第2層①
第2層へは普通に石組みの階段が続いていた。それなりの年月を経ているらしく、ある程度の損傷は見られるが縁の部分が大きく欠けていたり、あるいはそもそも崩れていたりといったことはない。
それでもいつ崩れたりするかはわからないので、先頭は明かり役の人からアネットさんに代わり、一歩ずつ踏みしめるように降りていく。
「いやあドキドキするねぇ、エイゾウくん!」
「え、あ、そうですね」
緊張していたところに、ルイ殿下から突然朗らかな声で話しかけられてしまったので変な応対になってしまった。今はこれで不敬とか言われないのが救いだ。
それに、俺もドキドキはしているが、どちらかと言えばワクワク強めの殿下と違って、未知の領域に対する不安感のほうが強い。あそこまでの胆力がないと、王弟というのは務まらないものなのだろうな。
「殿下、あまりはしゃがれませんよう。ここから先は……」
「分かってるよ。チラッと見てきただけなんだろう?」
アネットさんが釘を差したが、ルイ殿下はとんでもないことを言って、アネットさんの表情が引き締まる。
俺はにこにこ顔で降りていく殿下に尋ねた。
「あの、殿下、今なんと?」
「おやおや、エイゾウくんほどの者が気が付かないとは思わなかった! 見てみなよ」
そう言ってアネットさんの少し先の地面を指差すルイ殿下。俺には普通に階段が続いているようにしか見えない。
「わずかばかり足跡が残っているだろう? あの感じからするとアネットかな?」
言われて目を凝らすが、俺には「言われてみればそう見えなくもない」くらいしかわからない。
以前に〝黒の森〟でサーミャに「あそこに樹鹿の足跡があるだろ?」と、ほんの僅か草の様子が違う部分を指して言われたことがあるが、あっちのほうがまだそれだと分かったくらいだ。
「うーん、申し訳ないですが、私にはあまりわからないですねぇ」
「おや、そうなのかい?」
「普通の鍛冶屋なものですから、そういう部分は苦手でして」
ルイ殿下は苦笑しつつ言った。
「『普通の鍛冶屋』はあんな物を作れないし、帝国に潜入したりしないと思うけどね。ま、いいや。ともかく、この先はアネットが行ったことがあるってことだ」
「はい。その通りでございます」
アネットさんが頷く。これ以上しらを切っても無駄だと判断したのだろう。
「上階に影響のあるものが放置されていてもいけませんので、そういうものがないかだけは確認しております。細かいところまでは調べておりませんので、殿下がガッカリなさるようなことはないですよ」
そう言われたルイ殿下が、わざとらしくため息をついたあとで呵々大笑する。
「それを聞いて安心した! 本当に何もなくても、自分の手で調べてそうだとわかるのと、誰かが知ってるところを確認するのとでは大違いだからねえ」
今度はアネットさんがため息をつく番だった。俺は殿下とアネットさんのように、マリウスが小さく頷き、カテリナさんが小さくため息をつくのを見逃さなかった。
だが、その心配は俺にも向けられていたようで、ヘレンの視線が俺に向けられているのを感じる。
「さ、さあ、降りましょう。まずは着いてからです。ね?」
俺は慌ててそう促し、突然何事かが起きることはなさそうである、という安心感から生まれてきたワクワクを押さえつけるのだった。
「ここが?」
「はい。第2層です」
途中、踊り場になっているところを何回か折り返すと、少し大きめの部屋に出た。ちょうど俺たちがいる正面には口が開いていて、壁が続いている。どうやら廊下らしい。
アネットさんが掲げる明かりは廊下になっている部分のかなり先まで届いているのだが、更に奥があるようで、途中からは闇に吸い込まれていてわからない。
第1層のときは少し進めば廊下の突き当り(つまり、階段のあるところ)も見えていたのだが、ここはそうではないようだ。
「この階層から、少し構造が複雑になっておりました。後から増築したようです」
「広いね」
「ええ。上の2倍ほどでしょうか」
「ふむ……」
アネットさんの報告を聞いて、ルイ殿下が少し考え込む。
「ま、今はいいか、さあエイゾウくん、ヘレンくん、マリウスも行くぞ!」
勢いよく右腕を掲げて宣言し、先陣を切ろうとするルイ殿下。当然のことながらそれは、
「お待ち下さい殿下! 我々が先頭です!」
というアネットさんの半ば叫びで食い止められるのだった。
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