引き延ばす
針金を作るのに、ずっと叩いて伸ばして細くしていったのでは効率があまりよろしくない。
おそらく俺の場合、普通よりもかなり速くできるのだろうが、それでもそれなりに時間がかかることは明白なので、別の方法で針金を作る。
前の世界において、金属――大体は鉄系の素材だ――で細いものを作るときは、熱した金属をローラーで圧力をかけつつ延ばしていく方法になる。
似たようなものをここで作ってやることは完全に不可能ではないだろうが、少し厳しいだろうな。
そんなわけで、俺は板金を熱している。さっきまで細く加工していたのとはちがうやつだ。
赤くなった板金に、先の尖った鎚(前の世界で一般にトンカチと言って思い浮かべるようなやつだ)を当てて、別の鎚で叩く。
尖っているのはちょうど円錐状だが、真円ではないので叩き方で調整し、綺麗な穴になるようにした。
同じように作業を繰り返し、熱していた板金には、これで2つの穴が空いた。それぞれ大きさが少しずつ違っている。
裏返すと、そちらの面の穴は、もう一方よりも僅かに小さい。穴は中でテーパーがかかっているというわけである。
「よし、これでやるか……」
「どうやるんですか?」
穴の空いた板金を覗きながら、リケが言った。俺は板金を延ばしていた鋼に向けながら言う。
「今ここには幸いにして、ちょっと並じゃない力の持ち主が何人かいるわけだ」
皆が頷く。リディが少し劣るにせよ、サーミャもリケも、そしてアンネもなかなかに筋力がある。
「だもんで、引っ張って作る」
実際、前の世界でも鉄筋くらいの細さの鉄を穴に通して少しずつ細くしていく方法で針金を、それこそチェインメイルに使うためのものを製作していたりしたようなので、引っ張って作るという発想自体は荒唐無稽ではないだろう。
恐らく、この世界でも近しい方法で製作している人間はいるはずだ。
俺はリケに作業の手順を説明する。ふんふんと頷きながら聞いていた彼女は、説明を聞き終わると言った。
「なるほど、実家の工房ではチェインメイルなんかは作らなかったので、針金も作る機会がなかったんですが、その方法で作れそうですね」
「よし、じゃあ試すか」
「はい!」
細い方の鋼を熱する。一番細いところよりも、もう少しだけ太くなっているあたりが赤くなり、叩けるよりも少し上の温度になるのを待つ。
「ここにあるものは使って大丈夫なんですよね?」
「ええ、どれでも使っていただいて結構ですよ」
俺がペトラさんに尋ねると、彼女はニッコリ微笑んで言った。普通の資材しかなくとも、自由に使えるのはありがたい。
おそらくはナイフの持ち手に使ったりするのだろう木材をいくつか組み合わせて、穴の空いた板金を作業台に固定する。
リディに見てもらっていた細い鋼は、火床の中で準備を終えていたので、そいつの先をヤットコで掴み、板金の穴に通す。
通した先を再びヤットコで掴み、手早く長い縄を持ち手の部分にグルグルと巻いて固定した。
縄の巻き付けていない方は当然そのまま伸びているが、それを全員で掴むと、俺は号令をかけた。
「せえ、のっ」
俺の声に合わせて、全員がグイッと縄を引っ張る。固定した板金が飛んできたりしないかと少し不安になるが、ここで力を抑えてしまうと延びるものも延びない。
不安を抑えてグッと力をこめて縄を引っ張った。
すると、少し頭を出していた細い鋼がゆっくりとその頭を延ばしはじめた。俺は内心でホッと胸をなで下ろす。
「よし、いけそうだ。もう一度行くぞ、せえの」
グイッ。皆の力の強さが、縄を通じて俺の手にも響いてくる。
少しずつ少しずつ、針金がその姿を俺たちに見せてくれていくのだった。
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