19-3. 再生

 星族の使う移動の魔法は、転移できる場所が決まっている。通常は、自分の所属する星拠か国にしか転移できない。


 でも今は、そのどちらでもない場所に行かなければならない。


「リヒト……」


 オレは光の精霊の名を呟いた。あの結界が消えるとき、本当にリヒトという光の精霊がいてくれたのならば……オレの声が聞こえるはずだ。


「リヒト、オレの願いはディーンを守ることだ。願いを叶えてくれるなら、どこか遠くヘ導いてくれ……!」


 眩い光に包まれて、周囲の空気が変わったのを感じた。とりあえずは転移することが出来たのだと思い、安堵してため息を吐いた。


 ……吐いた息が、白くなる。


「ラスイル、ここはどこだ?」


 ディーンが辺りを見渡しながら呟く。ピリピリと顔が冷たくなるのを感じながら、オレも周囲を見渡した。


「これは……雪?」


 見渡す限り、地面が純白の雪に覆われている。遠くに見える山も同じように白く、空のほうが濁った灰色に見えて、初めて見る白い景色に息を呑んだ。


「寒い、寒すぎる!」


 ディーンは厚手のコートを取り出すと、ひらりと羽織った。すぐに、もう一枚コートを取り出すと、オレの肩に乗せてくれた。


「これを使え、ラスイル」


 黒色の布地に金色の刺繍の施してある、いかにも王族が使っていそうなコートだ。見た目のわりには軽く、とても暖かい。冷えかけていた肩の寒さがやわらぐと、ディーンの気遣いが、とてもありがたく感じた。


「ありがとう……」


 オレはうわ言のように呟きながら、その場に屈んだ。そのまま横に立っているディーンの脚に、魔法を使う。


「アイキに斬られたのか。なんでアイキはこんなことを……」

「ラスイル」


 言葉を遮るように、ディーンがオレの名を呼んだ。屈んだまま、ディーンを見上げる。


「ラスイル、どうして私を助けた……?」


 意外な質問に驚き、ディーンを見つめる目を細めた。陰になり、輝きを失くした濃青色の瞳が、オレをじっと見下ろす。


「友人を助けるのに、理由がいるのか?」


 オレの言葉に、ディーンは固く口を閉ざして顔を背けた。オレは魔法に集中するために、視線を手元に戻す。


 きっと、ディーンも混乱しているのだろう。無理もないのかもしれない……あんなかたちで父親が死に、弟と再会することになるとは、考えてもみなかっただろうから。


 傷が塞がったのを確認すると、オレはゆっくりと立ち上がる。ディーンだけではなく、オレも一挙にいろんなことが起きすぎて、頭が混乱している気がする。冷たい空気が心地良くも思えて、小さく深呼吸をした。


 普段は見えない吐息が、白い霧のように広がり、拡散していく。オレは普段、こんなにもたくさんの息を吐いていたのか。


「ラスイルも、傷を負っていたな」


 ディーンが僅かに微笑み、オレの腕を持ち上げて魔法で癒しはじめる。


「いろいろと聞きたいことがあるぞ、ラスイル。突然カシェルと二人で姿を消してしまって、私も母上も心配していたのだ。カシェルだけが突然帰ってきて、それから……」


 ディーンは流暢に話し始めたけれど、すぐに言葉を詰まらせた。不自然な笑顔が歪んで、崩れる。


「本当に、ルーセスを探し出してくれたんだな……」


 ディーンが力なく呟く声を聞いて、オレはたまらなくなって唇を噛んだ。無理に自分を繕い、それらしい言葉を紡ぐディーンに、ふつふつと妙な感情が込み上げてくる。


「オレは王子様ではなく、友人と話しているつもりだ!」


 いつの日か、ディーンが言ったようにディーンを一蹴すると、その手を乱暴に払い除けた。魔法の光が消えていくなか、ディーンは目を見開いたまま硬直している。


「……そうだろう?」


 オレはディーンをじっと見つめた。ディーンは顔をしかめると、ゆっくりとオレに背を向ける。


「すま……ない……」


 小さく震える声に釣られるように、ディーンの背中が小刻みに震えだす。それが寒さのせいではないことを理解すると同時に、頭も体も、呼吸さえも重苦しく感じた。この重さは、オレ自身の罪悪感だ。


「ルーセスが……怖いと思った。ずっと、ルーセスが私を殺しに来ると思っていた……だから、今日がその日なのだと、死を覚悟した。あのときラスイルがいなかったら……私は、何も知らず、わけもわからずにルーセスに殺されていただろう……」


 オレはずっと、目を逸らさずにディーンの背中を見つめていた。ルーセス王子と違って細身のせいか、その背中がひどく小さく思えた。


「ラスイル……」


 俯きながら、少しだけ振り返るディーンの目が潤んでいる。


「私はまだ、死にたくない」


 オレは、寒さにしみる腕の傷を押さえながら、小さく頷いた。ディーンはゆっくり振り返ると、俯いたままオレの腕に再び魔法を使った。


 温かく、柔らかな光がオレの腕を包み込む。


 死なせたりしない……こんなに優しい光の魔法を使う者を、オレは他に知らない。


「……ディーンがいなかったらオレは、全てを失くしていた」


 ふと顔を上げるディーンに、口だけでにやりと笑った。


「ディーンを守れて良かった……ありがとう」


 ディーンが顔をくしゃくしゃにして笑った。その目から大粒の涙が一滴、零れ落ちる。それを見ていると、なぜか胸が熱くなり、顔が緩んだ。


 きっとオレは、心から嬉しいと思ったんだ。


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虚空の灯明 - 星 - 一榮 めぐみ @megumi302

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