第88話 せめて次こそは

 常波教授に電話をかけようとした。常波教授個人の電話番号は自宅も携帯も知らない。もう夜だが、研究室なら誰かいるだろう。運がよければ、常波教授がいるかもしれない。研究室の番号を呼び出す。しばらく待つと、学生が出た。


「ああ、高橋さんですか。電話してくるなんて珍しいですね。常波先生ですか? まだ、帰宅されてないみたいですが、ちょっと席をはずしていますね。何か用でもあるのですか」


「もしかすると、常波教授は命を狙われているのかもしれません。マンホール殺人事件の犯人にです」


 電話の向こうで当惑するのがわかった。そりゃそうだろうが、こっちだって焦っているのだ。要領を得ないのは仕方ないだろう。


「そういえば、さっき女の人が教授を訪ねてきましたよ」


 背筋が凍りついた。


「どんな女の人ですか」


「色の白くて髪の長い、きれいな女の人でしたよ」


 楽香だ。


「その女の人を教授に近付けないで下さい!」


 大声で怒鳴って電話を切り、外に飛び出してバイクにまたがった。

 楽香。頼むからやめてくれ。

 夜の東京を走る。東都大学まではどれくらいかかるだろう。いつも通っている道がやけに長く感じた。冷静に冷静に。今度は間に合う。

 車の間をすり抜け、無視できる信号は無視した。大通りの信号に引っかかり、焦燥に身を焦がされた。

 あちらの世界が存在するのかしないのか。そんなこと今は問題ではない。僕は蒔郎の復讐を。呂井人は母の復讐を。楽香は父の復讐を。僕たちは三人とも復讐の炎に燃やされ続けていたのだ。

 呂井人を止めることは出来なかった。せめて今回だけでも止めてみせる。

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