屋敷をあとに

 夕食では他に他愛もない話だけで終わった。

 わかったことは、マリウスと奥さんとの仲は良いらしい。多分ずっと良いままだろうな、と何となく思う。

 社会情勢的なところについては、マリウスの周囲で起きたこと以外には特に目立ったこともないらしい。帝国との繋がりが強化され、北方とのやりとりも積極的に始まったことで、共和国の怪しい動きも一旦は沈静化しているそうだ。

 それが本当かどうかはルイ殿下の仕事になってくるのだろうが、マリウスのところに届いている情報ではそうなっている、ということだ。


 つまり、俺は作業に打ち込めるはずである。人に話せばうぬぼれと言われるかも知れないが、おそらくは集中できるように整えてくれたのだろう。

 それは翌朝にも感じることができた。


 起きてから、いつもの服を着たところでカミロが迎えに来てくれるとの話が入った。

 都から歩いて家に戻っても、俺とヘレンならそう時間はかからない(勿論クルルや馬車に乗るよりはかなりかかるが)ので、俺はカミロが来ないなら来ないでいいと思っていた。

 出立前に帰る旨をことづけておけば、それでへそを曲げるような男ではないし。


 のんびりとした朝食を摂ってから外に出ると、ちょうどカミロの馬車がやってくるところだった。

 やってきたカミロに俺は声をかける。


「おはよう、すまんな」

「なに、俺も1日で戻るつもりだったし、ついでだ」


 そう言ってカミロはいつものあまり似合ってないウインクを飛ばした。


 エイムール伯爵邸には当主たるマリウス、そしてボーマンさんやカテリナさん以外にも、お世話になった人が見送りに出てくれていた。


「皆さん今回もありがとうございました。また来ることがあると思いますが、その時もよろしくお願いします」


 俺がそう言って頭を下げると、エイムール家の皆さんが口々にお別れの挨拶をしてくれる。次に来たときはまた奥さんにも挨拶をしておきたいところだ。

 あの人はクルルやルーシーを気に入っていたようだから、連れてこなくちゃな。


 挨拶を終えて、俺とヘレンが馬車に乗り込み手を振ると、エイムール家の皆さんも手を振り返してくれる。

 俺とヘレンは少しの間、ずっと皆さんに手を振り続けた。


「で、どうだった?」


 エイムール伯爵邸が見えなくなると、カミロはそう俺に切り出した。俺は首を横に振る。


「俺達の行った範囲じゃ、〝遺跡〟には何もなかったよ。もともと入ったという名分のためにみたいなところはあったし、そこにガッカリはしてないけど」


 事実、ものとしては何も見つかっていない。せいぜいが腐食して崩れていく家具だったらしきものの残骸くらいだ。


「〝遺跡〟には俺も期待はしてないよ。大半が空振りなのはよく聞くし」

「じゃあ、何を聞きたいんだよ?」


 俺は口をとがらせたが、それ以上に口をとがらせたカミロが言った。


「王弟殿下に決まってるじゃないか」


 なるほど、カミロもルイ殿下に直接会ったことはないらしい。最近で機会があったのは帝国の使者が来たとき……つまり、偽物騒ぎの後始末のときだが、その現場にはカミロも立ち入れていない。

 最近良く関わるようになりつつある王家の人間に興味が出るのは、行商人として当然の思考か。


「悪い人ではなかった。良くしてくれるか、と言われると多少首を捻るかも知れない」

「ふむ。積極的ではないにせよ味方ではあると」

「たぶん、そうだな」


 俺は頷いた。表向きは閑職とは言え王家である。一介の鍛冶屋に対して大っぴらに支援するのは、例えば王家御用達の鍛冶屋なんかもいるだろう手前、体面としてよろしくあるまい。


「そういや、こっちに来なかったけど、お前は何をしてたんだ?」

「都にはちょこちょこ来てるが、やることは結構あってな。ま、そのうち分かるさ」

「ふうん」


 カミロに話す気がない、とわかったので、俺の興味は都の人々に移った。昨日のうちにお触れが出たせいか、わずかながら人々の顔からは不安が消えているように感じる。

 ルイ殿下と直接顔を合わせた贔屓目だろうと言われたら否定はできないところだが。

 しばらくは〝遺跡〟を目当てにやってくる人が増え、やがて探索されつくしたら埋めるにせよ、そのままにせよ、日常の中に消えていくのだろうな。


 道を行き交う人々を眺める俺を乗せて、カミロの馬車は都の門へと向かっていった。


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