とりあえずの材料

「皆もずいぶんと力がついてきたなあ」


 長さがそこそこになった針金を前に、俺は言った。

 本来であればハンドル付きの車輪のようなものに紐を括り付け、それを使って引き延ばしていくのだが、今回は用意していない。

 さすがに用意するだけの時間はなさそうだし、皆で力を合わせればできそうだったからだ。


 それに、今回は「見かけ倒し」でいいと言われている。針金の品質はあまり問われない。

 実際、完璧な針金と言うには少しばかり品質が悪い。だが、加工するには何の問題もないだろう。


「それじゃ、すまないが次は皆だけでやってみてくれるか?」


 俺が皆を見回して言うと、皆は頷いてくれた。

 この先、俺がチェーンメイルを組んでいくことになるが、その間に皆で針金を作れるかどうかを試したいのだ。


 俺は一度針金を切り落とすと、残った部分を再び炎を巻き上げている火床に突っ込んだ。


「あの……」


 鋼が赤みを増して、そろそろやってもらおうかという頃合いで、ずっと作業を見守っていたペトラさんが俺に声をかけた。


「次は私もやっていいですか?」


 ペトラさんはこわごわといった感じの声だ。

 普通は些末なことでも工房の外の人間に作業をやって貰うことはない……らしい。リケのように弟子になるか、他の皆のように家族になるかだ。

 そのどちらでもなく、立ち会いすら拒まれてもおかしくないペトラさんが作業に参加できる可能性は、普通であれば皆無だ。


 まあ、うちは普通ではないので、


「ええ、どうぞ。助かります」


 俺はそう答え、ペトラさんの目が丸く見開かれると、サーミャにリケ、リディとアンネの笑い声が鍛冶場に響いた。


「ようし、それじゃあ行くぞ」

『はい!』


 真っ赤な鋼をヤットコで掴み、穴の空いた板金に通す。素早くヤットコと縄で引っ張れるようにしてから、縄を皆に託した。


「せぇの!」


 かけ声はリケだ。その声で、皆が一斉にグッと構える。


「それ!」


 全員がタイミングを合わせて力を入れた。さっきまでと遜色ないくらいの速度で鋼が針金になっていく。

 針金の太さは一定している。引き延ばす速度にどうしてもばらつきがあるので、鋼の組織が一定にならず、その分の品質が落ちてはいるが、十分に許容範囲と言っていいだろう。

 これなら任せても問題なさそうだな。


「よし、じゃあ……」


 そこまで言って、俺は鍛冶場に差し込む日の光が、すっかり橙色になっていることに気がついた。時間が過ぎるのは早いな……。

 少々腰砕けだが、時間であれば仕方ない。続きは明日朝一から気合いを入れてやることにしよう。


「カミロの店に戻るか」


 少々残念そう――リケよりもペトラさんのほうがより残念そうだった――な声が返ってきて、俺たちは鍛冶場を片付け、そこを後にした。

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