明日への休息
部屋を出ると、ボーマンさんが待っていてくれた。
「これからお食事にいたしましょう」
「あ、いいですね」
俺が言うと、ボーマンさんは満足げに頷き、俺を先導し始める。
食堂に向かう途中でヘレンに出くわした。彼女は女性の使用人さんに先導されている。
「よう、どうだった?」
「着たことはあるけど、慣れねぇなぁ」
ヘレンはそう言って肩をすくめた。彼女も俺と似たような状況であったらしい。
「かしこまった場に出た回数は俺より多いだろ?」
「そうだけど、ああいうのを着ることってそんなにないからな。大抵、用があるのは〝迅雷〟にだし」
鼻の頭に皺を寄せるヘレン。あまり楽しい思い出ではないようだ。
名うての傭兵を見たい、という需要はあるのだろうが、その時に着飾った〝迅雷〟を見たいわけではないのだろうな。
つまりはいつもの格好で人前に出ていたことになる。
その時に好奇の目で見られるだろうし、あまり気分の良いものではないか。
「まぁ、俺は明日楽しみだけどな」
「……何言ってんだお前は」
バシンと力強く、だが流石に身体を痛めない程度の力でヘレンに叩かれた。
その様子を見てクスクスと笑うボーマンさんと使用人さんに先導されて、俺とヘレンは食堂へと向かった。
食堂に着くと、ボーマンさんと使用人さんはスッと頭を下げて退出していき、俺とヘレン、そして先に座っていたマリウスだけが残った。
「その様子を見ると、どうやら似合わなかったわけではなさそうだね」
愉快そうに言うマリウスに、俺はフンと小さく鼻を鳴らした。
「俺が気になるのはチェインメイルの具合だけどな」
「ああ!」
どこか含みのある笑みを引っ込めたマリウスの顔が、子供のようにぱあっと明るくなる。
「ピッタリだったよ! 時間があれば全身のぶんを作ってほしいところだ!」
キラキラした目でいうマリウス。悪い気はしないが、俺はため息をついてから、苦笑しつつ言った。
「気に入って貰えて何よりだ。全身については考えさせてくれ」
今回持ってきた一部分だけのチェインメイルでも、俺がチートの全てを使ってかなりの時間が掛かっている。それが全身となると相当な時間がかかってしまうだろう。
それで完成するのは1人分なのだ。そのぶんのお代をいただくことにしても、効率が良いとは決して言えない。
色々と作って、その後俺にまだ余裕があればになるだろうな。
それでも満足そうに頷くマリウスを見て俺は違和感を覚え、あたりを見てその原因に気がついた。
「そういえば、ジュリーさんがいないな」
「妻には今実家のほうに戻ってもらってるよ」
「例の話でか」
「ああ」
マリウスはこれまでに2度襲われている。
と、なればジュリーさんにもその手が伸びることが十分に考えられるわけで、それは〝災厄除けの加護〟を付与した指輪があって何事もなかったとしても、だからと言ってむざむざ妻を襲わせるような真似をする必要はない。
「侯爵閣下の息がかかったところに義父や義母と一緒にいるから、心配はないよ」
努めて明るく振る舞ってはいるか、少し寂しそうにマリウスは笑った。
「ま、侯爵のとこなら平気だろ」
俺もなんでもないことのように言ったが、ついつい一言付け足してしまう。
「俺に出来そうなことがあったら何でも言ってくれ」
それを聞いて、マリウスは笑ったまま頷いた。
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