第8話 密告者 4.
◆◆◆
カンテラが骸骨を叩いたような寂しい音を立てて揺れる。
空も、地上に積もった雪も夕日の色に染まっていた。集会がばれないよう、反逆者たちは時間を空けてひとりずつ画家の家を出る。私が最後のひとりだった。一歩踏み出すごとに、足元の雪は悲鳴のような音を立てる。妹はよくこうして霜を踏んだ。俯いてはいたが、口元は嬉しそうに上がっていた。
なぜ異端者になる道を選んだのだろう。楽になりたければ、世界を変えるより首を括った方が早い。それに気づきたくない者が反逆を選ぶ。フックにかけられ、空気銃を持った屠殺屋が近づいてきても猶もがく、家畜のように。ここに生まれた者なら誰でもわかる。
妹は反逆者の中の伝達係だったらしい。仲間に届ける手紙を運ぶ最中、偶然いた教団員に尋問され、捕まった。その日も妹は霜を踏みながら、私が顔も知らない同胞の元へ急いだのだろうか。足元に夢中で、顔を上げたときは既に執行部隊たちに囲まれていたのだろうか。私の懐には反逆者たちに託された文書がある。
名前を呼ばれ、私は思わず声を上げた。目の前には、昨日処刑場で見た顔が困ったような表情を浮かべていた
「驚かせて悪かった」
私は画家の家で何度も話題に上がった、執行部隊の総督の名を呼ぶ。
「ハルデン。いいえ、大丈夫よ」
彼は少し表情を和らげた彼の目には、疲労が色濃く映っている。
「ちゃんと眠れているの?」
「ああ、少し忙しかっただけだった。問題ない」
「……儀式の準備は、順調?」
私は何を聞き出そうとしているのだろう。
「順調だ。今、儀式で使う火薬を調達している」
「火薬?」
「知らないか。火をつけるとそれ自体が火花のように炸裂するんだ。筒に詰めて武器にすることもできるが、実用にはあと二十年近くかかる」
ハルデンはこんな風に、と指を鳴らして見せた。知っている。画家の家ではその火薬を奪い、爆発させ、雪崩を起こして混乱したところを襲う計画が話されていたのだから。
「もし、儀式でその火薬が暴発したり、何か起こったらどうするの?」
「生贄が火口に落とせない場合は、教皇が代わりに自ら身を投げる」
「儀式は必ず遂行されるから、そんなことは起こらないという訳ね」
画家たちは儀式を潰し、ハルデンたちを殺し、教皇にその責任を取らせるという訳だ。ハルデンはそっと私の耳に寄せて言った。
「今までの儀式にいた教皇、あれは替え玉だ。もしものことがないよう、教皇はラゲリの中にいる。直前に神の子が死ぬか奪われでもしない限り」
私は自分の口を押えた。今の情報は反逆者たちが喉から手が出るほどほしがるだろう。
「もう行かなければ」
ハルデンはそう言って顔を曇らせた。また処刑か尋問があるのだ。彼は束の間苦し気に唇を噛み締めた、口を開いた。
「本当はバクルを助けてやりたかったが、できなかった。密告されたらもう放免はないと言っても、最期まで何も知らないと言っていた。だから、追及できなかった。すまない、こんな話するんじゃなかった」
私たちは何も言わず、真逆の方向へ進んだ。私はどうするのだろう。妹の遺志を継ぐだろうか。そのために生きたハルデンを見殺しにするか。
ラゲリの壁の前に、塗料を乾かすためか横倒しになった輿があった。コトヌーが語った馬車の横転事故が脳裏に浮かぶ。彼女は子どもがいない人間は言葉を紡ぐと言った。
私は誰のために語り、誰を生かし、誰を殺すのだろう。
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