エイムール邸
馬車は速度を上げ、都の中心部へと進んでいく。
都の目抜き通りには賑やかさが残っていた。人々の服装は様々で、人間だけでなくドワーフにマリート、そして獣人や巨人族の姿も見られる。
「やっぱり、いつもより人が少ないな」
ヘレンが呟く。確かに賑やかではあるが、この都の割には人通りが疎らだ。
「事故が起きた、と言うことだけ流れたんだな。そわそわしてるんだろう」
カミロの言葉に、俺は頷いた。問題がないと言えば嘘になるし、あると言えばいたずらに不安を煽ることになってしまうから、王家やエイムール家としても情報を流せないのだろうが、その不確定な部分で落ち着かないのは致し方ないところだろう。
そんな中でも、そんな空気を吹き飛ばすような子供たちの無邪気な笑い声が、雰囲気を和ませてくれる。
それを聞いて、俺は思わず笑みを浮かべていた。うちで聞くことはなさそうだが、そのうちエイムール邸に行けば聞くようになるんだろうな。
やがて、内壁が見えてきた。都の「元」の壁であるその内側には、旧い市街と重要な施設が点在している。
もちろん、エイムール伯爵邸もそこにある。
「少し見慣れない光景だな……」
内壁の前で、一旦馬車が止まる。
衛兵の数が明らかに増えていた。皆一様に神妙な面持ちで、何かあればすぐにでも動けるように身構えている。
「まるで戦の前だな」
ヘレンが溜息交じりに言う。元傭兵の彼女の目には、その緊迫感が映るのだろう。
「思ったより影響が大きいみたいだな」
いつも飄々としているカミロも表情が引き締まっている。
内壁をくぐる時も、衛兵たちに通行証をいつもより念入りにチェックされた。
無事に中に入ると、そこはさっきとまでとは違い、まるで別世界のように静まり返っている。
普段も静かではあるのだが、それでも人の行き来はそれなりにある。それがかなり減っているようだ。
「道が陥没して、遺跡が見つかったとはいえ、ここまで緊張するもんかね」
俺が言うと、カミロは肩をすくめた。俺も同じように肩をすくめる。今はあれこれ言っても始まらないか。
「皆様、お待ちしておりました」
馬車のままエイムール公爵邸に入ると、馴染みのある声が聞こえた。ボーマンさんだ。
いつものような朗らかな笑顔ではなく、どこか疲れた様子で俺たちを迎える。
「どうも、ボーマンさん。お体には何もないようで、何よりです」
俺は馬車を降りながら、ボーマンさんに言った。
「ありがとうございます。おかげさまで」
ボーマンさんはそう言って頭を下げた。
「あ、私はこれで失礼しますね」
馬車からおりたペトラさんが言った。彼女は鍛冶仕事を手伝うだけだからな。迷宮探索は今回の仕事には含まれていない。
「今回は助かりました」
「いえいえ、お役に立てたなら嬉しいです」
ペトラさんはそう言ってぺこりと頭を下げてエイムール邸を出て行った。
「あ、そういえば」
内側とは言え、女性一人で行かせて良いものかと思い、振り返ったが、カテリナさんが静かに後を追っているのが見えたので、彼女に任せることにした。
馬車を引き取りにマティスもやってくる。彼はいつも言葉少ななので会釈だけしてサッサと馬車を持っていった。
その後すぐ、ボーマンさんに案内されて、俺たちは屋敷へと入った。
どことなく緊張感が屋敷の中にも満ちているような気がする。エイムール家は当事者中の当事者でもあるわけだし、当然なのだが。
なるべく早く、この空気を入れ換えられるといいな。
「待たせてすまない」
マリウスは部屋に入るなりそう言った。
「いや、そんなに待ってないから気にすんな」
俺が言うと、ヘレンとカミロも頷いた。
「そう言ってくれると助かる。早速だけど、事のあらましは聞いてるね?」
「ああ」
今度はマリウスも頷いた。
「本当は〝黒の森〟への襲撃がないことを知らせようと思ってたんだが、その矢先にこれでね」
「ん? と言うことは」
〝黒の森〟に襲撃をかけるには、それなりの兵力が必要になる。
ホイホイ行き来しているので時々忘れそうになるが、狼などの肉食動物は言うに及ばず、鹿も相当に危険で、それらがあの森にはうろついているのだ。
マリウス達が掴んだのはその兵力の動きだろう。それなりの兵力を集めて準備していることは、どう隠しても隠しきれるものではない。
それが中止となると、理由はそう多くはない。
俺たちを亡き者にしてもメリットが薄いと感じたか、兵が十分に集まらなかったか。
そして、あるいは――
「〝黒の森〟に向けるはずの人間を何かほかの事へ回した?」
「だと俺と侯爵閣下は睨んでいる」
マリウスは椅子に深く座り直すと、天井を仰ぎ見た。
ふわわとアクビをするヘレンに俺は苦笑する。
「そもそも、あんな陥没が起こるような場所じゃないんだ」
「それのために人を?」
マリウスは俺に顔を向けると頷いた。
「でも、あの遺跡らしきものが出てきたのは想定外だったようでね」
今度は顔を伏せて肩を振るわせるマリウス。どうやら笑っているらしい。
「公爵派の貴族から探索に手を貸そうかとやってきたよ。もちろん、メンツを潰さない形で丁重にお断りしたけどね」
ふぅ、と大きく息を吐くマリウス。スッと顔を伏せ、そして再び上げると、そこにあるのは、俺の親友の顔だ。
親友はこう言った。
「さて、それじゃ本題に入ろうじゃないか」
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