第59話 未来へ続く道
そんな回想をしていると、誰かが僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
「――アラン、どうしたんだ? 俺のほうを見てぼーっとしていたな」
「え、ああ。ごめん。ちょっとね」
咄嗟にごまかした僕は、少し慌て気味に席を立つ。
今思いだしていたことを彼に言っても……きっと傷付けるだけだよね。
すぐさまそう結論付けた僕は、さらなる思考の波に呑まれる。
本当はキャサリンに伝えて、そこから彼女の父親にヒュージさんっていう前の旦那さんは生きているんだよって伝えたかったけど……
ユリアさんとユーリオに会った日の僕は、余裕がなさ過ぎてキャサリンにそれを伝えることができなかった。
どの道、伝えるにはヒュージさんの許可を取っておかないとダメだったけど、きっと彼なら……
余計なことを言うなとか、言ったんじゃないのかな……
そんな思考を重ねながらちらっとヒュージさんを見ると、彼は僕を怪訝な目で見ていた。
「んー、様子がおかしいな。大丈夫か? いざ卒業するとなったら寂しくなったのか?」
「そんなことないよ。大丈夫。ただ……冒険者学校に入ってから今まであったことを思いだしてただけだよ」
「そうか? それならいいんだが……」
ヒュージさんはどうにも歯切れが悪いけど、なんとか納得してくれたのかな? その辺は良くわからないけど、彼は自身の用意を整えるために僕から離れていった。
それとほぼ同時に、ママとパパがこちらに近付いて来る。
「俺たちはもう用意が終わった」
「私も終わったわ。アランちゃんも終わってるわね?」
「うん」
「よーし、俺も支度完了だ!」
全員の支度が終わったので、僕たちは誰からともなく外に出た。
ママとパパが手を繋いで歩いてる姿を視界に収めている僕は、右隣にいるヒュージさんを見やる。
新品の防具を身に着けた彼は、街中を堂々と歩いていた。
ヒュージさんには僕が五歳の頃から、本当にお世話になっていて、頭が上がらない。
いつも感じている感謝の念を抱きながら、今までずっと通っていた学校へ続く、代り映えのしない道を四人で歩く。
この四人でこうやって歩くのは初めてで、どこかうきうきした気持ちになってくる。
そうやって歩いていると、僕の目に雑貨屋が入ってきた。
それを見ると……初登校の日、あの辺でキャサリンと出会ったのを思いだす。
自然と笑みがこぼれた僕は、もうすぐ彼女に会えるかもしれないという想いを抑えきれなかった。
当然、ゼベクトやフローラもだ。――とはいえ、彼女はトレブラント王国にいる。
そちらはすぐに行けるわけじゃないから、まずは王都・ジュメールにいる二人と合流してからだろう。
今目の前にいないかつての仲間たちへ想いを馳せていると、隣にいるヒュージさんが口を開く。
「アラン、お前は明日から旅立つんだろう?」
「うん。ママやパパ、そして今まで鍛えてくれたヒュージさんと離れるのは寂しいけど……そうも言ってられないしね。僕はもうCランク冒険者であり、もうすぐ15歳なんだ」
「そうだな。お前は強くなったし、大きくなった。もちろん肉体的だけじゃなく、精神的にも成長したと思う」
彼は優しい目で僕にそう言ってきた。
「そう言ってくれてありがとう。ヒュージさんが鍛えてくれたからだよ。それはそうと、ヒュージさんもこの街を発っちゃうんだよね?」
「ああ。長らくお前らと一緒だったが……アランが独り立ちしたんだ。ここからは俺も世界を回ってみる。今さらだが……それで自分自身が成長できるんじゃないかってな」
すでに彼は46歳となっている。
30代の貴重な時間を僕たち家族のために使ってくれた。
いつかは――なんらかの形で恩を返す必要があるだろう。
ヒュージさんの適性上限を考えると……すでに限界値に達しているが、それでも彼は歩みを止めない。
きっと精神的な成長を求めているんだと思う。いや……それ以外にもあるか……
おそらくこの人は、ユリアさんたちのことを……ずっと愛している人たちのためにも立派な夫、父親でいたいという想いが溢れ出ている。
本当に格好いい人だ。僕がいつになって勝てる気がしない。
「きっと……ヒュージさんなら、もっともっと強くなれるよ」
「そう言ってくれてありがとよ」
そうして彼はにかっと笑った。
◇◇◇
学校へ到着した僕は、三人と離れて3年Sクラスの教室へ向かう。
そこにはすぐにたどり着いたので、ドアを開き中に入る。
「皆、おはよう」
教室に入った僕は、中にいた他の生徒たちに挨拶をした。
「おはよー」
「おはよ!」
「おはよう」
近くにいた者たちが口々に挨拶してくれる。
この光景とも今日で終わりなんだと思うと、少し寂しいな……
自分の席に座り感慨深い気持ちに浸っていると、ドアが開きオリガン先生が入ってきた。
彼は一直線に教壇の前まで行き、口を開く。
「今日はお前らの卒業式だ! これまで3年間ご苦労様だった。新しい出会いをした者が多いだろう。中には予期せぬ別れに涙した者もいるだろう」
そこまで言った彼は、僕のほうをちらりと見る。
泣いた……かぁ。確かに涙が出たね。
あの三人とは一度に別れたわけじゃないから、三回泣いたんだけど。
「中にはクラスが入れ替わった奴らもいる。ここにはBクラスから上がってきた奴もいるからな」
ヒュージさんはそう言って、一人の龍人族に視線をやった。
彼は2年生になった際に、凄い勢いで伸びてきたんだよな。
あの人とは良く模擬戦をして、なかなか勉強になったから凄く感謝している。
「まぁ、何が言いたいかって言うと――お前ら! 卒業おめでとう! 俺はこうやってお前らの卒業する姿を見られて本当に嬉しいぜ! これから全員運動場に移動だ! そこで卒業式をやって終わりとなる。卒業生代表挨拶は考えてきたか?」
オリガン先生の視線を受けた僕は、力強く立ち上がる。
「はい!」
「いい返事だ! それじゃあ移動するぞ!」
「「「「はい!」」」」
そのまま運動場へ移動した僕たちは、すでに設置されていた椅子に座る。
この広場に一つだけ設置されている1メートルほどある高台。
その上にいる学校長は、周りを見渡してから口を開く。
「卒業生諸君! 今日はめでたい日だ。君たちが冒険者としての第一歩を踏み出す日。そんな日にこうやって挨拶できるのは光栄に思う。この学校での経験を忘れずに、それぞれ頑張って欲しい。短いが、私の話は以上」
学校長が話し終わると同時に、運動場には拍手の嵐が巻き起こる。
そして、僕は席を立ち、高台を目指して足を進めた。
運動場の端のほうに設置されている父母席からママ、パパ、ヒュージさんの視線を感じる。
その他にもさまざまな視線が僕に向けられていたが、それに緊張することなく僕は高台の上に上がった。
一つ息を吐いた僕は、音声拡張機能がある魔法道具に向かって声を出す。
「今年の卒業生代表に選ばれたアランといいます」
名前を宣言した僕は、周囲を見渡す。
すると、当然のことながら運動場にあるすべての視線が僕に注がれていた。
それらに気圧されないように、一瞬目を瞑り、深呼吸をしてから再び話し始める。
「今日で三年間過ごした冒険者学校とはお別れになります。今まで色々と教えてくれた先生方、ありがとうございました! 今まで僕とクラスが一緒だった人たちは当然ですが、クラスが違って交流があまりなかった人たちにも、なんだかんだとお世話になったと思います。これからも僕は感謝の気持ちを忘れずに……冒険者としての第一歩を明日から歩いていきます!」
すべて言い終えた僕は、一礼をして席に戻るべく歩きだす。
すると、高台から降りる僕に向かって拍手の嵐が降り注いでいた。
キャサリン、フローラ、ゼベクト……
待っててね。僕は再び君たちに会えると信じてる。
これからの人生を――君たちと一緒に歩んでいけると確信しているよ。
勇者と魔王と僕 緋緋色兼人 @hihiirokane
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