潜る

「殿下は気もそぞろのご様子ですので、手短に済ませましょう」


 そう言ってカテリナさんが説明を始めた。


「当初は第1層の探索のみで、早すぎる場合にはしばらく中にご滞在いただき、夕刻頃に帰還の予定でしたが……」


 それを聞いてルイ殿下が悲しげに首を横に振る。カテリナさんは大きくため息をついた。


「少しだけ、第2層の探索も実施します。向こうに着いたら、『そちら』の方々にご説明しますね」


 今度は明らかに嬉しそうな様子でルイ殿下が頷いた。拍手をしながらである。すぐ外に一般の人々がいたら何事かと思ったことだろう。

 幸いというか、ある程度この自体を見込んでのことだろう、立入禁止になっているところから、ここは離れているため、耳にしたものはいないはずである。


「探索に道具はこちらで揃えております。予備は……」

「予備の明かりやロープは俺たちが持ってます」


 俺が言うと、カテリナさんがニッコリ微笑んだ。


「では特に殿下に持っていただくものはないですね。ご自身の安全を最優先に動いてください。まあ、殿下なら滅多なことはないと思いますが」


 今度はわかりやすく口を尖らせるルイ殿下。王弟だからな。全てを見捨てても生還してくれないと困る。


「それでは参りましょう。殿下は先頭を行かれませぬよう。せめて〝遺跡〟の中に入るまでは我慢なさってください」

「分かった。そこは約束するよ」


 渋々ながらも了承したルイ殿下の返事に、満足そうに頷いたカテリナさんは先に立って俺達を先導する。カテリナさんの次に俺、俺の後ろはマリウス。そしてルイ殿下。殿にはヘレンがついた。

 ヘレンが最後尾なら万が一にも不意打ちということはあるまい。


 俺達はルイ殿下の歩む速度に歩調を合わせる。殿下はきっと走って飛び込みたいくらいにテンションが上っているはずだ。それはわずかに大股になっている殿下の歩き方でわかる。

 しかし、ここは遠間からとは言え一般の人々から見える場所である。先程までのテンションをそのままに曝け出せば王家の威信もなにもあったものではない。

 そのため、わずかに大股だが堂々と、つまり歩く速度としては少しゆっくりめに殿下は歩みを進め、俺達はそれに従っていく。


 ざわざわと野次馬の声が少しだけ聞こえてくる。


「〝迅雷〟がいるなら探索もあっという間に終わるんじゃないか」


 とか、


「それなら、あの北方人も手練れなのか」


 とかあれこれ言っている。俺に関しては的外れもいいところなのだが、まさか一介の鍛冶屋が殿下の〝遺跡〟探索についていくなどという話を想像せよと言うほうが無理がある。

 そんな口々の言葉を背に、俺達は路地の一部が崩れてぽっかりと口を開けた〝遺跡〟の入口へ向かっていった。


 入口は四角く落ちていて、たまたまなのか整備したのか緩やかにスロープになっていた。

 少し入るとゆったりした頭の上からつま先まで、全て黒尽くめの装束に身を包んだ人が、ヌッと闇からにじみ出るように現れる。俺は一瞬肝を冷やした。サーミャがここにいたらビックリしたことに気がついて、ニヤニヤ笑っているかも知れない。


 カテリナさんもマリウスも警戒していないし、一瞬の間にヘレンが飛びかかるということもないので、味方のようだ。まあ、殿下を害しようという人間がこんなにのんびり現れることもないか。

 衣装のイメージがちょっと忍者っぽいなと思っていると、その人が黒尽くめのフードを外した。先程までは性別もわからなかったが、ボブカットの銀髪に整った顔の女性だ。


「ルイ殿下、ご足労いただきありがとうございます」

「うん」


 女性が膝をついて礼をとると、ルイ殿下は鷹揚に頷く。それを見て女性は立ち上がり、俺の顔を見た。


「エイゾウさん、お久しぶりです」

「どうも」


 俺は日本式というか北方流というか、のお辞儀をした。アイサツは大事だと古事記にも書いてあるらしいからな。

 全く見知らぬわけでもない人に挨拶をしない、というのもおかしい話だし。


 女性はアネットさんである。以前、マリウスの結婚式のときに密偵として顔を繋ぎに来たのが最後(そして初対面)だ。

 彼女が密偵的なものなら、こういう黒装束もおかしくない……のか? ん? アネットさんがここにいて密偵ということは。


「あれ、ということは先ほどルイ殿下がおっしゃっていた、〝黒ベールの目〟って……」


 思わず俺がそう言うと、アネットさんが目を丸くしたあと、キッと眉を吊り上げてルイ殿下に詰め寄った。


「まさか、言ってしまったんですか?」

「いや……あれっ? エイゾウくんに言ったかなぁ?」


 しどろもどろになるルイ殿下。しまったな、聞いてないふりをすればよかったな。俺はてっきりあの場でなら話していいから言ったんだと思ったが、そうではなかったらしい。

 今からしらばっくれるのも矛先がこちらを向きかねない。不敬と言われてもここで助け舟を出すわけにはいかんのだ。


 しかし、追求はアネットさんの大きなため息で打ち切りになった。


「その話は後に回しましょう。奥に向かいますよ」


 そう言ってアネットさんが短く指笛を吹くと、同じ音が返ってきて遠くに小さく明かりが生まれて、こちらに近づいてくる。どうやら遠くのほうで明かりを確保してあったようだ。

 明かりが近づくにつれて、ワクワクを隠しきれない様子のルイ殿下を見ていると、何も騒動がなければいいなと思う俺の希望はどうやら完全には叶いそうにもないな、と俺は内心で小さくため息を付くのだった。



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