19-1. 再生

「ラスイル……」


 聞き慣れた声に、目蓋を開く。さっきの……光の精霊は消えてしまったのか……?


 夢、だったのだろうか。それとも、結界の見せた幻か……?


「良かった……」


 オレを覗き込むその顔に、ゆっくりと焦点を合わせた。霞んでいた視界が徐々に鮮明になっていく。


「カシェル」


 目の前に、カシェルがいる。本当にカシェルなのか確かめたくて手を伸ばそうとするけれど、その手を止めて、ぐっと握りしめた。


 オレは、カシェルを傷つけたんだ。


「ラスイル……私……」


 変わらない翠色の瞳。ふわふわと揺れる銀色の長い髪。カシェルに触れたい……けれど、オレにはもう、そんな資格など無いのかもしれない。


「ごめんね……ラスイル……」


 カシェルが目を細めて視線を反らすと、銀色の髪が、その表情を隠す。


「カシェルは何も悪くない、謝らないでくれ。謝るのはオレのほうだ。……いや、オレのしたことは、許されることじゃない……許してくれなんて、言えない……」


 カシェルを見続けることさえも許されないと思い、顔を背けた。オレの過ちは、消えることがない既成の事実。オレはもう、カシェルとは一緒にいられない。


 ふと、ここが門ではないことに気がついて起き上がろうとすると、誰かが背を支えてくれた。朦朧としながらもその人に視点を合わせる。


「オレが命懸けで助けてやったんだぞっ。感謝しろよ、ラスイル!」

「アイキ……結界は? 何が起きて……?」


 アイキは何も答えずに、オレを支えていた手を離すと、ひょいと立ち上がってニイッと笑った。


「ここは……?」


 ――――ズシン……!


 地響きがして、部屋の外からバタバタと数人分の走る足音が聞こえる。


「ラスイル、魔物がくる。おまえも早く来い!」


 アイキは両手に短剣を取り出すと、そのままバタバタと部屋を出て行ってしまった。


「ここは、ミストーリ城の中。王妃様の自室……」

「城の中……?」


 どうしてまた城の中に戻って……? オレが意識を失っている間に、アイキが門からここまで、オレを転移して連れてきたということだろうか。それにしても、どうして城の中に魔物が?


 ――そうだ。結界が消えてしまったから……!


「ラスイル、ディーンを助けてあげて。今頃どこかで慌てているはず」

「わかった……」


 ふらつく頭を押さえながら立ち上がると、カシェルの前から逃げ出すように部屋を立ち去る。オレは……なんて情けない奴なんだ。カシェルに逃げ口上まで考えさせて、どうしょうもないダメ男だ。


 もうカシェルには会えないかもしれない……でも、もうそれで良いのかもしれない。これからは、ルーセス王子たちと――忌々しき魔法使いたちと――各国の結界を消していくことになるのかもしれない。オレが、それを望んでも、望まなくても……。


 まさか、忌々しき魔法使いに協力する星族が現れるなんて、上位星族の奴らも考えてもみなかっただろう。本当に、馬鹿げている。どうしてオレはこんなところにいるのだろう。ただ結界を守っていただけなのに、尤異としての役割りを果たしてきただけのはずなのに、上位星族には殺されそうになり、守っていたはずの結界を破壊してしまった。


 オレの望み……オレの希望……そんなもの、初めから何もなかったんだ。


 ……それにしても、アイキは急いでどこに向かったのだろう。そういえばルーセス王子の姿もなかった。いったい何処へ消えてしまったのだろう。本当に勝手というか、無茶苦茶だ。こんなことなら、水の精霊にもっと詳しく話を聞いておくべきだった。


 ふらふらと廊下を歩くオレに、兵士たちは見向きもせずに何処かへと駆けていく。平和だったミストーリが、オレのせいで一変してしまった。


 ディーンはオレを見て、何と言うだろう。


 不意に、冷たい水の魔力と、柔らかな光の魔力を感じる。はっとして、オレはその方向に向かって走り出した。ばさばさと星族の衣装が、急ぐ足をもたつかせる。


 進むほどに、魔力は強くなる。剣を取り出して光の魔法を使うと、自分自身に今までと違う魔力が漲るのを感じて、つい鼻で笑った。守るものも失くしてしまったというのに、こんな魔力……皮肉にしか思えない。


 ……いや、違う。オレはまだ――!


「やめろ――!」


 謁見の間に滑り込むと、オレは戦っている二人の間に飛び込んだ。


「へぇ、思ったより早いじゃんラスイル。感動の再会じゃなかったの?」


 碧い目を細めてニッと笑うアイキに、剣を構えて立ち向かう。


「ラスイル……?」


 背後からディーンの声がすると、オレはぎゅっと唇を噛んだ。

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