明日への英気

 明日を考えれば早めに寝たほうがいいのだろうが、家族とカミロが一緒にいるのはあまりないことも手伝って、食事の後もしばらく談笑の時間になった。

 俺たちはそんなにエキサイティングな日常を過ごしてはいない……つもりで、生活としては僻地住まいであると思っている。

 それでも〝黒の森〟に住んでいることには変わりなく、エルフの種がいつでも育つことや、マリベルにリュイサさんについては一応話からは外しておいたが、日々の暮らしもカミロにとっては興味深い話のようだった。

 

 逆に俺たちは街に住んでいるわけではないので、彼らにとって「普通」のことであっても、興味を惹かれるものがある。

 都市における貴族の話はディアナとアンネから聞けるし、都や街の中であまり治安がよろしいと言えない地域についてはヘレンが詳しいが、〝壁外〟のやや上流に位置する暮らし――地域と交流はしつつ、生活そのものは本人があくせく動くわけではない――の話は中々に面白い。

 

「そういえば、都に住むつもりはないと聞いたが、街には住まないのか?」


 ゴクリとカップの中身を飲み干して、カミロが言った。彼が飲んでいるのはもう酒ではなく、レモンのような味の果汁を水で割ったものだ。

 前にヘレン救出作戦で一緒に行動したときも、昨日も思っていたほど酒を呑まないなと思ったが、そもそもあまり強いほうではないらしい。


「まぁな。あの森が気に入ってるからなぁ」


 魔力の都合があることや、〝黒の守り人〟であること、妖精さんたちの急患を診る約束があるなどなど、離れられない(そして、おいそれと言うわけにはいかない)理由は沢山あるが、例え周りから危険と見なされていようとも、気に入っているというのが直接の理由だ。


 俺の言葉に、一瞬静まりかえった室内に、賑やかさが戻り、カミロは苦笑しつつ肩をすくめた。


「ま、そう言うだろうとは思った」


 こんな日常が、俺の活力の源なのだ。心が満たされ、明日への意欲が高まっていく。


 それから小さな晩餐会はお開きとなり、俺は寝室に引っ込んだ。

 ベッドに横たわり、ふと、窓の外を見やる。

 真っ暗な空に、月が静かに輝いていた。あの月が地平線の向こうに消えたあと、俺は再びチェインメイルと向き合う。

 最高の出来を目指して、鍛冶に打ち込もう。命を守るために、俺にできることを。

 そう強く心に刻み、俺はゆっくりと眠りについた。

 今日の疲れを癒やし、明日への英気を養うために。


 パチリ、と目が開いた。眠る前のように心が昂ぶり、自然と目が覚めてしまったのだろう。

 起き上がり、グッと背を延ばす。窓から外を見ると、空はまだ暗かった。いつもよりもかなり早くに起きてしまったらしい。

 部屋を出て、食堂に行くとそこにはリケがいた。手にカップを持っていて、そこから湯気が立っている。


「それは湯か」

「ええ、流石に」


 リケはそう言ってペロリと舌を出し、俺は小さく笑った。


「みんなは?」

「まだ寝てます」

「朝早いもんなぁ」

「ええ」


 うちの工房で一番朝が早いのは俺で、皆は俺が起きて水汲みに出た後で起きてくる。その俺がいつもより早いのだから、俺よりも早いことはあまりないだろうな。


「なんだかワクワクしちゃって」

「わかる」


 リケも俺と同じような理由で起きたらしい。これは仕上げも気合いを入れないとな。


「よし、朝飯の準備でも手伝いに行くか」

「はい!」


 最初に気合いを入れるため、俺とリケは店の厨房に向かった。


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