第2層②
ブーブーと文句を垂れるルイ殿下であったが、王弟殿下に一大事があれば我々の首が飛びかねない。この場合の首が飛ぶ、とは比喩表現ではなく文字通りの意味だ。
アネットさんを筆頭に全員でなだめつつ、それまでと変わらない順番で第2層の廊下を進んでいく。
程なくして、十字路に出た。後ろを振り返ると、入ってきたところはもう闇の中に飲み込まれていて見えない。俺1人でここに来ていたら、迷って出られないまであるな。
ここまでに部屋の入口はなかった。ここからは見えないところにあるのだろう。
「侵入者の視点だと、こういうの結構迷うんだよね」
ルイ殿下の言葉はやや物騒な内容とは裏腹に、声が喜色に満ちている。
アネットさんが頷いた。
「ええ、真ん中に立っても一番奥が見えないようになっております」
「そうなの? どれどれ」
ルイ殿下がそう言って十字の交点に向かおうとするが、念の為、先に俺達で十字の今来たのとは違う三箇所に立っておく。殿下は「ちぇー」などと漏らしていたが、俺たちが立つまでは待ってくれた。
「なるほど」
交点に立ったルイ殿下は大きく頷いた。俺は十字路のうち一箇所に立っているが、さっき振り返ったときのような光景が見えている。
さっきちらっと見た限りでは他も同じようなものだった。
似たような光景、ましてや明かりと言えばほとんどが松明かランタンのみという状況である。1人でここに立つと方向感覚を失うのは間違いないな。
マリウスがスッとルイ殿下のそばに近寄って尋ねた。
「いかがしましょう?」
「ここは出口に誘導するように目印を付けておいてくれるかい。後でいい」
俺達はこうやって大人数だからいいとして、後からやってくる〝探索者〟に、こんな最初のところで迷われても困るのはマリウスのエイムール伯爵家も、ルイ殿下のヴァロア王家も同じだろう。
〝探索者〟にとっても、あって困るものでもなさそうだし。
「かしこまりました」
マリウスが丁寧なお辞儀をして、その後ろでカテリナさんが僅かな明かりの中、ここまでの構造と今の指示をそこに書き入れている。
「部屋の入口は裏かな?」
「ええ。ここの4つには扉がありませんでした」
「じゃあ、中身には期待できなそうですね」
アネットさんの言葉を聞いての俺の言葉に、ルイ殿下はまたもやがっくりと肩を落とし、アネットさんは頷く。
「エイゾウくん、あまり気落ちすることを言わないでくれよ」
「先に気落ちしておけば、何もなければそのままで済むんですし、なにか見つかれば儲けものくらいに考えたほうがいいですよ」
「それは君の経験から来る話かな?」
「ええ、まあ」
俺は頷いた。こういうときにハードルを上げると、多少のものが出ても「なんだこんなもんか」となってしまう経験は何度もしてきた。
こういうときは「掃除してたら本の間から1000円出てきたラッキー」くらいの期待度でいったほうが俺の経験上、精神衛生的にはよろしい。
「君が言うならそうなのかもなあ」
「きっとそうです」
ハードルを成層圏に達しようかというくらい上げて、その後に期待外れな結果であっても「ありゃー」の一言で大したダメージも負わずにいられる人、というのは確実に存在する。
そして、ルイ殿下はそのタイプのように思える……のだが、何がダメージになるかは分からないし、ここはちょっと脅しておこう。
ふと見れば、アネットさんがルイ殿下からは見えないように、俺に向かってサムズアップをしていた。とりあえず彼女の不興を買っていないなら良しとしよう。
「どこからご覧になります?」
「それじゃあ……えーと……ここかな」
ルイ殿下は一つの部屋を指差した。俺達は顔を見合わせて頷きあったあと、やはり先頭に立とうとするルイ殿下を押し止めるように、ちゃんとした隊列を組み直すのだった。
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