稽古の開始

 外街での買い物を終え、俺とヘレンはエイムール邸に戻ってきた。

 ボーマンさんに出迎えてもらい、俺とヘレンの居室に案内して貰う。

 少しだけラフな格好になったところで、空いている部屋を作業部屋として使わせて貰えるように頼んだ。


 ボーマンさんはにこやかに承諾してくれ(マリウスには言っておいてくれるらしい)、今、俺とヘレンは作業部屋で荷物を広げている。


「さて、それじゃあ、今のうちに確認しておくか」


 翌日〝遺跡〟へ行くのに備えて、最後の確認をしておきたかったのだ。


「よし、装備はこれでバッチリだな」


 ズラッと並んだロープにランタン、火打ち石と非常食(硬く焼きしめた乾パンのようなものだ)……必要なものは全て揃っている。


「あとは、得物の調子を見ておこう」


 ヘレンが短剣を鞘から抜く。鋭い刃先が、まだ窓から入ってきている陽光を反射して煌めき、アポイタカラの青と相まって宝石のようでもある。


「ま、エイゾウのだと手入れもいらないか」


 一通り光にかざしたりしていたヘレンがそう言ってニヤリと笑う。褒められるのは悪い気はしないので、俺もニヤリと笑い返しておく。


 俺の〝薄氷〟も、使っていないこともあるがアポイタカラ製だし、チートの力で作ったこともあってか、特に手入れする必要も無さそうだった。


「よし、それじゃあちょっと稽古するか」

「え?」

「何もなけりゃ良いけど、いざと言うときがあるかも知れないだろ?」

「いや……まぁ、そうか……」


 俺はため息をついたが、確かに今のうちに多少は感覚を掴んでおいたほうが良さそうだ。

 俺が頷くと、ヘレンは喜色満面で部屋を飛び出す。多分、ボーマンさんを呼びに行ったんだろうな……。

 再びため息をついた俺は、ヘレンの後をついていった。


 日が傾き、オレンジ色に染まったエイムール邸の庭で、俺とヘレンは対峙していた。

 それぞれの手には、ボーマンさんに持ってきて貰った木剣。

 そういえば、一度ここでディアナとやったことがあったな。あの時は俺の圧勝だったが、今の相手は最強の傭兵である。かすりでもしたら奇跡だろうな……。


「じゃ、いくぞー」

「お手柔らかに」


 俺はヘレンと向かい合って構える。互いの目が、静かに見つめ合う。

 一瞬の静寂の後、ヘレンの姿がかき消えた。

 と、目の前と言っていいところにヘレンが現れ、鋭い突きを放ってくる。


「おっと」


 俺は慌てて飛び退る。その後を追って木剣が飛ぶような勢いで追ってきた。

 俺が身体を捻ってやり過ごし、木剣を振るうと、ガツッと鈍い音がして、更に追いかけてきていた木剣を弾いた。


「やっぱエイゾウはやるなぁ」


 感心しているのか、呆れているのかわからない声でヘレンが言った。


「ただの鍛冶屋だけどな」


 俺はそう言って笑う。戦闘能力が高い、ということにはあまり実感はない。

 ヘレンという青天井の強さを誇る人間がすぐ側にいるからというのが大きそうだ。


「アタイは知ってるけど、たぶん他の人間は信じないぞ」

「そうかな」

「そうだとも」


 そう言って再び構えるヘレン。すっかりやる気になってきているらしい。

 この後、結構な時間を相手にしなければいけないだろうな。

 俺はそのヘレンの攻撃を受け流すべく、構えをとるのだった。

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