稽古の続き
「フッ」
ごく軽く息を吐いたヘレンだが、やはり姿がかき消えた。
俺はそこから予測して、このあたりに攻撃が来るだろうというあたりに向かって木剣も振るう。
ガツッと鈍い音がして、手首どころか腕が丸ごと持って行かれるかのような感覚。
「うおっ」
今のヘレンは双剣を手にしていない。一瞬弾かれたところに鋭い一撃が間髪を入れず襲いかかってくることはない……と思いたかったが、そこはヘレンだ。剣が1本であろうと鋭い一撃が弾かれて空いた空間に滑るように潜り込んでくる。
俺はなんとか手首を返してヘレンの剣の軌道を逸らし、それは辛うじて俺の身体から離れる。
外れたと見てとったヘレンがスッと間合いを取った。
「やっぱエイゾウはやるなぁ」
「ただの鍛冶屋のオッさんだけどな!」
今度はこちらから踏み込んで一撃を放つ。特に訓練された動きではない。良く言えば荒削りな、悪くいえば素人丸出しの一撃。
チートのおかげか、速さだけは十分にある。
「おっと」
再びガツッと鈍い音が響き、俺の手を衝撃が襲う。ヘレンは軽い感じで俺の剣を弾いただけなのだが、動作に見合わない重さだ。
そして文字通りの返す刀(剣だが)が俺の顔面を狙って飛んでくる。
今度は俺が飛び退って間合いを広げた。俺はすぐに剣を構える。ヘレンのことだ、一瞬で間合いを詰めてくることも十分に考えられる。
しかし、ヘレンと俺との距離は詰まっていなかった。それどころか、ヘレンはすっかり構えを解いている。
「どうした?」
俺がヘレンに聞くと、彼女は顎で俺の背後を指し示した。俺はその示された方を振り返る。
「マリウスじゃないか」
そこにいたのはマリウスだった。あの少し豪奢な服ではなく、もっと活発に動けそうな服に着替えている。
と、言うかヘレンは伯爵を顎で示したのか。外でやらないだけマシだが、ちょっとヒヤッとする行動ではある。
さておき、マリウスの手にも俺たちが今持っているのと同じような木剣がある。
「おいおい、もしかして」
「もちろん、ちょっと手合わせをお願いしようと思ってね」
マリウスは爽やかに微笑んで言った。
「考えてみればエイゾウとやったこともないし。ディアナとはやったことがあるんだろ?」
「ああ」
俺は頷いた。ディアナがまだうちの家族ではなかった頃から、ヘレンが来るまでディアナの稽古は俺がつけていた。
ヘレンが来てからは基本的に彼女に任せている。なんせ最強と言っていい傭兵だし。
それでも、木剣で打ち合ったことがあるのは事実である。
「俺が衛兵さんや伯爵閣下に木剣であっても剣を向けるような不忠義者に見えるか?」
「それはそうだけど、エイゾウの場合は忠義とは関係ないだろ」
「まあね」
俺があっさり認めると、マリウスは苦笑する。
「明日、近衛以外で王弟殿下に一番近い場所にいるのは俺だからね。ちょっと身体を動かしておきたくなったのさ」
「そういうことならお相手つかまつりましょう」
言って俺はお辞儀をしてから剣を青眼に構えた。マリウスも恐らく王宮式なのだろう礼をして構える。
いつの間にか木剣を手から放していたヘレンがスッと手を挙げて、宣告した。
「始め!」
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