第5話 岩と雲くらいの違い

 待ち合わせの場所に着くと、既に美雪が待っていた。

「試合おめでとう。顔は思ったよりひどくないわね」

 ありがとうと言って笑顔を作ると顔が痛かった。

 二人で移動して、高級そうな洋食屋へ入った。ただでさえ場違いだが、片目はパンダのようになっている。この店に、僕は似つかわしくない。しかし、内心を隠して堂々と店内を進んだ。

 席について、料理が運ばれてくる間、美雪が昨日の試合について尋ねてきた。一応尋ねてはみるが、それ程興味がないのは感じ取れた。もともと総合格闘技には、興味を持っていなかったのだ。僕と付き合い始めて、流れで観戦していただけだった。

 料理が運ばれてきた。変な人相の僕にも、店員は礼儀正しく接してくれた。料理はとても美味しかった。減量明けということを差し引いても美味しい料理だった。

 美雪が職場のことを喋っていた。人間関係や、仕事での失敗。僕は、適当に相槌を打ち、美雪の話を聞いた。美雪の仕事については何回も聞いたが、何をやっているのか正確には理解出来なかった。理解しようとしていないからだろう。興味はなかった。

 僕と美雪の関係は、終わりかけている。二人とも気付いているが、そこには触れなかった。

 会話が途切れ、何となく気まずい沈黙が流れた。

 先ほど地下鉄の中で会った、仮面の男のことを思い出した。あの男は何者だったのだろう。仲間だとか言っていた。道場の誰かが、僕を驚かせようと仕組んだことだろうか。

「何か言った?」

 急に美雪に話しかけられて、驚いて我に返った。

「いや、何も言ってないけど」

「聞き取れなかったけど、一人で何か言ってたわよ。最近独り言多いよね。前もこんなことあったもの」

「そうか。一人で喋っていたか。気付かなかった」

 僕は独り言が多い人間のようだ。

 食事を終えて外に出た。雨が降っているというのに街は賑やかで、活気に溢れていた。

 再び地下鉄に乗り、美雪の家へ向かった。

 体は昨日の試合でぼろぼろで、二人の関係は終わりに向かっていたが、僕は無性に美雪の体を欲していた。

 家に着くと、すぐに美雪の体を抱き寄せた。美雪は少し驚いたようだったが、嫌な素振りは見せなかった。逸る気持ちを押さえながら服を脱がした。自分自身も服を脱ぎ、部屋の片隅に放り投げた。

 昨日、取っ組み合い殴り合った男のごつごつした肉体と、今抱きしめている女の柔らかな肉体は、岩と雲くらい違った。

 人間は死が近付くと子孫を残そうと性欲が活性化する、という話を聞いたことがある。僕はそんな状態なのだろうか。がたがたの体で歩くのも億劫だったはずなのに、行為は激しく、快感は強かった。

 頂点をむかえ、僕はベッドに崩れ落ちた。隣で美雪も荒い息をしていた。

 意識が遠のいていった。

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