オッさんたちの夜会

 そうこうしているうちに、みんなお腹いっぱいになったようで、満足そうな表情を浮かべている。

 うちはみんな割と食べるのに、十分腹一杯になるだけの量を用意してくれたと言うことだ。


「ふぅ、ごちそうさまでした」


 俺がゆっくりと手を合わせると、他の皆もそれに続いた。

 こんなに美味しい料理を作ってくれた料理人さんにお礼を言いたいところだが、今はゆっくり食事の余韻に浸っていたい。


「そろそろ休ませてもらうとするか」


 家族に提案すると、みんな頷く。

 そこへ見計らったように(実際見計らっていたのかも知れないが)、番頭さんがやってきた。


「お食事はもうよろしいですか?」

「ええ、皆十分にお腹いっぱいです」


 俺が笑って言うと、番頭さんも微笑んで「それは良かったです」と返してくれた。


「それで、もう休ませて貰おうかと」

「かしこまりました」


 そう言って番頭さんが何やら合図をすると、女性が2人ばかり入ってくる。


「女性の皆様はこちらへ」


 俺が普段口を酸っぱくしているからなのか、それとも別の理由があるのかは不明だが、女性陣――つまりは俺以外の全員だが――と俺は別々の寝室であるらしかった。


『それじゃ、おやすみ』

「ああ、おやすみ」


 声を揃えてお休みの挨拶をした後、ワイワイとおしゃべりをしながら先導する女性についていく家族を見送る。

 たぶん、まだしばらくは寝ないんだろうな。苦笑とも微笑ともつかない笑みがこぼれた。


「それじゃあ、私も……」


 そこまで言って、俺はカミロに鎖帷子作りの途中経過を報告しつつ、最近の様子を聞いておこうと思い立つ。

 火事場に移動してから、カミロに会ってないからな。


「いや、ちょっとカミロと話しておきたいんですが、大丈夫ですか?」


 俺が番頭さんに言うと、


「ええ、勿論」


 番頭さんはニッコリ微笑んで、「どうぞこちらへ」と先導を始めた。


 番頭さんに連れられて、店の方へ移動し、店では普段いかないあたりへと進んで行く。あたりはすっかり暗くなっているので、明かりは番頭さんの持つランタンがたよりだ。

 いつもは当然明るい間なので、ユラユラ揺れる灯りに照らされる廊下がやや不気味に感じるが、いい歳したオッさんとしてはビクビクするわけにもいかず、静かに番頭さんの後をついていった。


 そして、番頭さんは静かにドアをノックした


「エイゾウ様をお連れしました」

「おう。ちょうど良いところに来たな。入れ」


 カミロに促されて中に入ると、カミロがテーブルに酒の瓶を並べているところだった。


「おお、これはこれは。深酒するつもりだったか?」


 俺が冗談交じりに言うと、


「とんでもない。時間も時間だし、ちょっと付き合って貰おうと思ってな。来なきゃ呼びに行くところだった。さ、座れ座れ」


 カミロは笑顔で席を勧める。いつもの商人の顔ではなく、仲間としての表情のように俺には見えた。


「おう、すまんな」


 俺も苦笑しつつ、勧められるまま席に着く。用意されていた酒を前に、2人で杯を傾ける。


「食事の準備、ありがとうな」

「よせよ。こっちが言って留めてるんだ、当たり前だろ」


 俺が感謝の言葉を口にすると、カミロは顔をしかめ、すぐに笑った。


「調子はどうなんだ?」

「まあ、間に合いそうではあるよ」

「それは良かった」


 カミロは心底ホッとした顔をする。大丈夫そうだと思っていても、それを聞くまでは安心できないのは仕方ないな。

 俺が内心苦笑していると、カミロが声を潜めて言った。


「最近の情勢について話してなかったな。知りたいか?」

「ああ、気になるね。都はどうなんだ?」

「バタバタしてるよ。侯爵閣下への襲撃事件で、貴族の間では探り合いが続いてる。公にはなってないがな」

「ふむ……」


 俺は顎に手を当てて考え込む。


「王国として表向きは平和なんだろう?」

「一応な。でも、政争が水面下で激しくなっていくのは必至だ。国王陛下のところまで行かないようにはしているようなのが救いだな」

「そこまで行くと面倒?」

「だろうな」


 カミロがグイッと酒杯を傾ける。


「帝国はどうなんだ?」

「今のところ、なべてこともなし。革命の余波も今はどこへやらだよ」


 アンネの故郷の帝国はとくに何も起きていないらしい。まぁ、あの皇帝陛下は辣腕っぽいからなぁ。ちょっとフッ軽が過ぎるだけで。


「だが、気になるのは共和国の動きだ」


 カミロが眉をひそめる。


「どういうことだ?」

「いよいよ遺跡の発掘を進めているらしい。各地の貴族やらなんやらが競って、手広く探索者を送り込んでいるそうだ」

「遺跡か……一攫千金を狙ってるのかも知れんが……」

「うむ。だが、これだけ大規模にやるということは、何か裏があるのかもな」


 カミロの言う通り、共和国の動きは不可解だ。単なるお宝探しとは考えにくい。


「〝良い品〟が出るのを狙ってるのかもな」


 俺も眉を顰めつつ言った。

 マジックアイテムのような都合の良いものでなくても、例えば切れ味の良すぎる剣のようなものでも入手できれば、僅かなりと武力の増強にはなる。


「だろうね。まったく、世話のやける連中だよ」


 カミロはため息をついた。商人として、常に最新の情報を追っているのだろう。


「ま、お前にゃ変わったものを頼む機会が増えるかもな」

「ほう?」

「遺跡から出土した謎の金属を鍛えて欲しいとか、そんな話があれば横から掻っ攫ってでも持ってきてやるよ」


 カミロが意味ありげに笑う。つまり、新しいビジネスチャンスでもあるということか。


「鍛冶屋としては嬉しい限りだが…あまり危ない橋は渡るなよ?」


 俺は複雑な心境だった。未知の素材に挑戦するのは楽しみだが、なるべくトラブルに巻き込まれたくはないし(色々手遅れだとしてもだ)、友人を危険にさらしてまで新しい素材に挑戦するつもりはない。


「わかってるさ。お前は鍛冶だけに専念してくれれば良い」


 カミロは力強く言った。こいつ、こういうところは結構キッチリしてるんだよな。


「ありがとよ、カミロ。お前がそこまで言うなら、安心して仕事ができそうだ」

「ああ、任せておけ。そのかわり、腕の見せ所だからな」

「わかってる。精一杯やらせてもらう」


 そう告げて、俺は残りの酒を一気に飲み干した。

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