った。

「ええ。その痛みはすぐ無くなるのよ。でも、痛い時には何か頭の中からザーって音が聞こえてくるのよ。その音を聞いているとね……」

「はーい。皆さん、ホームルーム、始めるわよ」

 教室の扉が開かれ、担任のアマリリスが入って来てそう告げた。生徒たちは自分の席に戻っていった。

 勿論、あずさも自分の席に帰ったが、終礼後にさっきの話を詳しく聞こうとしても、あずさはその先を話そうとはしなかった。


キク 花言葉は高貴、高潔、高尚。

華道部室


「お疲れ様です」

 なずなは扉を開けて部室へと入る。既にそこには二人の先輩が居た。

「おーっす。お疲れー、なずなちゃん」

「お疲れ様です、なずなさん」

 部屋には鉄の風炉などの茶道具、そして部屋の真ん中には、何処かで買って来たらしいお菓子か何かの袋が置いてあった。なずなは取りあえずその袋を挟んで先輩たちと向かい合う形で座り込んだ。

「何なんですか。これ?」

 なずなは袋を指して訊ねる。

「イチゴショート」

 嘉賀茅が答えた。

「え?」

「イチゴのショートケーキ」

 なずなは冗談を言っているのかと思い聞き直す。一方嘉賀茅は、上手く聞きとれなかったのかと思い細かく言い直してきた。

「いえ、そうではなくて。今からお茶を点てるんですよね」

「うん、そうだよ」

嘉賀茅はさも当然といった感じで答える。

「え? ショートケーキと抹茶を一緒に食べるんですか?」

「そうだよ」

「合うんですか?」

「うん」

 何を聞いても答えは変わらないと思ったなずなは菜乃花に助けを求めた。

「清水部長。本当ですか?」

「ええ。結構いいわよ。生クリームと抹茶が良い感じに溶け合って」

 菜乃花は微笑みながら答える。

「清水部長がそう言うのなら……」

「何だよー。あたしの舌は信頼出来ないってのかー?」

 嘉賀茅は泣きそうになりながら呟く。

「なずなさん。嘉賀茅の舌は間違いないわよ。絶対お茶に合う組み合わせを選んでくれるわ。見た目はあんまり気にしてないみたいだけれど」

「そうなんですか。分かりました。すいません鬼灯先輩、疑ったりして」

「何だよお前らー。二人して―」

 こうしてなずなたちは、自分たちで点てたお茶とショートケーキを一緒に食べることになったのだった。


カーネーション 花言葉は無垢で深い愛、哀れな心、母への愛。別名はジャコウナデシコ。

東宮タワーハイツ 8009号室 あずさの自宅


 あずさは薄暗い部屋の中で、たった今完成した人形を前にして呟く。

「うふふ。可愛らしいわ。でもまだよ。この本に書いてある究極の人形には及ばない。もっともっと、良い素材を使わないといけないわね。絶対に完成させてみせるわ。そして……」

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