第58話 卒業の日

 あれからどれだけの朝と夜が巡っただろう?

 自分の部屋でベッドに入って横になっている僕は、これまでのことを思いだしていた。


 一年生の授業において、10月から週に二日間は冒険者学校専用ダンジョンに入れるようになったんだよな。

 そして――なんとか頑張ってユーリオと同じように、一年生時にソロで攻略をしようとしたが――それが叶うことはなく、終業式を迎えた。


 二年生になると、週に三日までダンジョンに入れるようになり、なんとか28層まで進めたんだ。

 しかし、どうしても時間的な制約から、攻略が叶うことはなかった。

 それで僕は少しの苛立ちを覚えたんだけど、ヒュージさんに宥められて気持ちを持ち直したんだよな。

 三年生になって授業が自由参加になったのもあり、ようやく好きなだけダンジョンに入れるようになり、4月に攻略できた。


 あと思いだすことといえば、全クラス対抗戦のことか。

 二年生の時は個人戦で優勝できたけど、三年生のときは団体戦だから、代表を辞退したんだったな。

 まぁ、辞退というか……そもそもパーティーを組まなかったから、選ばれなかっただけなんだけど。

 そんな風に2年と5か月間にあったことを思いだして感慨にふけていると、いつの間にか僕の意識は途絶える――


◇◇◇


 寝不足を感じることなく目が覚めた僕は、ベッドから降りて服を着替えた。

 この服はピシッとしていて気持ちを引き締まる。

 今日の訓練は中止にして、両親が買ってくれた服を汚さないようにご飯を食べてから……卒業式に向かおう。

 グレーの礼服に身を包んだ僕は、リビングに向かって歩きだす。


 自分の部屋を出て少し歩き、ドアを開けて皆がいるであろうリビングに足を踏み入れる。

 中に入って様子を見てみると、そこにはパパとママとヒュージさんがすでに待っていた。

 それにテーブルの上には、すでに飯を用意がしてある。

 昨日三人が早めに起きて用意しておくって言ってたけど、誰も寝坊することはなかったみたいだ。

 彼ら全員の顔を一通り見た僕は、穏やかな気持ちで口を開く。


「おはよう」


「おお、おはようだ!」


「おはよう。アランちゃん、とうとう卒業ね」


「おはよう。お前は大きくなったな。アラン」


 ヒュージさん、ママ、パパの順で挨拶を返してくれた。

 それに笑顔で答えた僕は、一つだけ空いてる席に向かっていって椅子を引く。

 そして座ろうとすると、目の前にある料理からいい匂いが漂ってきて、寝起きの鼻の奥を刺激する。


「美味しそうだね」


「ええ。少し早起きして、腕によりをかけて作ったわ」


「ありがとう。三人も今日は卒業式を見に来るんだよね?」


「ああ。俺たちはお前の晴れ姿を見に行くぜ。なっ、タリオ! ララさん!」


「ええ。そうね」


「ああ。なんとか仕事の調整もついて、俺も行けるようになった」


「そっか。ありがとね。嬉しいよ」


 そんな僕のお礼の言葉を聞いた三人は、心が温かくなるような笑顔をこちらに向けてくれた。


「さあ、食べましょう。今日は少し奮発してから、ワイルドボアのステーキと白パンよ!」


 確かにいつも黒パンだからね。ワイルドボアはヒュージさんがたま狩って来てくれるから食べれるけど。

 それにこのお肉は美味しいんだ! 食べるのが止まらなくなるのは困っちゃうけどね。

 そのまま三人で軽い雑談をしながら、食事を余すことなく食べる。

 ご飯が終わりお茶を飲んだあと、皆が外出の用意を始めた。

 それらを横目で見つつ、いつもの冒険者然とした格好をしているヒュージさんを視界に収める。


 そして――もう二年以上前になるけど、ユーリオたちと出会った次の日に彼とした会話を思いだす。


◇◇◇


 僕がヒュージさんに殴りかかった翌日の夜、彼の表情はどこか晴れないものだった。

 それはそうだろう、なんだかんだ酷い扱いを受けたとしても――彼は今まであの二人について、愚痴っぽい愚痴は言ってこなかったんだ。

 そこから導き出される答えは決まっていて――ヒュージさんはまだあの二人を愛しているのだろう。


「ねぇ、少し聞いてもいい?」


 テーブルでお茶を飲んでいた彼に向かってそんな言葉をぶつけた僕は、そのままヒュージさんの隣に座った。


「ん? ああ。いいぞ。どうした?」


「浮かない顔してるよね。やっぱりあの二人のことで?」


 それは図星だったのだろう、彼は頭を掻きむしり口を開いた。


「はぁ。顔に出ちまってたか。俺もまだまだだな」


「うん、どこか浮かない顔をしていたし、今日は食事中もぼーっとしていたよね」


「そうだったか。これはあんまり格好良くないから言いたくなかったんだが、まぁいいか」


 ヒュージさんはどこか気まずい顔を浮かべて、さらに口を動かす。


「俺はピューピルの街に来てから、冒険者稼業を再び始めていただろう?」


「うん」


「その時な……この街に引っ越してきた翌日か。冒険者ギルドに行ってギルドカードを提示したのさ」


 依頼を受けるなら当然それを出すというのは、学校からも教えてもらっていたので、それは当然だろうと思い頷く。


「そしたらなぁ――」


 と、そこまで言ってから言葉が止まったので僕は疑問に思ったが、彼は乾いた笑い声を出してから言葉を続ける。


「受付嬢にびっくりされちまってよ。そいつが俺に小声で言うのさ。『こちらのカードの持ち主は、死亡したと聞かされています』ってな?」


 その言葉を聞いて僕は思いだした。

 前に彼から過去の話を聞いたときに、ユリアさんヒュージさんを死んだことにするって言ってということに。

 そうだ……それ自体は覚えていたけど、それが及ぼす影響について考えていなかった。

 冒険者が死亡した際には、冒険者ギルドに届け出が必要なんだ。

 それに結婚や離婚も同様に届け出が必要であり、ギルドか、もしくは国の機関である国民課に届けなければならないという。

 その辺は実際にギルドや国民課に行ったことがないから良くわからないけど、このことは授業で習った。


「そうしたらどうなったの? ユリアさんが嘘をついていたってわかってもらえたんだよね?」


「んー。まぁ、俺がヒュージであるということは証明できた。なにせ、ギルドカードに魔力を通して起動させられるのは本人のみだからな」


「なら、あの人に何か苦情がいったり、罰せられたりしたの? その虚偽報告は罪になるって学校で習ったけど」


「まぁ、一応罰があるといえばある。だけどな? あいつはSランク冒険者であり身分が子爵と同じになる。これは学校でもきっと習っているだろう?」


 それは最初の授業で聞いたから、その通りだ。


「うん」


「相手がそんな身分で、しかもギルドにとって重要な人物であれば融通も利くようになるんだ。よっぽどのこと――そうだな、殺人やあまりに酷い暴行など、どうしても見過ごせないようなのなら別だが。それにあいつの口も上手かったみたいだ。ユーリオを庇った俺は、崖下に転落してしまって遺体を見つけられなかったって、ユリアはギルドに伝えたらしい。だから軽い罰金だけだったと聞いた」


 本当にあの女の人は酷い人だ。怒りが込み上げてくる。


「そんな怖い顔しなくてもいいぞ? 俺のために怒ってくれるのは嬉しいけどな。まぁ、そのあとギルドが彼女に連絡を取ったみたいなんだが、その際にギルド職員は言われたらしい。『もう死んだと思っていて離婚手続きもしてあるから、今となっては他人よ。もうあの人の名前を私の前で出さないで』ってな」


「そ、そんなことを言ってきたの?」


「ああ。だから……もう俺とあいつは夫婦でもなんでもないんだ。おそらく、ギルド職員たちもなんらかの事情を察したのかもしれないが……特に俺に何か言ってくることはなく、腫れ物扱いさ。まっ、そんなの俺は気にしないで依頼をしていたんだけどな」


 そんな言葉を寂しそうな顔で口から出した彼は――心が泣いているように見えた。

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