第14話 預言者 3.
「ハルデン」
俺は、男を撃った教団の人間が呼んだ名前を口にする。
「今の話、本当かよ」
そうだ、と男は言った。
「ずっと教団をなくしたいと思っていた」
その決意は前の儀式の日に決まったという。ハルデンは異端者の画家カザンが作った皇帝の暗殺計画を見た。そして、息子と儀式を見に来た地質学者サンテから、後二十年以内に山が噴火することを知った。
ハルデンは自分の友人で画家を密告したディヤラという女を、教団の天文所に招いた。教皇の暗殺を未然に防いだ彼女は、教団で信用を得ていき、十年早い月食という嘘の予測をしても疑われなかった。
ラゲリに入ってくる学問や技術が集落の外より何年も遅れていることは、先ほどハルデンから聞いた。教団の天文学の知識は元々不完全だったのだろう。たとえ過去に数度は儀式に失敗していたとして、教皇たちが都合の悪い真実を記録に残すわけがない。
雪崩を起こすための爆薬は、火薬工場に勤めるディヤラの友人が手助けをした。コトヌーというその女は、ハルデンたちと爆薬を盗んだ後、工場に火をつけた。火薬を燃料にして勢いよく燃え盛った工場は焼け落ち、元あった正確な数をわからなくした。ハルデンは、刑吏の仕事で把握した森の構造を使って、爆薬を隠した。十九年前の異端者の計画を遂行するため。
そして、儀式の前日、俺が飾り気のない輿に乗せられようとした瞬間、隠し持った火薬のひとつを炸裂させた。煙の中、戸惑いうごめく教団員の間を矢のように抜けて、俺の腕をつかんだあの瞬間。
「じゃあ、その爆薬で雪崩を起こすの」
ハルデンは曖昧に頷いた。窓の外の空は、上の方が濃紺に染まりだしている。裾の方は、今も俺のまぶたの裏で脈打っている溶岩の色だ。
「地脈が見えるというのは、どういうものなんだ?」
「上手く言えない。太陽をじっと見てて、目を閉じるとまだその色が染みついて見えるみたいな、そんな感じだよ。でも、動いていて、血が流れるのに似ている」
ハルデンは眉間に皺を寄せた。血の話を聞いて傷を思い出したのだろう。外套で隠した右手の、わずかに覗く指先は夜空の色だ。
「腕、痛むの」
「大丈夫だ、もう血は止まっている」
と、ハルデンは笑った。ラゲリでこんな風にひとを安心させようと笑顔を作る人間はいなかった。こうして長い間ひとと話したこともない。
俺と同い年の子どももたくさんいたが、それは俺の世話係としてだった。俺と同じ色をしているのに、地脈を見たことがないせいか、その目はみんな冷たかった。
「教皇を殺せたとして、その後どうするの」
ハルデンは短く息を吐き、口元に指を当てた。喋るなの合図だ。
「来たぞ」
窓の外、延々と続く白い大地に散らばって、だんだんと大きくなるひとの群れ。鉛色の外套を羽織った、教団の刑吏たち。扇型に広がった団員たちの背後に、風に煽られ、翻る、羽のような白い服を着た姿がある。
「教皇だ」
まるで、一羽の白鳥を守る狼の群れだ。
「君はここにいろ」
ハルデンが左手で掴んだ、爆薬入りの麻袋に手をかけた。
「俺も行く」
ハルデンは困ったように目を伏せたが、離れるなよ、と言って扉を開けた。冷たい空気がどっと流れ込んだ。死ぬのが怖いかはわからない。でも、置いて行かれるのは怖いと思った。
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