腕白小僧
「実は第1層について、ほぼ調査を終えています。ここ以外では不明ということにしていましたが」
カテリナさんが、紙――要するに〝遺跡〟の地図だが――を指差して言った。
「そうなんですか?」
俺は思わずルイ殿下よりも先に声を出してしまった。慌てて口を閉じて一歩下がるが、ルイ殿下はクスリと笑うだけで、俺を手招きする。
ペコリと軽く頭を下げて、俺は再び地図の前に並んだ。
そんな俺を見てから、カテリナさんは小さく頷いた。
「殿下はお強いんですが、それでも万一があるといけませんので、特に危険な場所がないかは事前に調べておきました」
ルイ殿下がカテリナさんに尋ねる。
「私の部下たちは?」
「もう到着しておられますよ。先に入っておられます」
「ゆっくり来ても良かったんだけどな」
「ご自身が先に入りたくてそう仰るだろうから、とアネット様が」
「なるほど」
ルイ殿下は苦笑した。俺とヘレンの視線がルイ殿下に向いているのに気がつくと、殿下は頬を掻き掻き言う。
「どうも部下たちは私を信用していないらしくてね」
どうやらルイ殿下は、閑職で比較的自由に動けるのを良いことに、好き勝手するところがあるらしい。今現在もそうであるとは言えるが。
そういう人間が俺は嫌いではない。なんなら自分も今そうだからだ。一介の鍛冶屋でいることを選んでいるのは、「ずっとものづくりでのんびり暮らしたい」からなのだし。
俺はなるべく笑い顔になるように表情を作ってから言った。
「良い部下をお持ちで。殿下の最初は自分で見たいというお気持ちは分かりますが」
「君なら分かってくれると思ったよ。私も許されるなら〝黒の森〟を1ヶ月ばかり探検してみたいんだがなあ」
「その時は歓迎しますよ。ああ、品物については……」
「私が1人で行かなくてはいけないんだろう?」
「よくご存知ですね。その通りでございます」
チラッとマリウスを見ると、小さく肩をすくめた。すると彼からの情報ではなさそうだ。カミロからかな。王家に繋がりが持てるとなれば大きいから、これくらいなら俺を「利用」していても特に怒りとかはない。
コホン、とカテリナさんが小さく咳払いをしたので、ルイ殿下も俺も居住まいを正した。
「ご覧の通り、各部屋の区切りは真っ直ぐです。周囲は埋もれている場所もありました」
カテリナさんが指差す先には中央に廊下らしき長い長方形と、そこに部屋らしき四角形がくっついている。部屋らしき箇所はところどころ外縁部が不定形になっていた。
不定形になっている部分が埋もれている場所ということらしい。
「中は広いのか?」
質問をしたのはヘレンだ。おそらくは探索する時間をある程度見積もっておきたいのだろう。
「いえ、この小さな部屋で8歩か9歩か。10歩はありません」
「じゃあ全体でも大したことはないな」
「ええ」
頷きながら言うヘレンに、カテリナさんが頷きを返し、ヘレンが腕を組む。
「日が沈むまでには余裕で終わりそうだな」
「一層では特に何も見つかってないですしね」
どうやら今回はルイ殿下のお守りだけで済みそうだ。さっさと終わってくれるなら、それに越したことはない。楽な仕事で終われるといいな。
などと思っていると、ルイ殿下がニヤリと笑って言った。
「カテリナくん、言ってないことがあるね?」
「はて、何のことでしょう?」
カテリナさんは頭上にはてなマークが見えそうなくらい首を傾げる。しかし、ルイ殿下の追求は止まらなかった。
「〝黒ベールの目〟の長たる私を見くびってもらっては困るな。空いているそこ、あるんだろう?」
ルイ殿下はそう言って地図の一角を指差す。
「階段か坂かは分からないが、2層へ降りられる箇所が」
ポロッと漏らした〝黒ベールの目〟という名称も気になるが、後でルイ殿下が教えてくれなかったら、マリウスに聞いておこう。
それよりも、ルイ殿下が指さした箇所は俺から見るとただの空白にしか見えない。ああ、なにもないところなのだな、と思うだけなのだが、その部分に殿下は地下へ行く手段を見出したようだ。
チラッとマリウスの方を見るカテリナさん。マリウスはやれやれといった感じで、小さく首を振った。
「……ございます」
カテリナさんの言葉に、ルイ殿下は、
「よし! まだ私自身の目も捨てたものじゃないな! それじゃあ早速行こうか!」
と、やたら朗らかな笑顔で天幕の外へ向かおうとし、それをマリウスとカテリナさんが「もう少しだけ準備があるからそれを待ってから」と押し留めている。
あのマリウスが止める側に回るとは、これはとんでもない腕白小僧もいたものだなと思いつつ、
「〝黒の森〟では、すぐそこであってもそれなりの準備をして向かいます。〝遺跡〟でもそうなさるのがよろしいかと」
俺もそうマリウスたちに助け舟を出す。
すると、ルイ殿下は一瞬キョトンとしたが、なんだかしかつめらしい顔になり。
「そうか、君が言うならそれがよさそうだ。そうしよう」
と、素直に地図の前に戻った。
俺とマリウスは顔を見合わせ、お互いに小さなため息をつくのだった。
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