都まで
途中まではいつもどおりに進んで行く。いつもと少し違って馬車が連れ合いだが、それでクルルの気がそぞろになることもない。
街の出入り口の衛兵さんも、一瞬だけ怪訝な顔をしたが、すぐに軽く手を挙げて挨拶をし、見送ってくれた。
まだ朝早いこの時間にこの街道を〝黒の森〟の入り口へと向かうのはほぼ無かったように記憶している。
太陽が低い位置から草原を照らし、いつもとはちょっと違った雰囲気を見せている。
「ふらっと街道を行くのもいいかもなぁ」
そんな風景を眺めつつ、俺はボソリと呟いた。
「街と都がほとんどだものね」
俺の呟きを聞きつけて、ディアナが言った。
街から北、やがては俺たちが逃走経路に選んだルートの更にその先にあたる方角にも別の町や村がある。
帝国への行き帰りで寄ったようなところもあるし、遠出は無理にしても1泊していくことを予定すればなかなかに良い旅行になるんじゃないだろうか。
目の前の一件が片付いたら、休暇がてら皆に提案してみるか。
そんなことをつらつら考えたりしていると、すぐに〝黒の森〟の入り口が見えてきた。
俺たちはそこで一旦竜車を止める。
カミロとペトラさんが乗った馬車もサスペンションのおかげか、そう離れてはおらず、すぐに追いついた。
俺とヘレンは竜車を飛び降りる。俺は竜車に乗った皆を見上げて言った。
「サーミャ、リケ、留守を頼んだぞ」
「ああ、森のことなら任せとけ」
サーミャは胸を張る。
「親方、気をつけて行ってきてください」
リケの瞳は少し心配そうだが、しっかりと見送ってくれている。
「ディアナも娘たちを頼んだ」
「ええ、わかってるわ。エイゾウも無茶はしないでね」
ディアナは優しく微笑んでくれた。
「リディとアンネも、何かあったら頼む」
「はい、わかってます。エイゾウさんも、くれぐれもご無事で」
「ええ、どうか気をつけて」
アンネとリディも心配そうだが、優しく送り出してくれる。
「クルル、ルーシー、ハヤテ、みんないい子にしててくれよ」
「クルルル……」
「ワン!!」
「キューゥ」
娘たちは寂しそうな顔をしている。
「ああ、すぐに帰ってくるからな。それまでみんなのこと、よろしく頼む」
俺は娘たちの頭を撫で、馬車に乗り込む。
「それじゃあ、行くとするか」
御者台に座ったカミロが告げる。
馬車が動き出す。俺は最後に、竜車の仲間たちに手を振った。
竜車も、ゆっくりとその場を離れていく。
無事にこの場所に帰ってこられますように。
そう願いながら、俺たちは都への道のりについた。
「エイムール邸は大丈夫なのかな」
俺の言葉に、カミロは首を傾げた
「さあ……連絡があったのは道の陥没のことだけで、屋敷がどうこうってのは聞いてないな」
「ふむ。陥没の規模はそんなに大きくないのかな」
「実際に見ないとなんとも言えんが、多分な」
今度は肩をすくめるカミロ。まぁ、被害が出ればそれを書き漏らすようマリウスではない。
きっと屋敷の皆さんも無事でいることだろう。
「伯爵は探索には加わらねぇのかな」
ヘレンが言った。今度は俺が肩をすくめる番だった。
「わからん。が、王家の人間が来る以上、護衛は出すから後はどうぞご勝手に、とはいかんだろうな」
「すぐに値打ちものが見つかるとは限らんが、見つかったときのトラブルを避けるためにも同行はするだろうな」
カミロの言うとおりだろう。未知の遺跡。そこから出てくるもの次第では金銭による褒賞以上の何かを得られるかも知れない。
同時に、危険も大きい。今回の陥没事故然り、遺跡の中がどうなっているのかは誰にもわからないのだ。
そうこうしているうちに、都が見えてきた。
巨大な城壁に囲まれた都は、威風堂々とした佇まいだ。
しかし今は、いつもの穏やかな空気ではない。
門の前の衛兵さんはいつになくピリピリしているように見える。
「何かあったんです?」
通行証を見せながら、カミロが衛兵さんに問いかける。
衛兵さんはカミロが出した通行証を確認すると言った。
「どこへ向かうんだ?」
「エイムール伯爵のところです」
「あそこか……」
衛兵さんは僅かばかり下を向いて、少し考え込んだ様子だったが、すぐにこちらを見た。
「道で通れない場所がある。詳しい場所はエイムール伯爵のところで聞いてみてくれ」
「分かりました。ありがとうございます」
「くれぐれも気をつけてな」
俺たち全員で衛兵さんに会釈をし、衛兵さんの脇を通り過ぎた。
今日は目立った荷物を積んでいないし、先ほどカミロが出した通行証は都に出入りしている商人としての通行証らしく、衛兵さんは荷台をチラッと見るだけで、キッチリと荷物を検められることもなかった。
まあ、今回は見られるとヤバいものは何一つないのだが。
少しばかり視線を衛兵さんに向けて俺はカミロに言った。
「ちょっとした異常事態で浮き足立ってるって感じだな」
「だなぁ。思ったより規模が大きいのかも知れないぞ」
大きな門をくぐり抜け、俺たちは都の中へと足を踏み入れた。なんとなく緊張が走り、どこか騒々しさを感じる。
雰囲気もどことなく物々しいような気がする。
「よし、それじゃ少し急ぐか」
カミロが手綱を操り、馬車は少しばかり速度を増し、一路この雰囲気の元になっているらしい場所へと進んで行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます