第1層②

 第1層の他の部屋も見て回ったが、どの部屋もほぼ空っぽで、ルイ殿下は見て取れるほどガッカリしていた。

 1つだけ広めの部屋があり、そこには木製のような質感の、ベッドらしきものの残骸があったが、少し触っただけでボロボロと崩れる有り様だったので、お宝には向いていない。


 アネットさんいわく「この階層は調べた」とのことだったが、あまりに何もないので「ものは試しだから」とルイ殿下に言われ、それぞれの部屋で軽く壁を叩いてみると鈍い音だけが響いて、その向こうに空間が無いらしいことだけがわかり、ルイ殿下は大きく肩を落とす。


「仮に隠し部屋があっても、第1層にあったことはないね」


 と言ったのはヘレンである。彼女は傭兵だった(今も名目上は現役の傭兵なのだが)ころに、何度か「仕事」として領主の依頼で単独で潜ったり、〝探索者〟の依頼で護衛をしたりしたことがあるらしく、アネットさんやカテリナさんの経歴が不明なのでそれを除けば、この中では最も経験があることになる。

 そのヘレンが言うのだから、ほとんどの場合第1層に隠し部屋はないと思っていいのだろう。


 ヘレンの話を聞いて、アネットさんがうんうんと頷きながら言った。


「普通は人や物を隠しておく場所としての隠し部屋ですからね、人の出入りも物の出入りも激しいであろうところに作らないのは道理です」

「と、思わせるのが目的かも。誰しも足元には気がつきにくいものだし」


 とはルイ殿下のお言葉である。殿下はまだ続けたいようだったが、アネットさんに呆れたような顔をされて、それ以上は言葉を続けなかった。


「それでは時間を潰して上に戻りましょうか」


 道中かなり大人しかったマリウスがそう促したが、ルイ殿下は大きく首を横に振った。


「いやいや、それではつまらないだろう」


 マリウス、アネットさん、カテリナさんの顔に「やれやれ」という表情が浮かぶ。顔は見えないが、明かり役の人も小さく首を振っているようだったので、同じような表情なのだろうな。


「どうしてもですか、という確認は無意味そうですので、上に連絡だけしてまいります。少々お待ちを」


 アネットさんは今日何度目になるかわからない、どデカいため息をついて、明かりをカテリナさんに預けると、小走りで走っていった。


「夕刻になっても戻らないようであれば、第2層まで来るよう連絡してまいりました」


 アネットさんが報告をして、ルイ殿下が鷹揚に頷いた。アネットさんが続ける。


「ここからはまだ調べておりません。どのような危険があるやも知れませんので、お覚悟を」

「もちろん、そのつもりだとも」


 ニコニコと満面の笑みを浮かべるルイ殿下。ふとマリウスの様子を見ると、態度にこそ出さないが彼も目が輝いている。

 彼の妹であるディアナに聞いたところによると、彼も少年の頃はかなりやんちゃであったらしいし、今のその片鱗を垣間見せることがよくあるので、内心喜んでいるのだろう。

 王弟殿下と伯爵閣下、2人のやんちゃ坊主にとってはとても楽しい時間となるに違いない。


 それでは第2層へ降りよう、となったときにヘレンがボソリと呟いた。


「3人もやんちゃ坊主がいたんじゃなぁ」

「え、俺も入ってる?」

「当たり前だろ」


 呆れた顔でそう言うヘレン。アネットさんとカテリナさんはそれを聞いてクスクスと笑っている。

 俺は殿下と閣下、2人のやんちゃ坊主と顔を見合わせ、3人揃ってバツが悪い顔になりながら、第2層へ降りる準備を始めるのだった。

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