第2話 マンホールをみつめる女

 道場の仲間との祝勝会が終わり、家路に着いた。

 歩きながら携帯電話を見ると、美雪からおめでとうのメールが届いていた。ありがとうと返信した。

 昔の美雪は、試合会場まで観戦に来てくれたものだったが、今はメールで祝福だ。二人の間に長い距離が出来たのを感じた。

 歩いていると、頭がくらくらして、微かに吐き気がした。酸欠と試合中に殴られたせいだろうか。結構ダメージを負ってしまったようだ。しばらく、酒も熱い風呂もやめて、ダメージを抜かねば。

 ふと試合後に二階で見かけた仮面の人間を思い出した。チラッとしか見なかったが、白っぽい仮面のように見えた。顔面を怪我した人だろうか。それともただの見間違いか。少しの間引っかかっていたが、試合に勝った喜びを反芻しているうちに頭の外へ消えていった。

 何気なく前方に目をやると、道路にうずくまっている人間がいた。具合でも悪いのだろうか。こちらも疲れている、面倒は避けたい。それでも一応声をかけた。


「どうかしましたか」


 僕は車が来ていないのを確認しながら、うずくまっている人に近付いて行った。

 その人がしゃがんだまま振り向いた。女性だった。きれいな女性だった。


「具合でも悪いのですか」

 

 もう一度僕が尋ねた。


「いえ。大丈夫。ちょっとマンホールを見ていただけ」

 

 女性の言ったことが理解出来ず、言葉が出てこないまま、女性の足元を見つめた。

 確かに彼女の足元にはマンホールがあった。僕には何の変哲もないマンホールにしか見えなかった。


「マンホールがどうかしましたか?」


「どうかしたかと思ったのだけど、どうもしてなかった」

 

 女性は立ち上がり、笑顔で答えた。肌が透き通るように白く、夜の中でぼんやり光っているように感じた。

 女性は僕に背を見せ、道路のマンホールに目を落としつつ去って行った。

 僕は車道に立ったまま、女性の背中を見送っていた。

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