第10話 観測者 4.
集落に戻ると、ラゲリの前で教団員たちが会報を配っていた。紙が舞い、信者たちがそれを静かに拾い集める。会報の吹雪が割れて、灰色の空が見える。総督が怪訝そうに目を細めた。視線の先に、最初にラゲリに来たときに見た天文学者の女と、彼女と同世代の男がいた。
「彼は?」
「俺の前任の総督だ」
総督はここにいろ、と言って彼らの方へ向かった。僕は足元に落ちた会報を一部拾い上げた。
「会報は拾えた?」
そう声をかけられ、顔を上げると見知らぬ女が背を向けて立っていた。
「読んでくれる」
僕は辺りを見回し、自分以外に見当たらないのを確認してから、戸惑いつつ、会報を読み上げる。
「ええと、昨夜異端者の処刑があった。それから火薬工場で火事が……」
そこまで聞くと、彼女ははっとしたように身体ごとこちらを向いた。
「嫌だ、ごめんなさい。友だちだと思ったの」
後ろ姿は若く見えたが、正面から見ると四十は過ぎているのがわかる。
「昔の事故のせいで首が曲がりづらいの。すぐに振り向けなくて」
彼女は力なく笑った。僕も苦笑する。沈黙が続き、僕は何となく話題を探した。
「この近くの工場で働いているんですか?」
「ええ、そうよ。火薬工場。会報の通り、火事があったから今日は休み」
「火薬工場?」
「何か変?」
「いいや、ただ、何か別のものだった気がして……」
「もしかして、天文学用の機材工場?」
それだ、と僕が答えると、女はくすくすと笑って、
「もうずっと前の話よ。前の月食があった頃くらい」
古い記憶が蘇る。あの年は酷い寒波だった。吹雪の中、火口で踊る赤い炎を見ながら、父は僕の手を握って言ったのだ。サンテ、お前が大人になることには、この山が噴火する。僕は黙って、手を握り返した。父は続けた。次の月食はもう一緒に見られない。三十年後なのだからと。
「まだ、前の月食から十九年しか経ってない」
思わず呟くと、彼女の表情がこわばった。
「変わったのよ。予測が変わったの」
女はわずかに後ずさった。
「あなたがカザンの一緒にいる地質学者?」
その問いに答える前に、彼女は身体ごと背を向けて、ぎこちなく走り去った。女が去った後には、濡れた会報が死んだ鳥のように道中に散らばっていた。
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