第7話 観測者 3.

 無人の輿を担いだ四人の教団員が、坂道を駆け上がっていく。

 僕は総督と並んでその後ろ姿が小さくなるのを眺めていた。万一儀式の途中で山が噴火した場合どうすべきか、現場に赴いて検証し、助言を与えるのが僕の仕事だった。


「この道は、噴火したとき溶岩が一気に流れ込む」

 僕は団員の足跡が規則正しく散った道を指し示す。

「でも、北側は先の噴火で地形が変わったせいで凹凸が激しいから、溶岩も流れが遅くなるはずだ。火山弾に気をつけて迂回するのがいい」

 総督は無言で僕の話を元に地形図を描いていた。下を向いていると邪魔になるらしく、この寒さなのにふたつシャツのボタンを開けている。その隙間から痩せて痛々しく肋骨の浮いた胸元が見えた。

「サンテ、こういうことか」

 彼は僕の前で紙を広げる。僕はだいたいそうだ、と答えた。

「絵が上手いんだな」

 総督は一瞬、物凄い形相で僕を睨みつけた。処刑を見ていたときより、よほど鮮烈な目つきだ。だが、彼はすぐ表情を打ち消し、紙を畳みながら言った。

「噴火の中、溶岩を避けて火口まで行く方法は?」

「そんなものはないよ」


 そのとき、森が低く音を立てて振動した。

「地震か?」

戦争だ、と僕は言う。

「この山の向こう、国境のすぐそばで戦争が始まった。集落からじゃ見えないけれど、頂上からだと、たまに軍隊が見えたり、砲撃が聞こえる」

 総督はかぶりを振って、

「俺は、集落以外の人間を見たことがない」

「僕だって遠くから見るだけだ。会ったり話したりはしない」

 また森が揺れ、木々の枝から一斉に水が落ちる。

「サンテ、父親が死んでからずっとひとりで観測を?」

 肯定すると、総督は教団から支給される煙草を取り出しながら笑った。

「友だちもなし、女もなし、か。ラゲリの中よりずっと敬虔な生活だ」

 彼の言葉遣いも話す内容も教団の人間とは思えなかった。悪く言えば粗暴で野卑だが、こうして並んで煙草をくわえていると、観測所にいた同世代の友人たちがまだ寒さや病で死んでいなかった頃を思い出す。だが、この男は今と同じ笑みを浮かべて、異端者を容赦なく凍死させるのだ。


「総督は、教団の中で結婚は?」

 する訳がない、と彼は煙を吐き出して、鼻で笑った。

「本当に子どものことを大事に思う人間はまず産まねえよ。種無しか石女のふりをするなりして。ここで生まれた人間が幸せになると思うか? それもわからないガキがガキを生むんだ」

 彼はそう言うと、凍えたように外套の前を掻き合わせた。

「この土地から出ようが出まいが同じことだ。父がよく言っていたよ」

 彼は暗い緑の瞳で僕を見た。瞳孔が小さく、目の淵から少し浮いて見えるせいか、見上げるような視線を向けられると睨まれている気になる。

「人間は一歩も自分の影から離れられない。一生頭蓋骨の檻に閉じ込められて、眼球の鉄格子から世界を見るんだ。どこにいてもそうだ、って」

「賢い、父親だな」

 また振動が起こった。今度は砲撃ではなく地震だ。濡れた枝葉がしなる。それを見て、僕は処刑台の氷が溶け出し、中の異端者の長い毛髪がぼんやりと見て取れたのを思い出した。

 本当に儀式を執り行う気だろうか。

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