ただ一歩ずつ

「よし、針金はあるし、早速取りかかるか」


 翌朝、そう呟きながら、俺は作業場に入った。昨日の針金作りのおかげで、材料はかなりある。

 リケたちはまだ来ていないようだ。今日の取りかかりには邪魔をしないよう気を利かせてくれたのだろうか。


「それじゃあ、いざ勝負と行くか」


 作ってあった針金を手に取り、俺はチェインメイルの製作に取り掛かった。

 まずは針金からリングを作っていく。適度な太さの棒(神の思し召しかどうかは分からないが、ちょうどいいものが転がっていた)に針金を巻き付けて、最初にコイルを作る。

 一定の間隔で巻き付けないと、大きさがズレてしまいかねないので、作業は慎重に行う。

 本来はもっと機械的にやったほうがいいのだろうが、今回は急拵えでもあるし、チートが手助けしてくれるようでもあるので、手作業だ。

 

 そして、コイルを切って輪っかの形に整えていく。

 ここでも正確さが求められる。歪んだリングでは美しい編み目は作れないし、その状態ではスムーズに動かない部分ができ、着心地(と言っていいのだろうか)も悪いし、動きづらくなる。


 俺は黙々と手を動かす。普段の鍛冶とはまた違った緊張感が、背筋を走る。

 リングを十分な数だけ作ったら、いよいよ編み込みだ。一つ一つのリングを拾い、隙間なく繋げていく。

 その繰り返しだ。

 まるで瞑想にでも入ったかのように、俺の意識は手の動きに集中している。


 リングを拾う。

 隣のリングに通す。

 しっかりとはめ込む。

 

 これを繰り返していく。ゆっくりと、しかし着実に、チェインメイルの形が作られていく。

 時間の感覚がなくなる。今が昼なのか夜なのかもわからない。ただただ、目の前の作業に没頭するのみだ。


「親方、ちょっと休憩しません?」


 ふと、リケの声が聞こえた。我に返ると、サーミャにリケとリディ、アンネ、そしてペトラさんも心配そうに俺を見つめていた。

 いつの間に来ていたのだろう。彼女たちは彼女たちで作業をしていてくれたらしく、針金ができていた。


 それなりに音もしていたはずなのだが、全く気がつかなかったな……。


「ああ、悪い。夢中になりすぎたみたいだ」


 そう言って立ち上がろうとするが、足がカチコチに固まっていた。どれだけの時間、同じ姿勢でいたのだろう。

 多少若返っているとは言っても、あまり無茶をしすぎるものではないな。

 そう思って俺は苦笑し、グッと脚を伸ばしてほぐした。


「水、持ってきましたよ」


 リディがコップを差し出してくれる。ありがたく受け取って、一気に飲み干した。喉が潤い、若干靄がかかっていたようになっていた頭の中がスッキリと晴れる。


「だいぶ進んだみたいですね」


 リケが出来上がりつつあるチェインメイルを見て言った。


「んー、6割くらいかな。まだまだこれからだよ」


 俺は伸びをしながら答える。今でも着れなくはないだろうが、防護している部分が少なすぎてカモフラージュ目的にしても少々厳しいものがある。


「でも、もうこんなに形になっているなんて、さすがですね。カレンさんから聞いていた通りです」


 ペトラさんが感心したように言う。確かに、層になって編まれた輪の美しさは、自分で見ても目を見張るものがある。


「いやあ、まだまだですよ。よし、それじゃあ続きをするか」


 俺は再び作業に取り掛かる。他の皆も、再び針金を作る作業に戻っていった。


 リングを拾う。

 隣のリングに通す。

 はめ込む。

 その繰り返しに再び没頭し、俺は黙々と手を動かし続ける。


 間に昼食を挟んで、太陽が傾きかけるまで、ひたすらリングと格闘し完成まではあと一息のところまで来ていた。

 疲れは感じるが、意欲の方がまさっている。

 俺は最後の詰めに入った。残りのリングを丁寧に拾い、慎重に連結していく。

 額に汗を浮かべながら、ゆっくりと確実に、チェインメイルを形作っていく。


 カチャカチャ、と金属音が部屋に響く。その音が、妙に心地よく感じられる。

 チェインメイルが、確実に形になっていく手応えがある。


 リングを拾う。

 隣のリングに通す。

 はめ込む。


 過集中、と言うのだろうか。まるで、瞑想にでも入ったかのように、その動作の繰り返しに、俺は自分の心が研ぎ澄まされているのを感じた。

 これなら、ずっと続けられるような錯覚すら覚える。


 だがしかし、さすがの俺も限界が近づいていた。

 僅かばかり、指先の感覚が鈍くなるのをチートと自分の感覚の両方で感じ取る。


「親方、今日は終わりにしましょう」


 手を止めると、リケの言葉が聞こえてきた。


「まだ時間はあるんだし、明日にしようぜ」


 サーミャが言った。隣でうんうんとリディとアンネが力強く頷いている。

 それを見て、俺は、ゆっくりとリングを置いた。


「…そうだな。今日はここまでにしておこう」


 大きく息をつき、俺は立ち上がる。また脚がカチコチに固まっていて、延ばすとコキコキと音がした。

 これは多分、この環境に慣れていないこともあるんだろうな。いかにチートといえども、こういったことはどうしようもないらしい。


 みんなで鍛冶場の後片付けをしてから、そこを後にする。

 外に出ると、もう日が落ちきって星空が広がっていた。月明かりに照らされ、静寂が辺りを包んでいる。

 その静けさが、どこか心地よく感じられるのだった。


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