19-2. 再生

 やはり、思った通りだった。冷たい水の魔力はアイキの魔法。柔らかな光の魔力は、王妃様によく似たディーンの魔法。


 無傷なアイキに対して、ディーンの脚は血で滲んでいる。


「アイキ、やめてくれ。ディーンを殺す必要は無いだろう……」

「そこを退け、ラスイル。王様になるのは、ひとりだけなんだ」


 アイキは両手に持つ短剣に魔法を使うと、地面を強く蹴った。咄嗟に光の魔法で壁を作り出すと、碧い水飛沫が光の壁に当たり、砕け散る。すぐに剣を振り下ろすと、アイキが短剣でオレの剣を弾いた。すぐにもう一方の短剣がオレを狙うけれど、弾かれた剣を振り戻して魔法で壁を作り、攻撃を防いだ。アイキは壁に弾かれる勢いを利用して、くるりと後ろに下がる。


「上出来。やっぱりオレの教え方、上手いかも」

「アイキ……お願いだ。もうやめてくれ」


 アイキは口を尖らせて、不機嫌顔のまま再び剣を構えた。その周囲に碧く光る水飛沫がふわふわと浮かぶ。


退けと言ってるだろ。オレに勝てるとでも思ってんの?」


 再びアイキが地面を強く蹴り高く飛び上がると、空中で魔法を使い、オレの後ろにいるディーンを狙った。オレは剣を両手で構えて魔法を使い、小さな結界を作り出す。碧く光る水飛沫が弾丸となり光の壁に当たるけれど、すべて跳ね返るように消えていく。


 自分の魔法が弾かれていくのを見て、アイキが表情を変える。


「オレの邪魔をするなぁっ!!」


 アイキはオレに飛びかかってくると、結界を短剣で破壊して、その勢いのままオレに斬りかかってきた。両手に握る短剣で繰り返す連続攻撃の全てを剣では防ぎきれず、魔法壁を何枚も重ねて耐え凌ぐ。割れた光の破片と碧い水飛沫が、何度もぶつかり、その衝撃がオレとアイキを同時に襲う。


「アイキ……オレはアイキとも戦いたくない!」

「うるさい……うるさい!」

「くっ……!」


 遂に腕を斬られ、じわじわと衣装が血で滲む。練習のときのように傷が癒えることはなく、痛みに怯んで足元がもたついた。襲いかかる殺気に、体勢を整えられずに、思わず身体を丸めた。


「わっ……!」


 突然アイキが声をあげて後退する。アイキの短剣がひとつ、カランと音を立てて床へと転がった。片手を押さえながら、アイキはニヤリと微笑む。


「そうだ、光の魔法使いがもう一人いたんだっけ」


 ディーンが光の魔弓を構えたまま、じりじりと歩いてきてオレの横に立った。


「ラスイル、退しりぞくのだ。アイキは私を殺しに来た。私は……」

「ダメだ! ディーンが死ぬ必要は無い! アイキが間違っているんだ!」


 オレは再び剣を構えてディーンに並んだ。ここで逃げたら、オレは本当に何もかも失ってしまう。オレを友と呼んでくれたディーンさえも守れないのなら、そんな奴に生きる価値など無い。


 アイキは片手だけになった短剣を顔の前で構えて、魔法を使った。碧く光る目が揺らめく。


「二人でオレと戦うつもり? いいね、ゾクゾクする……オレ、こういう戦い大好きなんだ!」


 ディーンがアイキに向けて魔矢を放った。オレもアイキに向かって走り出す。何本もの光の矢がアイキに降り注ぐけれど、アイキはその全てを避けながら一気に距離を縮めてきた。素早い動きを予測しながら、オレは剣を振り、切り裂く魔法を使う。


 アイキはオレの魔法攻撃を短剣で受け流しながら、もう片方の手でディーンが放つ矢に魔法を使って水飛沫で矢を弾く。


 二人対一人でアイキは不利なはずなのに、怯むこともなくオレを斬りつけてくる。片手だけでも早くて、全く勝てる気がしない。気を抜けば、こっちが斬られてしまう。


「国王と私を殺して、ルーセスを王にするのが目的か!」

「さぁね。国王様のことは、オレ知らないよ。ルーセスが勝手に決めたことだ」 


 知らない……だと? それで人を殺したというのか。


「ルーセスは悲しんでたよ。お兄さんが死んでもルーセスは悲しむだろうね」

「ならば、何故こんなことを……!」

「ディーン!」


 ドスン――!!


 突然、強い魔物の気配を感じてディーンの名を叫び、後ろに退がる。魔物の気配と共に、天井が崩れてガラガラと落ちてきた。


「ギィィ―――!!」


 大型の翼を持つ魔物が、天井を破壊しながら舞い降りてくる。魔物は迷うことなく、オレに向かって鋭く眼を緑に光らせた。次の瞬間、魔物が魔法を使う。


「くっ……こんな時に……!」


 魔物が放つ緑の針のような魔法を、光の魔法で壁を作り出して受け止めると、横にいたディーンが魔矢で魔物の眼を狙った。


「ァァァァ―――!」


 ディーンの魔矢は飛びまわる魔物の動きよりも速く、的確に眼を潰した。次の瞬間、アイキが瓦礫の向こう側で、高く飛び上がるのが見えた。


「魔物は……本っ当に邪魔だぁっ!」


 そのままアイキは碧く光る短剣を構え、降下する勢いを利用して魔物に向かって魔法を使った。滝のように流れる碧い水に浸かった魔物は、声をあげることも出来ず、藻掻き苦しむように暴れる。暴れれば暴れるほどに、魔物は碧い水に飲まれていく。ディーンが眼を潰していたとはいえ、一撃であんなに大型の魔物を倒してしまうなんて……。


 はっとして、傍らに立っているディーンを掴んだ。


「ディーン、オレを信じてくれ!」

「なっ、どうした? 信じるも何も……」


 オレはディーンを掴んだまま、急いで剣を仕舞い、その手を天に向かい高く突き上げた。


「ラスイル……?」


 アイキの視線を感じながら、転移の魔法を使った。光が、オレとディーンを包み込む。


 どこでもいい……ディーンと逃げられる場所に逃げられれば、それでいい!


 アイキは、初めからそのつもりだったのだ。オレのことも、ディーンのことも、殺そうと思えば簡単に殺せた筈だ。でも、そうしなかった。オレとディーンを逃がすために。


 なぜそんな回りくどいことをするのかも、アイキの目的もわからない。ただ……大切なものの守り方を教えてもらったような気がする。


 転移する瞬間、片手に短剣を持ったまま、微笑を浮かべて佇むアイキが見えた気がした。

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